まんが戦国ブギウギ

まんが戦国ブギウギ55話 ヤスフェ参上!そのころ一豊は名馬を買っていた?

2020/04/09

楽市楽座に関所の撤廃、キリスト教の認可、安土城など。

織田信長が導入した新技術や制度は多岐にわたっているが、数多の実績の中でも飛び抜けて奇抜なのが【黒人を配下に迎えた】ことではなかろうか?

男の名は、弥助――。

日本初の黒人SAMURAIである。

一説にモザンビーク出身だと言われている弥助は、その後、奴隷としてインドに移され、最終的に宣教師によって日本へ連れて来られた。

そして、このたび弥助が面談することになったのが、日本の魔王こと織田信長であった――。

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ヤスフェ

◆ヤスフェは後の弥助。宣教師ヴァリニャーノに連れてこられました。

おそらく当時日本一アタマの柔らかかった織田信長さんでも、最初に黒人を見たときはぶっ飛んだでしょう。

武家の人間たちがいかに体格がよくとも(例えば前田利家は身長180cm以上とか)、もともと黒人が備えている筋力・骨格にかなうわけもなく、実際、弥助は180センチを超える当時としては超のつく大男だったとされております。

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むろん弥助にしても、織田信長との対面は相当な緊張だったハズで…。

 


献上品

◆弥助と対面した信長は、弥助が『肌に墨を塗っている』と思い、顔を洗わせたという話が伝わっております。

むろん、それで白くなるワケでもないですが、この謁見後に弥助は信長の配下となり、本能寺の変まで側にいることとなります。

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よほどウマがあったんでしょう。あるいは弥助が信長のことをリスペクトしていたのか。最後まで信長に忠誠を尽くしていた――そんな様子も伝わっております。
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アニィたかはし

漫画家。現在は武将ジャパンにて、まんが『大河ブギウギ べらぼう編』シリーズを連載中。 2014年より歴史漫画家として活動を開始し、2015年には連載作品をまとめた商業コミック『織田信長の戦国ブギウギ』(鉄人社)を全国発売。 以降、独自のポップ表現と歴史知識を融合させた「ブギウギシリーズ」を継続し、戦国・江戸・幕末など幅広い時代を題材とした作品を制作している。 2024年からは大河ドラマの各回を題材にした“ドラマ考証型マンガ”へと表現領域を拡大し、作品の幅をさらに広げている。 ◆主な著書 『織田信長の戦国ブギウギ』(鉄人社、2015年、ISBN:978-4865370324) ◆国立国会図書館データ https://id.ndl.go.jp/auth/ndlna/001200494

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