秘孔は突けないし、かめはめ波も撃てない――。
そんなお約束のツッコミはありますが、実は『鬼滅の刃』の【呼吸】に関して言えば、日常生活や仕事でも非常に有効だったりします。
嘘こけ!
便乗いい加減にしろ!
とお叱りになられず、できれば先を読んでいただければ幸い。現に今だって私たちは呼吸をしているわけです。
呼吸とは一体何なのか。
実はこれを意識すれば鬼殺隊士に近づくことができます。
もちろん鬼と戦うわけではなく、現実社会の様々な場面でも有用に働かせられるという意味です。
『鬼滅の刃』を参考にして、コロナ鬱な毎日を乗りこえていきましょう。
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呼吸でマインドフルネスになろう
フィクションの必殺技や特殊な技には、一応ルーツやモデルがある場合もあります。
『北斗の拳』の場合、中国の伝統・武侠の【点穴】をベースとしております。
点穴は身動きを封じる効果があり、それをさらに強力にして人体破壊をできる設定にしているのです。
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では【呼吸】とは何か?
言うまでもなく酸素を取り込むという生命維持に必要なことですが、それだけではありません。
【マインドフルネス】と呼ばれる状態に至るため重要なことでもあります。
マインドフルネスとは、今を生きること――元はインドの仏典にある“サティ(sati)”の英語訳。
1.身体をリラックスさせる。時間と空間を確保し、ゆったりと座る
2.集中する。自分の呼吸に集中するのが早道!
3.マインドフルネス状態になる
集中して呼吸する――おおっ『鬼滅の刃』ではないか! と、なりません?
マインドフルネスをつかめば、思考が浮かんで客観的に自らを見直せるようになります。
向き合う問題。つまり敵をどう倒せばよいのか、それがふっと自然に浮かんでくる。
そういう瞑想技法を、少年漫画技法で描いたわけです。
スマートフォンアプリやスマートウォッチにも「呼吸促進アプリ」があります。その手のものをインストールして使うだけでも実は呼吸を実践でき、例えばNHKの関連サイトにも以下のような記事があります。
◆「マインドフルネス」とは?めい想の方法・効果と「呼吸のめい想」のやり方-NHK健康(→link)
『鬼滅の刃』における典型的な場面は4巻第31話「自分ではない誰かを前へ」です。
炭治郎は伊之助と共闘しながら、自分が前に出ることではなく、戦い全体の流れを見て指示を出します。
そのことに伊之助が際立った何かを感じる。
集中し、敢えて距離をあけて、状況全体の流れを見ること。これはなにも鬼との戦いに限らず、自分の勉強、仕事、課題、人間関係でも応用できるテクニックでしょう。
もちろん「今流行りの【全集中の呼吸】だよ!」と言いながら、浅くて支離滅裂な言動を繰り返しても荒唐無稽なだけ。単なる【流行便乗の呼吸】に過ぎず、何も考えていない証明にしかなりません。
今回は、初心者向きで村田さんも使っている【水の呼吸】の使い手を考えてみます。
【科学的思考】【アブダクション】で問題解決を
連載最初期だからそういうものだと読者が誤誘導されますが、もしも炭治郎が別の【呼吸】と遭遇していたら、鬼の討滅ができなかったのではないでしょうか。
さほどに重要な要素だと思いますが、ここで注目したいのは冨岡義勇です。
『鬼滅の刃』水柱・冨岡義勇はコミュ障で片付けず本質を見てみよう
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義勇は、さんざん言葉足らずと突っ込まれる。
ただし、愚かでもないどころか、特別な何かを持っています。
彼の脳内がそこまで明瞭にされないのは、情報過多で読者がついていけなくなるからでは?と上記の記事で指摘させていただきました。
基礎的な呼吸をじっくりと固めて柱になった義勇。
時透無一郎とは違うし、忍者の宇随天元とも違うし、むしろ鬼に姉を殺された育ちの良いお坊ちゃんに思えます。
しかし彼には、際立った特技があります。
【科学的思考】です。
それってむしろしのぶや珠世では? だって理系で薬を調合しているでしょう?
