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【日本史マンガ】空海と最澄の帰国 法相宗のサウザー&ユダが立ちはだかる!?

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讃岐国多度郡の郡司を父に持つ佐伯眞魚(さえきのまお)
修行の結果、その名を空海とあらためた彼は、遣唐使船に乗って唐へ渡り、青龍寺の恵果に師事した。

その頃、ライバルの最澄は、天台山にて天台教学を学ぶ。
後に比叡山延暦寺を起点にして天台宗を広めていくことになる。

平安京、ひいては日本の暮らしまで変化を与えた2人の天才宗教家。

現代においては等しく偉人として扱われるが、当時の両名に待っていたのは異なる運命であった――。

日本史ブギウギ、第33話、スタート!

◆当初は20年留学の予定で804年に日本を旅立った空海。
唐について恵果に師事し、多数の経典や曼荼羅を授かると、805年末に恵果が亡くなり、日本への帰国を決めます。

翌806年10月に九州へ上陸し、早速、太宰府にて寺の開基に携わりますが、この頃都では桓武天皇が既に崩御しており、新たに即位したのは平城天皇でした。

留学を2年で切り上げた空海は、そこで数年の足止めを食らうこととなります。
むろん取り決めを破ったからでした。

 

◆唐で密教の奥義を授かり、数多の経典や曼荼羅を持ち帰った空海。
その真髄に触れるべく、空海の帰京許可を取り付けるのに骨を折ったのが最澄でした。

同じく唐で修行したとはいえ、最澄と空海が学んだ仏教は似て非なるもの。
最初は良好な関係を築く二人でしたが、将来的には見解の相違で仲違いをして、全く別の道を進むようになります。

船頭多くして船山に上る――とも言いますし、遅かれ早かれ2人は衝突する関係だったのかもしれません。

 

◆戒壇とは?

それまで日本では、東大寺(奈良)、観世音寺(太宰府)、薬師寺(下野国)に戒壇がありました。
天下の三戒壇と呼ばれ、ここで受戒して初めて「正式な僧侶」になれるのです。

逆に言えば、この3寺にて許可を取らねばならなかったんすね。
なかなか面倒な取り決めというか、今で言えば「利権」というか……。

これに異を唱えたのが最澄。
自らの延暦寺に戒壇を求めて、動き始めます。

当然ながら大きく反発したのが東大寺などの奈良仏教であり、代表的な存在が法相宗の僧侶・護命でした。

南斗聖拳はもともと宗派内での争いが激しく集合離散を繰り返したと言いますが(北斗の拳)、南斗最澄拳の前に南都六宗、ユダ護命が立ちはだかったとw

 

◆最澄の前に立ちはだかったのは、サウザー徳一、もとい法相宗の僧侶・徳一でした。

彼らは己の覇権をかけてバトルを始めます。

題して、三一権実諍論――。
「さんいちごんじつそうろん」と読むこの論争は、どちらが正しい仏の道を示すかという争いであり、著作物に記すことで自らの正当性を主張しました。

ラップやディベートのように目の前でディスりあったワケではありません。

このとき最澄が空海へ助力を求めるも、「密教は実践命!」のため断り、以前からギクシャクしていた両者の仲はさらに悪くなっていったとされます。

最澄、エリートゆえの傲慢さが悪いカタチで出ちゃった感じでしょうか。
なお空海は、護命などとも親交を持ったりしております。

※次週へ続く

【過去作品はコチラから→日本史ブギウギ

著者:アニィたかはし




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武将ジャパンで新感覚の戦国武将を描いた『戦国ブギウギ』を連載。
従来の歴史マンガでは見られない角度やキャラ設定で、日本史の中に斬新すぎる空気を送り続けている。間もなく爆発予感の描き手である(編集部評)

 

 




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