織田信長の血を引く人物とは、どんな人なのか――。
スケーターの織田信成さん?
彼を真っ先に思い浮かべる人は少なくありませんが、スマップの中井君にもネタにされていたように、妙な家系図(間がすっぽり抜けている)をもとにしており……。
「信長の子孫です!」
「えっ……、そうなんですか……」
という感じです(参照:ライブドアニュース)。
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織田信成さんは本当に信長の子孫なの?ホンモノの直系子孫は「知らない」と明言
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信長の本物の子孫は、小さいながらも2つの家が大名として残され、その正統な子孫である織田信孝さん(フリーライター)が週刊朝日のインタビューで衝撃の告白をされてました。
「うちの息子の代から信の字を使うのやめました」(参照:週刊朝日)
ナ、ナ、ナ、ナンダッテ~!
インタビューに応えていらっしゃった織田信孝さんが「織田信長」という名前に対して非常にアッサリとしていて、やはり本物の子孫は違うなぁ、と思った次第。本題の戦国時代へ目を移しますと……。
当時、信長の血を一番濃く引いたと思われる長男の織田信忠さん。
武田勝頼を瞬く間に倒した【甲州征伐】や、信長とは別の場所(二条)で襲われた【本能寺の変】で戦国ファンには知られますが、もしかしたら幼名「奇妙丸」のほうが有名かもしれません。
一体どんな男だったのか?
彼には趣味がありました。
奇妙丸
◆奇妙丸こと織田信忠さんがドハマリしていたのが能(猿楽・狂言)です。それを踏まえたら、こういうキャラになり、秀吉さんも困ってます。
いざ信貴山
◆自爆で有名な松永久秀を討つ総大将に任命。重要な任務ですが、信長が「松永の命を許してもほしい」と言った茶釜の「平蜘蛛」を守れるでしょうか?
なお、はじめに断っておきますと、自爆はあくまでフィクションであり、実際の久秀は非常にインテリ系な武将だったことが最近の研究から指摘されています。詳細は、本記事末のリンク先をご参照ください。
筒井順慶
◆明智光秀が本能寺の変を起こした後、豊臣秀吉と山崎の戦いに挑む時、洞ヶ峠で日和見したなんていう冤罪をかぶらされちゃうのが筒井順慶さん。
もともと大和地方の国衆的ポジションから大名へと飛躍した家であり、後から大和へ侵出してきた松永久秀とは仇敵でもありました。つか、島左近こんなところに!
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爆発!
◆信貴山城には、複数階の櫓があったと記されています。そこで「安土城より古い天守だ」と言われるのですが、「天主」と名付けたのは信長さんが最初。信忠さんはおとうちゃんの信長さんから「ああいう櫓を『天主』と呼ぼうと思っているんだ」と教えてもらっていたとか?
なお、猿楽が理解できないとおっしゃってる秀吉さんですが、後にハマります。どちゃくそハマります。なんせ自ら台本を作るほどで、能楽を保護したぐらいで、実はその話もマンガ化しております(以下参照)。
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