妻と飛んだ特攻兵

中国戦線に配置されていた九七式戦闘機/wikipediaより引用

歴史書籍

妻を後部座席に乗せてソ連軍へ特攻『妻と飛んだ特攻兵』は涙なくして読めず

8月15日は終戦記念日――その終戦から4日後の8月19日、戦闘機でソ連軍に特攻した夫婦がいました。

戦闘機に、黒髪ワンピースの女性が乗っているという「絵」はジブリ映画にでもありそうですが、これが本当に起きた史実だったのです。

ノンフィクション作家の豊田正義氏が刊行した『妻と飛んだ特攻兵』(→amazon)で初めて明らかにされました。

後にドラマ放送もされ、成宮寛貴さんと堀北真希さんが演じられておりましたが、一体どんな史実がそこにはあったのか。

書評を兼ねて確認してみたいと思います。

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艶やかな光を湛えて風になびく黒髪が

ときは昭和20年8月19日――。

満州の飛行場を11機の九七式戦闘機(を改造した訓練機)が飛ぼうとしていました。

この時点日本はすでに降伏しています。

ソ連に対して飛行機を受け渡すためのフライトでした。

11人の操縦士を見守る多くの日本人。

操縦士の近くには、その家族でしょうか。

白いワンピースに日傘を差した2人の女性がいました。

誰もが見送りと思ったその女性たちは、自分の夫の飛行機の後部座席に乗り込むのです(一人は愛人でした)。

11人は、命令に反し、満州で日本人の虐殺を続けるソ連軍に一矢報いるため、特攻を密かに計画していたのです。

夫の覚悟についていこうと決めた2人の若い女性。

女性を乗せた2機が滑走路を走り出したとき、群衆たちはようやく異変に気付きました。

「艶やかな光を湛えて風になびく黒髪が目撃されたのだ」(306頁)

 


元会津藩士の子孫と北海道出身の少尉

「神州不滅特攻隊」を名乗った11人(+2人)は、

「戦い得ずして戦わざる空の勇士十一名 生きて捕虜の汚辱を受けるを忍び難し」

との遺書を残していました。

九七式戦闘機/wikipediaより引用

10機(1機は離陸直後にエンジン不調で墜落)の行方は分かりません。

特攻が成功したのか否か。

それは歴史の闇に消えました。

戦後、関係者の間で、「女性を特攻機に乗せた」ことが軍規違反とされ、彼らが「英霊」から外されたり、その後、仲間たちが名誉回復をしたりと、元軍関係者の間では密かに知られておりましたが、世間に出されるのは本書が初めてとのことです。

ひと組は夫婦で、青森出身の谷藤徹夫・朝子夫妻。

谷藤家は、元会津藩士の子孫(戊辰戦争後に下北半島に移住した末裔)だそうです。

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もうひと組は、北海道出身の少尉と現地で恋愛関係にあった宿の女中さんでした。

惜しいのは、取材に応じたのが11人のうち「谷藤家」関係者だけだったことです。

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