そんな指摘もあるかもしれませんが、実はそれこそが陥りがちな誤解かもしれません。
【科学】という言葉の時点で理系のものだと人は思い込む。そういう日本の教育における問題点があります。
文系も理系も関係ありません。理系を自称しながら、まったく科学的思考ができない人もいれば、文系だろうと実践している人もいます。
では義勇の科学的思考をみてみましょう。
Q:どうして義勇は禰豆子を見逃したのでしょうか?
A:話せば長い……。
長くなりすぎて本人も説明できず、しのぶにもチョークスリーパーをかけるしかなかった。
ただし、第1話の時点で全て明かされています。
◆第一段階【観察】
義勇は短時間で炭治郎と禰豆子を観察。
あの場面で、義勇の観察がモノローグでみっちりと展開されます。
肉親だからと鬼を庇う。そんな愚かで感情に任せた攻撃をする少年
↓
この少年は所詮感情に流されている。咄嗟に妹を庇う。ろくな反撃すらできない。平凡だ
↓
妹を斬るなだと? この程度の少年の判断では、なんとも言えない。鬼であるからには斬る
↓
このままだとこの少年の未来は明るくない。判断が甘っちょろい。そこは指導する
↓
と、思っていたらフェイントで石、続けて斧を投げてきた。こいつは……賢いようだぞ。ここまで賢い少年の判断ならば、見直すべきかもしれん
↓
鬼になった禰豆子は、兄を食うどころか庇った! 本当に禰豆子とやらは食わない。肉親でも食うのが鬼なのに……
↓
守る動作。俺に対する威嚇。こいつらは何か違うかもしれない
義勇はここで、次のステップに進みます。
彼の優れた観察眼――16巻140話「決戦の火蓋を切る」では、炭治郎が、自分の僅かな動きだけで何の技か把握する義勇に感嘆しています。
ただ、別にこの二人の感情が、同じ師匠をもつ同士で通じ合っているわけでもない。
炭治郎はあまりに無表情な義勇に戸惑い、
「この人やばい どういう気持ちの顔これ」
と内心感じています。
炭治郎だから義勇を受け止められますが、そうでなければ義勇はちょっと変な人になりかねない。
心の交流というより、義勇独自の【観察】能力なのでしょう。
劇場版で人気沸騰の炎柱・煉獄杏寿郎のように頼れる兄貴属性は、義勇とはあまり縁がありません。別に仲間を思わないわけでもありませんが、コミュニケーションが不器用なんですね。
◆第二段階【仮説】
義勇は飛び抜けた観察によって【仮説】を得ました。
こいつらは何か違うかもしれない――。
可能性に賭けてみよう。鱗滝師匠に預けよう。彼ならば話が通じる。冨岡義勇と言えばきっと通じる。口枷もつけたし。太陽に出すなと告げたし。賢ければなんとかするはず。できなければ……それまでだ。
そうだ、鱗滝さんには手紙出そう。
そういう義勇の【観察】経由の【仮説】ありきで、主人公兄妹は生き延びました。
このように【観察】をもとにした【仮説】を形成することは【アブダクション(仮説形成)】と呼ばれ、【演繹】と【帰納】と並ぶ推論過程とされています。
なるほど、義勇は優秀なんですね!
そう言えればよいのですが、義勇はここで最後の段階【検証】をぶん投げているのです。
ではここから先は、鱗滝のやり方を見ていきましょう。
◆第三段階【検証】
義勇は柱であり、忙しい隊士です。
鴉に命令をもらうし、炭治郎と禰豆子のケアだけをしているわけにはいかない。
そこで、師匠の鱗滝左近次に任せました。
なまじ連載初期だけに、この世界観はそういうものだと思い込みそうになりますが、義勇は割ととんでもないぶん投げ方をしています。
炭治郎を「鬼殺になりたい少年」と断言してよいもの?
鱗滝に手紙でそう紹介していますけど、そこまで言質取りました?
