杉元佐一

漫画『ゴールデンカムイ』31巻/amazonより引用

ゴールデンカムイ

『ゴールデンカムイ』杉元佐一を徹底考察!真っ直ぐな生き様 そのルーツに迫る

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理想的な和人とアイヌの関係性

杉元はこの最終回へと向かうために、かなり細やかな配慮がなされていることがわかります。

杉元はアシㇼパを契約と結ぶ。そして樺太のあとは再契約しています。

かつて和人とアイヌの契約関係は、しばしば破棄されるものとして悪名高いものでした。

アイヌは文字を持たず、数もわからないという偏見が和人にはあります。

10個何かを買っても、8個分しか払わない――そうした搾取的な契約を当然のようにしてきたのです。

杉元が、アイヌであるアシㇼパとの契約を履行する姿は、誠実であることがわかります。

ゴールデンカムイ』名物である食事の場面も、杉元の偏見のなさがわかります。

杉元はアシㇼパの差し出す料理を、変顔をしながらでも食べる。レストランでは同じテーブルに座ることも厭いません。

なにより杉元はアシㇼパの知恵に感謝の気持ちを忘れません。アシㇼパさんから習った教えのおかげで生き延びたとさんざん言います。

これは北海道の歴史を知る上で重要でしょう。

ろくに事前の知識もなく、屯田兵や開拓者として北海道にたどりついた和人たち。

彼らが苦しんでいたとき、アイヌは食事とともに出迎え、さまざまな知恵を伝えました。

それに対して和人が感謝を十分にしてきたかどうか――そこは冷静に考えねばならないでしょう。

例えば八甲田山雪中行軍遭難事件のあと、アイヌ兵士が寒冷対策に提言をしていますが、陸軍は真摯に聞き入れたとは言い難い状況です。

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アシㇼパは杉元を思うとき、恋をしていると思える表情になります。

一方、杉元はあくまで大事な仲間であり、恋愛対象としては見ていない。

梅子への思いも割と淡白であり、かつ白石のいやらしさと比べると際立ちます。

杉元は真面目なのでしょう。

これはアイヌ女性と和人男性の関係性を考える上でも重要です。

アシㇼパは遊郭の女衒に目をつけられたことがあります。

アイヌ女性の性的搾取は、松前藩のころから悪名高いものでした。松浦武四郎は怒りを込めて、そのことを書き記しています。

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杉元がアシㇼパを性的搾取をふまえた目線で見ると、この悪しき歴史をさらに更新しかねません。

なによりアシㇼパはまだ幼い。

明治時代でも、女性として成熟する区切りとしてはおおよそのところで16前後とされます。

いくら当時でも、アシㇼパの年齢を性的に見ることは恥とされました。

伊藤博文が13の妾を持った時は、世間が呆れ返ったものです。

杉元がアシㇼパを性的にみないことは、明治の和人としてごく良識的な感覚ともいえます

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こうして色々と考えてみると、杉元佐一とは、アイヌと和人の関係性における一つの理想のようにも思えてきます。

ただし、理想的に描かれるせいか「暗い部分が欠けている」という批判もあるかもしれません。

杉元のように、アイヌのコタンで暮らしていくことは、この後できなくなります。

確かに杉元たちはアイヌの伝統や自然を守るために、力を尽くしました。

しかし、アイヌの伝統は博物館のガラスケースの奥に展示されればよいものかどうか。どうしたって、杉元とアシㇼパの暮らしは今後変わらざるを得ません。

作品の限界は踏まえつつ、自分たちにできることは何か考えてゆけたらよいとことです。

どんなに好きで推している作品でも、批評や批判は重要です。

さらに磨きをかけて、ものごとをよくするためには、ヤスリのような意見も時には必要なものです。

さまざまな議論があってこそ、健全なファンダムとなるはずでしょう。

 


戦争で砕けた兵士の心を癒すこと

杉元の目標は、アシㇼパのために尽くすことが大きいものでした。

そのために頑張り抜きました。

それだけでなく、干し柿の描写からは戦後PTSDからの回復も見て取れます。

戦場で人の心が壊れてしまう――アシㇼパはアイヌの考え方に基づき、そのことを語ります。

では和人はどうだったのか。

古来より、戦争が人の心を傷つけるという詩や文学作品は残されています。

平敦盛を手にかけたことを悔やみ、出家した鎌倉武士熊谷直実も、現代であればPTSDと認定されるでしょう。

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しかし、だからこそ、そんな心の傷を埋め合わせるための思想も作られてゆきます。

日本ならばまず仏教に救いを求め、さらに儒教道徳を身につけ、江戸時代には武士道が確立されてゆきました。

明治以降、武士だけでなく、広く日本国民がそうあるよう、教えられてきました。

ただし、いくら救いの道を用意しても、結局、心は壊れてしまうのではないか――世界的にはそう認識されるようになってゆきます。

【フランス革命】、それに続く【ナポレオン戦争】で、徴兵制が導入され、【第一次世界大戦後】を迎えて世界は恐ろしいことに気づきました。

従軍兵の精神が壊れてしまったのです。

折しも20世紀初頭は、心理学が確立されつつある時代。

鶴見中尉はこの心理学を悪用し、第七師団兵士の部下たちを縛っていると窺える描写があります。

そして【第二次世界大戦】を経て、さらに時代が下り、【ベトナム戦争】のあと、PTSDに苦しむ兵士を描いたアメリカ映画が作られるようになります。

戦場であれほど苦しんだのに、使い捨てにされた。その苦しみが故郷に戻っても癒されない。

それは描くべき、知るべきテーマでした。

一方で、日本では【アジア太平洋戦争】のあと、アメリカのように帰還兵が社会復帰を目指すことはなくなりました。

復員兵が抱える心の傷とは、アメリカ映画を通して知るものとなっていた。

日本の作品で戦争のPTSDを描いたといえるものがないわけではない。しかし、数としては多くはない。

水木しげるはじめ、戦争を描いた力作はあっても、あくまで個人の体験や感じ方に収束されている感はありました。

もちろん、そうとは気づかれなかっただけで、実際、兵士にはPTSDがあったのではないか?ということの調査がようやく始まった。

◆(戦争トラウマ:上)「心の傷」を知る 元兵士の実態、国が調査へ(→link

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日露戦争で傷を負った杉元のような兵士の苦しみは、さして顧みられることもないまま、歴史のなかに埋もれてしまったように思えます。

しかし、『ゴールデンカムイ』のヒットにより、状況は変わりつつある。

作品の力で彼らの存在に思いが至ったことには意義があったのではないでしょうか。

杉元の場合、彼が語る通り、役目を果たすために頑張ったこと、その自分を好きになること、美味しいものを食べること、そうして善行を素直に重ねていった結果、癒しを得たと思えます。

何かのために努力し、頑張って、その結果、自分自身をも救うこと、自分が生まれてきた役目を果たすこと――そうシンプルに突きつけてくる杉元は、作品のテーマからは外れていない、魅力的な主人公と言えるでしょう。

人として生きる上で十分大事で、シンプルな善良さがある。

杉元には魅力がたくさんあり、その中でも、根底にあるこのことがとても大事だと思える。

まっすぐな男です。

杉元みたいに生きてみたいな。読者が素直にそう思える、なかなか素晴らしい男だと改めて実感します。


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文:小檜山青
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