絵・富永商太

信長公記 諸家

尾張守護・斯波氏がヘタこいた~戦国初心者にも超わかる信長公記38話

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桶狭間の戦いで大勝利をおさめた織田信長
その影響は近隣諸国に及び、信長以外で最も恩恵を受けたのが松平元康こと後の徳川家康でした。

今川義元の支配から解放され、岡崎城で独立を果たしたのです。

その家康と同盟を結んだ信長は、梅ケ坪城を攻略し、さらなる戦乱の日々へと邁進することになりますが、未だ尾張一国の統一は果たしておらず、そこに立ちはだかった小勢力がおりました。

◆尾張守護・斯波義銀(よしかね)
◆三河守護※1・吉良義昭
◆石橋某※2
◆服部友貞

今回は、上記4名との戦いです。

※1、2底本の『現代語訳 信長公記』(新人物文庫)表記に従っております

 

信長に庇護されていた斯波も敵陣に参加だと!?

話の舞台は、尾張国境近くの海岸。
石橋某という者の屋敷です。

ここに、尾張国河内の服部友貞という者が、今川軍を引き入れようとしました。

計画には、信長に庇護されていたはずの尾張守護・斯波義銀(よしかね)も参加。
吉良義昭、そして屋敷の主である石橋某もおります。

義銀は、本連載15話で信長のもとに逃げてきていた人であり、25話でも今川義元や吉良義昭との対面の場に出てきていますね。
正式な尾張守護ですから、名門であることは間違いなく、プライドを持つのも悪いことではありません。

が、当時は、自分の立場と実力が飲み込めていなかった様子。

織田家に庇護されているにもかかわらず、
【ぽっと出&田舎者&家格が低い】
という信長に飼い殺し状態にされていることが、だんだん我慢できなくなっていました。

まぁ、こういうときに、トコトン開き直って、
「信長を利用して、名実ともに尾張守護の力を強めよう」
というような路線に進めれば、後世に名を残す活躍もできたのでしょう。それができないから無名なワケで。

 

あの吉良上野介を輩出した一族

吉良義昭は、前述の通り三河守護で今川氏に臣従しておりました。

そして桶狭間の戦いで今川義元が討たれたために後ろ盾を失い、この頃には松平氏の圧迫を受けるようになってきます。

余談ですが、彼の家は後に江戸幕府へ仕え、元禄赤穂事件(忠臣蔵の元ネタ)で有名な吉良上野介義央を輩出しています。

服部友貞は尾張の国人(地元の有力者)で、信長に反抗的な態度を取っていた人です。
彼のシマは輪中(堤防で囲まれた集落)となっており、信長が手を出しにくかった上、本願寺系の寺院・願証寺とのつながりがあり、一定の勢力をキープしておりました。

信長&織田憎さのためか。
桶狭間の戦いでも今川方についていたといいます。

こうして四者四様に信長へ対抗する理由があり、利害が一致したのです。

 

氏真が当主だからなぁ

桶狭間の戦いの後になってなお、今川を頼ろうとするあたりが時勢を読めてない――。
そうツッコミたくなる皆さまの気持ちもわかります。

この頃の今川氏はというと、義元の息子・今川氏真が当主。
祖母である寿桂尼に助けられながら、一応大名としての体裁を保つような状況でした。

今川氏真/wikipediaより引用

今川氏は、桶狭間の戦いで討ち死にした家臣の家や、これまで今川氏の統治に不満を抱いていた者たちが離反し始め、徐々に力を失っていくのです。
まぁ、しゃあないですよね。落ち目というやつです。

当時の情報伝達速度を考えると、三河や尾張にまで今川氏内部の状況が伝わっていた可能性は低そうですが、それにしても義元と氏真の器の差を見誤っています。
ネームバリューへの信頼感も、時と場合によっては裏目に出る、というところでしょうか。

なお、こうした今川軍引き入れ計画は、実行前にアッサリ終了。
事前に信長の耳に入り、主犯たちはまとめて尾張から追放されるのでした。

 

結局、義銀の一人勝ちやん

本当、なにからなにまでダメな4人を改めて確認しておきますと。

◆尾張守護・斯波義銀(よしかね)
◆三河守護・吉良義昭
◆石橋某
◆服部友貞

なお、追放された石橋某以外の三人はというと……。

斯波義銀は後々になって信長と和解し、信長の弟・信包に娘を嫁がせて縁戚関係となりました。
一時は豊臣秀吉の御伽衆として仕えた後、失脚。
慶長5年(1600年)、関ヶ原の一ヶ月ほど前に亡くなります。

斯波義銀/wikipediaより引用

吉良義昭は、松平氏との敵対を続けた後、近江に逃れ、流浪のうちに摂津で亡くなったといわれています。

服部友貞は伊勢の北畠氏と結ぼうとしていましたが、永禄十一年(1568年)、北畠氏の本拠・霧山城へ向かう途中で、織田方の刺客に包囲され、自害せざるを得なくなりました。

この頃の信長は、北畠氏攻略も視野に入れていたでしょうから、友貞と手を組まれると面倒が増えるわけです。
しかもそれが、かつて陰謀を企てていた相手なら、なおさらのことです。

というように、それぞれの末路をたどりましたが、義銀の一人勝ちというか、唯一生き残れた感がありますね。

こうして、近所のトラブルを一つずつ解決した信長。
次回からは、いよいよ美濃斎藤氏との戦いに本腰を入れていきます。

長月 七紀・記

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【参考】
国史大辞典
『現代語訳 信長公記 (新人物文庫)』(→amazon link
『信長研究の最前線 (歴史新書y 49)』(→amazon link
『織田信長合戦全録―桶狭間から本能寺まで (中公新書)』(→amazon link
『信長と消えた家臣たち』(→amazon link
『織田信長家臣人名辞典』(→amazon link
『戦国武将合戦事典』(→amazon link

 



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