そもそも、炭治郎に対して“鬼殺”の説明が圧倒的に不足しているような……?
鬼を師匠に預けるって、あとから考えてみれば義勇は無茶苦茶では?
禰豆子が師匠を襲撃したらどうするつもりだったのか?
師匠ならどうにかできるという信頼にしたって、乱暴すぎるのでは?
ただ、鱗滝にも義勇に通じるものはあります。
鱗滝は、禰豆子に対して「人は守り助けるもの」だと教え込みました。こうやって無意識下に目標や思い込みを設定することを【マインドセット】と呼びます。
やればできる! 自分はきっとうまくできるはずだ!
そう自意識に語りかけ、プラスに持っていくことは【アフォメーション】と呼ばれ、これまた注目されているテクニック。
『鬼滅の刃』でも、炭治郎たちが自分を鼓舞しています。
3巻第25話「己を鼓舞せよ」の冒頭では、炭治郎がアフォメーションを駆使して戦っています。
気合いだけでなく、頭を使ってこそ勝てる!
そんな意識が本作にはあるのです。
そういう世界観かと思わせておいて、しのぶとのやりとりや柱合会議で「義勇はいろいろダメだ」と判明するわけです。
鱗滝は義勇を理解している。書状で切腹宣言までして、その判断を仰いでいる。
けれども、これが通じるのはこの師弟間のルールであり、全然他の隊士には通じず、揉めてしまうわけです。
チーム【水の呼吸】一人は皆のために皆は一人のために
あの衝撃的な柱合会議で、次のようなツッコミが湧いてくると思います。
2年間あったのに、義勇は情報共有しなかった。なぜ、ちゃんと説明して情報共有できなかったのか?
義勇がいない場所で禰豆子が襲撃されていたら、この作品は危うく完結するところでした。
炎柱、音柱、岩柱、風柱、蛇柱まで禰豆子を殺す気満々。どんだけ水柱がやらかしたか、という話です。
しかも、炭治郎が必死で妹を庇っても、義勇は離れて黙っているだけ。
お館様が検証しつつも黙っていて、この柱合会議で明かすまで情報共有されていなかったとは思えます。
そうはいえども、自分の師匠とお館様にしか打ち明けなかった義勇に問題がないとも言えません。
やはり友達がいないのでは? コミュニケーションを投げているのでは?
そういう疑念は尽きず、それこそが課題です。
現実世界では、いくら秀逸な【観察】と【仮説】形成まで到達しようと、【検証】を省いたら面倒な変人扱いをされます。おそらくや集団内で揉める……その点は義勇を見習わないようにしましょう。
義勇はかなり斬新で、これから増えてゆくタイプと思われるキャラクターです。
彼のように思考回路が強靭で、常に観察と仮説形成を続けるような人物像は、かつてはガリ勉優等生か探偵役を割り当てられることが多いものでした。
いかにも理系博士タイプですが、同様の性質を持った人は文系にだっています。
身体能力を生かし的確に急所を狙える。ありとあらゆる局面で戦える。
ただし、他の様々な局面――主に人間関係とコミュニケーションで詰む。そのために、炭治郎、鱗滝、錆兎、真菰らの仲間が必要なのです。
【水の呼吸】は皆でひとつ。チームワークとして参考にできることでしょう。
★
『鬼滅の刃』は、王道の少年漫画であることは確かです。
のみならず、最新のアプローチにより、よりよく生きてゆくヒントが含まれています。
人間関係。
課題との向き合い方。
単なるベストセラー漫画ということだけではなく、実践的な要素もたくさんある。
ゆえに子供だけでなく大人に受けているのではないでしょうか?
そして、そこまで考えると、さらに作品鑑賞が楽しくなるとも思います。
なお、同様の要素がある少年漫画として佐倉準『湯神くんには友達がいない』(全16巻完結 →amazon)もオススメです。
本稿では、かなり端折った掴みの説明ですので、詳しい思考術の使い方は専門書を手に取ってご覧ください。
きっと世界が広がります。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考】
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