谷垣との年齢を超えた繋がりは読者の心に深く刺さるばかりでしたが、だからこそ気になることがあります。
チカパシのその後が最終回で語られなかっただけでなく、ファンブックでは
「歴史的な波に飲まれる」
と記されているのです。
しかも彼が慕った谷垣とは再会できないとされていて、チカパシとエノノカの未来に不穏な状況が待ち構えていることが容易に想像できる。
一体チカパシには何が起きるというのか?
昭和20年(1945年)8月22日は、樺太へ攻め込んできたソ連軍との停戦交渉が成立した日。
物語には描かれなかったチカパシとエノノカのその後を考察してみましょう。
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チカパシの人生とは
天涯孤独の孤児として登場したチパカシ。
彼は、コタンで療養中であった谷垣と偶然出会い、その後についてくるようになりました。
家族を疱瘡で失っていて、一人残された少年だったのです。
この時点でチカパシは歴史の波に飲まれています。
谷垣の妹や、海賊房太郎の家族のように、和人にとっても疱瘡は驚異でしたが、明治初期は地方格差が大きくなっています。
疱瘡予防のための種痘は、江戸時代後期には先進的な藩で取り入れられています。
そうした藩に住んでいない。医療へのアクセスができない。貧しい。
悪条件が重なるほど、疱瘡による死亡率は高まります。
北海道のアイヌは、この点、最悪の環境にいました。
教育や医療は西高東低の傾向が強い明治時代、北海道は最も遅れているばかりでなく、アイヌは、和人の持ち込んだ伝染病に対する抵抗力が弱い。
生活環境や食生活の変化も重なり、病気に対して極めて脆弱でした。
そうした歴史の荒波により、チカパシの家族は犠牲となった可能性が高いのです。
偶然出会った谷垣を父、インカラマッを母に見立て、チカパシは旅を続けます。
谷垣が樺太に渡ると、鯉登の荷物に犬のリュウと共にこっそり忍び込む。
樺太の旅において、杉元たちはエノノカという少女に出逢いました。
鯉登の提案により、一行はエノノカとその祖父が引く犬ぞりで旅をすることとなります。
当時の樺太で犬ぞりは重要な移動手段でした。
その樺太での旅の終わりに、エノノカのもとに残ることを選びます。
谷垣が譲った銃を手にして、彼は樺太で新しい家族と暮らすことにするのでした。
チカパシが樺太にわたった理由として、杉元たちが誘拐されたアシㇼパを追いかけたことがありますが、それだけでもありません。
政治的な要素も絡んでいた。
日露戦争の結果、南樺太は日本領となり、もしもロシア領のままであれば、展開は異なっていたかもしれないのです。
最終回後、彼らは歴史の波に飲まれる
歴史の波とは何か?
これは近代史ものの宿命でしょう。
大正時代が舞台の『鬼滅の刃』では、鬼との戦いが終結したことでハッピーエンドとなりましたが、人間同士の戦いとなると、そうはいきません。
むしろここからが大変ではないか?
そう考えねばならない状況が待ち構えています。
『ゴールデンカムイ』の人物もそれは同様であり、個々のケースを見ておきましょう。
◆鯉登と月島
二人についてはあっさり処理されていますが、この鯉登と月島の展開だけでも数巻ぶんに相当するのではないでしょうか。
重厚な近代史ものとして、スピンオフ作品にできるだけのボリュームはあります。
軍人にとって最悪の罪とは、反乱です。
鯉登は「賊軍」と語っておりますが、それはちょっと不正確かもしれません。
戊辰戦争の賊軍ならば明白ですが、この場合は皇軍にいながら叛旗を翻している。いわば五・一五事件や二・二六事件が近いと思えます。
有罪となれば銃殺。しかも鯉登の場合、父親が勝手に皇軍の戦艦を動かして沈めていますので、全くもって許されざる罪でしょう。
抜け道といえば、鶴見が全面的に悪いことにするか、中央も泳がせていたと駆け引きをするか。想像するとかなり面白いようで、別ジャンルの物語に突入しそうな気もします。
ともあれ彼は、銃殺刑から免れ、最後の第七師団長となりました。
この作品最大のチートキャラは鯉登ではないでしょうか。
◆門倉とキラウシ
アメリカで映画を作ったとのこと。
コケてすぐ帰国していればよいのですが、真珠湾攻撃後もアメリカに留まったのであれば、日系人収容所に収監されます。
◆白石
白石はちゃっかり無人島へ向かい、そこで自分の顔を刻んだ貨幣を作れるほど成功しました。
あのアイデアは一から作られたものではなく、第二次世界大戦前にあった日本人の夢の一種です。
当時の日本人は「海外雄飛」というフレーズに背中を押され、外へ出る夢を抱いたものでした。
一見、ロマンに溢れていますが、政府が後先考えずに人口増大を推し進めた帰結とも言える。
第二次世界大戦後、日本のそうした海外進出はなかったことになります。その過程で戦闘なり、命懸けの帰国、収監といった試練が待ち受けていました。
白石は築き上げたものを失い、その過程で命をも失う可能性が高いということです。
◆谷垣とインカラマッ
子沢山でしかも息子が多いとなると、戦場へ向かった子も多かったことでしょう。
谷垣のころ、三八式歩兵銃は最先端の武器でした。
しかし彼の息子の時代は、日本陸軍の遅れた装備の象徴です。父子で同じ銃を持つとは、どれほど悲劇的なことであったか。
日露戦争に従軍した父が、アジア太平洋戦争へ向かう我が子を見送る。
その姿が悲しくなかったはずがない……。
全員が戦争に巻き込まれる。ヴァシリはロシア革命を目撃する。そんな時代の荒波が彼らを待ち受けています。
作中では描かれないそんな歴史を学ぶことも大切かもしれません。
ざっと描かれたその後の姿の中、まったく出てこなかったチカパシとエノノカのことを考えてみましょう。
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