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高天神城は肉食系 ◆ 一人ぼっちのお城野郎!ワンダーキャッスルジャパン

更新日:

 

城(城址)を愛して早30年。

「石を見て何が楽しいの?」と身内や友人に揶揄されながら、それでも懲りずに西へ東へ足を運ぶ日々を皆さまにご報告させていただきます。

 

連載第2回となる今回は、静岡県掛川市の【高天神城】へワンダーキャッスル!

「信長の野望」でもガチで奪い合いになる要衝

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン2-1

掛川といえば司馬遼太郎大先生の「功名が辻」の掛川城がありますが、掛川城より歴史的にもマニア的にもガチなのが、こちらの高天神城です。

写真は、城の北側より撮影。道路上の案内板通りに向かうと、こちらに誘導されてしまいますが、こちらは城の北側、城の裏門とでもいうべき搦め手側です。

 

のどかな景色に惑わされてはいけません。既に高天神城との謀略戦は始まってます!

ということでマニアはあえて大手門のある南側を目指します。高天神城への行き先を示す大きな案内板(トラップ)をやり過ごしてしばらくすると追手門の場所を示す小さな案内板が見えてきますので見落とさないようにしましょう。

[map addr="静岡県掛川市高天神城" zoom="7"]

地図を見てみましょう。ズームしていただけるとおわかりになりますが、これだけ見ると「お城野郎さん、登山っすか~」という声が聞こえてくるような山です。

しかし、ちょっと南に行けばもう太平洋。ちょっと北東に向かうと駿河の国、ちょっと西に向かうと浜松、北を仰げば南アルプスです。

 

もうお分かりでしょう。ここはTHE 交通の要衝。だから城があるのです。

そしてここ高天神城は今川、徳川、武田がガチで激しく奪い合った城なのです。「信長の野望」でもガチで奪い合いになる城なのです。

 

 

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン2-2

城の入り口に掲げられたこの想像図もガチです。

「おいおい。ネットの情報では簡単に登れますって書いてあったのはガセかよ」と思わせる気合いの入った想像図です。

実際はそんなこともなく、この手の城の中では初心者向きで簡単に登れます。世の中には荒れ放題の雑草で急に道が消えてしまう城とか(末森城)、急に道が崖になってつかまれと言わんばかりにロープが無造作に垂れ下がっているような城とか(戸石城)、クレイジーな城がたくさんあります。

 

 

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン2-3

ということで入ります。
訪れた時期も良かったのでしょうが、太平洋側の城は日当りもよく悲壮感が漂っていないのが特徴ですね。
「高天神城の戦い」では人がいっぱい死んでいますけどね(笑)

ちなみに「追手門」と「大手門」は同じ意味で城の表玄関です。読みも同じ「おおてもん」です。

 

 

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン2-4

遠江を代表する有名な城の一つなので、道は本当によく整備されています。
なんとトイレまで完備。その辺でしちゃった方が早いと思いますが。

 

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城の東側 三の丸からの眺めは絶景だけに・・・

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン2-5

まずは城の東側を守る三の丸へ向かいます。
お城野郎ワンダーキャッスルジャパン2-6
三の丸は休憩所を完備。ガチな城だからと言って、ここでツッコミを入れるのをためらってはいけません。

「せっかくの城跡に関係ないものを作るな!」というツッコミではありません。
「城に入って10分経たないのにもう休憩所かよ!」というツッコミです。

 

 

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン2-7
とはいえ城の東側に突出した三の丸からの眺めは最高です。地平線の先がもう海です。かすかに遠州灘の水平線も見えますね。

ここ高天神城は今川家によって支配されていましたが、今川義元亡き後に独立した徳川家康に奪われてしまいました。

そこに南アルプスを越えて武田信玄がやってきたのですが、この高天神城の様子を見て「これはガチだ……」と一瞬で判断し、こんな城に構っていると時間も兵士も俺様の寿命も足りない!とスルーして浜松方面に向かって行きました。

さすが老練。見極めが早い。

 

家康の家臣が8年間も幽閉されていた

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン2-8

先は長いのでどんどん進みましょう。ところでトイレはどこだ?!

 

 

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン2-9
本丸の手前「御前曲輪」まで来ました。

高天神城は古くは平安時代から修験者の修行場だったという神域です。
その辺でしちゃった方が早いと思わず失言してしまいましたが、本当にしちゃったらバチが当たりますね。

戦国時代の人たちもその神域を勝手に城に造り替えて、戦いまくっていた時点で、かなりのバチ当たりですが(笑)。

 

 

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン2-10
この写真。武田信玄のように華麗にスルーしようと思いましたが、ムリでした。

遠州灘をバックに「小笠原与八郎長忠」と「その妻」になろう!というハイパーローカルなアトラクション。

 

ちなみに小笠原与八郎は地元出身で、高天神城城主にして今川→徳川→武田と目まぐるしく変わる領主にその都度降服して臣従してきたという戦国サバイバルのプロであります。

しかし最後に武田に付くという痛恨のミスを犯し、歴史の彼方へと消えて行きました。こういうご当地武将に出会えるのもお城巡りの楽しみの一つですね。

 

 

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン2-11
そして本丸です。何ということでしょう。もはや公園の雰囲気しかありません(笑)

武田信玄はあっさりスルーして行きましたが、信玄死後に跡を継いだ武田勝頼は、自軍の死傷者を多数出しながらもこの高天神城を力づくで徳川から奪取します。

ここで武田勝頼が「どうだ親父!俺は遂にやったよ!」とドヤ顔で遠州灘を見ていたかと思うと何となく微笑ましい気持ちになりますが、大量の死傷者を出して「おいおい。やり過ぎだろ。ていうかどんだけ武田家の戦線伸ばすんだよ」と言ってやりたいけど空気読んで口を挟めない武田家の家臣たちの姿もチラついてしかたありません。

高天神城はその戦歴からコワモテのイメージでしたが、この本丸の公園っぽさといい、御前曲輪のご当地武将といい、三の丸の休憩所といい、もう完全にピクニック気分であります。

 

 

 

お城野郎ワンダーキャッスルジャパン2-12

武田vs徳川の激戦のあった「的場曲輪」を通り、本丸の真下に回り込むと牢屋の跡が残っています。最後まで武田勢に抵抗し、降服もしなかった家康の家臣、大河内某さんが8年間閉じ込められていたという牢屋跡です。

高天神城を奪った武田勝頼はその後、有名な「長篠の戦い」で織田信長・徳川家康の連合軍に惨敗します。

その勢いでやってきた徳川家康が「付け砦」戦略で高天神城を完全包囲し、じわじわ締め付けた末に総攻撃。激戦の末、再び高天神城を奪います。

大河内某さんはその間ずっとこの牢屋にいたとか。戦国時代の人の我慢強さというか強情さを感じずにはいられませんが、一方でそういう人間を殺さずに、あっぱれな武士よといつまでも面倒を見ていたという武田の武士もなかなかの器量ですね。

 

 




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