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【映画『戦神 ゴッド・オブ・ウォー』】
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愛ゆえに恐妻家
そんな戚継光ですが、結構いい歳なのに髭すら伸ばしておりません。
当時は髭がないことは宦官とみなされるものであり、あの年齢で既婚者ならば、伸ばしている方が妥当かとは思われます。これは彼の若さを表しているのかもしれません。
演じる趙文卓の顔立ちのせいか、主役の戚継光は年齢不詳です。
若いようで、そうでもないような、年齢が関係ないような不思議な感覚が出ています。
どっしりとしていて「将軍に任せておけば安心だ!」とも別に思えない。現代ならば、スーツではなくてポロシャツで仕事をしていそうな、フランクさがあります。
そんなソフトな印象を強めるのが、彼の妻である王氏です。
日本語の紹介ではごくあっさりとしている、邪魔にすら思われかねない、そんな王氏。
戚継光の恐妻家ぶりは、当時から有名でした。
あの名将が妻には頭が上がらないと、笑えるゴシップ扱いをされてきて、小説等にも描かれてきたものです。
この王氏は、部下の目の前で夫をビンタするし、夫が少し遅れるだけですねるし、なかなか困った妻のように思えるのです。
しかし、部下からすればこうなる。
「将軍〜、奥様くらいなんとかしましょうよ〜。奥様もわがままだけど、将軍がちょっと情けないッス〜」
そこであれやこれやをして見せるのですが、王氏はわがままであっても賢いので、自分があくまで家を支配しているとキッパリ見せつけるのでした。
戚継光も、妻相手にして皆が見ている前で腕相撲に負けてしまうほど。これは確かに突っ込まれそうな甘さです。
しかし、この恐妻家描写もきっちりとアップデートをされていると思えます。
王氏は何もかも理不尽に暴れるわけでもなく、一応理由はあると思えます。
夫が妻に逆らえないのも、深い愛ゆえだとわかります。この妻がいればこそ、夫としては頑張ることができるのだと思える。
この王氏にも見せ場はあり、彼女には智勇あればこそ、夫に愛されているのだともわかります。
「わがままな女房の尻に敷かれてさ〜」
そんな古いコメディタッチの恐妻家描写から、夫妻が支え合う描き方へ。時代と脚本の進歩を感じさせるのです。
古典的なようで 斬新な作品
戚継光はじめ、本作の人物の描き方は、古典的なようで実は斬新です。
カリスマ性や勢い、個人的な武勇ではなく、きっちりとデータや理論を組み立ててゆく。怒鳴りつけることで従わせるのではなく、相手を納得させてこそ。
心を攻め、感服させる。そんなリーダー像を印象付けます。
けれども、そうなってくると映画ファンとしては物足りなさも出てきます。
本作は、これだけアクションスターが揃っていながら、実は無双乱舞するような場面がそこまでありません。
香港映画得意のワイヤーアクションもあまり出てこない。地味といえば地味。
むしろ、倉田さんやサモ・ハンがまだ若かった70年代あたりまでにあった、古武術由来の動きを重視しているように思えます。
そういう古いアクションは地味でつまらない?
そんなことはありません!
本作には、趙文卓、サモ・ハン、そして倉田さんのアクションが楽しめる場面がきっちりと用意されています。
古武術由来の動きにまでさかのぼることで、改めてどれほど美しく、実用的か、わかるようなアクション。伝統への回帰こそが新しいとわかる、そんなアクションです。
2000年代はワイヤーアクション全盛期であったものの、香港はじめ世界では2010年代後半ともなるとそれが抑えられてきます。
今、当時の作品を見るとむしろ古臭い。
一方で、こうした古武術の動きが新鮮に見える。重厚でありながら爽快感という、新境地アクションがそこにはあります。
ラストの船内における戚継光と熊澤の対決は、ただただ、素晴らしい!
狭い空間でのアクション。日本刀を使いこなす熊澤。倭刀術で対抗しようにも慣れず、失敗してしまう戚継光。
しかし、彼には南拳、拳を連打する中国武術がありました。
日中の武術特性、演じるものの武術流派、武器の違い、そして守りたい命。武士と明将としての誇り。
拳と刀に全てを載せて戦う、そんなラストシーンにはただただ、圧倒されます。
この映画は、中国語圏で作られ、かつ倭寇が題材ということで「反日」という評価をしている感想も見かけます。
いや、だから、70年代のブルース・リーは、変な日本語を話す日本人をボコボコにしていましたよ。
倉田さんやサモ・ハン、それに趙文卓がスターダムにのぼりつけたころと比較すると、香港映画はここまで変わり、レベルがあがったのだと痛感できる。
歴史研究や、英雄像、そして恐妻家描写まで変わりつつあるとわかる。そんな力作がこの映画です。
世界史の勉強になります。
今鑑賞できる範囲でトップクラスの素晴らしい武士像を堪能できます。
本作に対して日本人が怒るべき点があれば、こんなところでしょう。
どうして日本映画で、ここまで素晴らしい武士像を描けないのか?
倉田保昭さんという人間国宝の真価を引き出しているのが香港であるのは一体どういうことか?
猛反省して欲しい。そう愚痴も言いたくはなります。
ただ、それでも私は悲観していません。
本作に参加したした日本人キャスト、スタッフは、大きな実りを得たことでしょう。
彼らに道さえあれば、きっと素晴らしい映像を生み出すことでしょう。
そう願いたいのです。
【参考】
映画『戦神 ゴッド・オブ・ウォー』(→amazon)※現在アマゾンプライムでのレンタルは未対応
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著:武者震之助