と言えば?
はい、『ジョジョの奇妙な冒険』ですが、実は本作って【歴史漫画】であり、その視点から考察してみよう――なんて言ったら笑われるでしょうか?
ジョジョの起点はヴィクトリア朝時代のイギリスを舞台にしており、大いにその要素はあります。
歴史の絡んだ作品は、背景を考察するとさらに漫画が面白くなる。
今回はそんな視点から、ジョジョの奇妙な冒険の歴史的背景を探って参りましょう。
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お好きな項目に飛べる目次
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第1部:ファントムブラッド
◆石仮面と鮮血の儀式
この大人気シリーズは、まず石仮面からスタートを切ります。
「族長(オサ)!族長(オサ)!」
とまぁ、こんな絶叫から始まるわけですが、南米大陸にこんな「血は生命なり!」なんて言い切るようなとんでもない儀式があったの?
そう言いたくなるかもしれません。
実は、劇中で説明されるような人身御供儀式の痕跡はあります。
ただ、資料破損のため、その目的が現在でもわからないところ多く、現代では想像力を刺激されるわけです。
ゆえに作者が「石仮面だーッ! 柱の男ォーっ!」と脚色してもそれはアリアリアリアリアリーデヴェルチなのです。
知識と丹念な取材、そして奇想が生み出した設定と言えましょう。
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◆考古学ブーム
アステカ文明の骨董品が、イギリス貴族であるジョースター家にあったという点に注目します。
ナポレオン戦争時のロゼッタストーン発見あたりから、イギリスはじめヨーロッパ諸国は古代文明の発掘、考古学への熱気が高まってゆきました。
交通網が発達し、世界旅行のハードルが下がった。そんな背景があったのです。
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こうして数々の素晴らしい発見が報告されるわけですが、同時に様々な問題も残しました。
当時、まだ発達していなかった発掘技術や偏った思想ゆえに「破損する」という痛ましい損失に見舞われたのです。
しかも、ヨーロッパ側からすれば発見であっても、やられた国からすれば泥棒まがいでもあり、大英博物館所蔵品の中には、返還要求されているものも含まれます。
石仮面も、メキシコから返還要求があっても不思議ではありません。
こうした考古学ブームは「ツタンカーメンの呪い」のようなオカルトネタとしても格好の題材でした。
ディオが変貌する吸血鬼でおなじみの『ドラキュラ』も、フィクションとして進展してゆくのはこの時代のことです。
この作品は、そうした古典的な要素と日本の少年漫画を結びつけた、極めて斬新なものであるのです。
◆階級社会
ジョナサン・ジョースターとディオ・ブランドーを比較するうえで、大切なことはその階級差です。
ヴィクトリア朝が終わり、第一次大戦を迎えると、イギリスでも階級社会に大変動が生じます。
本作の時代設定はその前夜。
貴族に野心をたぎらせ立身出世を狙うディオは、時代の申し子とも言えます。
◆切り裂きジャック
ヴィクトリア朝ロンドンならば、切り裂きジャックはある意味出しておきたいところ。
それをきっちりと出してくるところが、やはり素晴らしいのです。
本作には「ロマンホラー!深紅の秘伝説」という宣伝コピーもありましたが、舞台の時代設定をふまえるとピッタリだと言えます。
深紅の時代を思わせる世界観です。
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◆ワンチェン
ロンドンには東洋人のワンチェンがおりました。
あやしげなスラム街は、ジョナサンにとっては未踏の場所。
そんな場所に東洋人がいて、阿片窟があるというのも、当時のロンドンが持つ裏の顔でした。
こうした場所には、かのシャーロック・ホームズも潜入したものであり、ホームズ愛読者である作者の知恵を背景とした設定です。
毒をジョースター卿に盛るディオと、それをとがめるジョナサンの攻防も、ミステリ小説のような雰囲気があります。
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◆タルカスとブラフォード
ディオ配下でも印象深いのが、タルカスとブラフォードでしょう。
「死髪舞剣(ダンス・マカブヘアー)」やムキムキ筋肉が目立つビジュアルはさておきまして、時代背景設定がこれまたニクイのです。
スコットランドでも屈指の有名な人物であり、ウイスキーの銘柄やフィクションでも取り上げられるメアリ・スチュアートが彼らの主君です。
そんな女王を処刑したエリザベスに彼らは怒りをたぎらせてはおりますが、宗教改革やメアリの失政も絡みますので、エリザベスからすれば「なんでなのォー!」とツッコミたいところかもしれませんが。
ただ、これは作者の調査ミスでもありません。
悲劇の女王メアリに対して、ふてぶてしく狡猾な女王エリザベスという構図は、現在にまで続く定番設定です。
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タルカスとブラフォードは、真田幸村と毛利勝永のようなものかもしれません。
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第2部:戦闘潮流
◆覇権のゆくえ〜イギリスからアメリカへ
舞台は、ジョナサンの死から約50年後の1938年――。
祖父から孫という時間移動ですが、これは世界の覇権移動という点でも興味深いものがあります。
アメリカ独立戦争、ナポレオン戦争、第一次世界大戦を経て、世界の頂点に立つ国とは、イギリスからアメリカへと移ってゆきます。
広大な国土ッ! 人口ッ! 第一次世界大戦で被害がイギリスほどでなかったこと……覇権は移動してゆきます。
そんな時代、流行していたカップルがあります。
イギリス人貴族男性と、アメリカ人大富豪令嬢です。
名誉と血統があるものの、財政改革で財産が目減りしてゆくばかりのイギリス貴族。
財産はあっても、伝統と血統が不足しているアメリカ人の富豪。
フィクションでの典型例が、ドラマ『ダウントン・アビー』におけるグランサム伯クローリー家夫妻です。
史実では、ウィンストン・チャーチルがこうした夫妻の子にあたります。
イギリス史上2人目の女性議員であるナンシー・アスターも、アメリカ出身で子爵に嫁いだこうした典型例です。
舞台がイギリスからアメリカに移動することは、実は世界史的にも熱いんだぜーッ!
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◆人種差別とスモーキー、そしてジョセフ
当時の時代背景として興味深いのが、黒人少年スモーキーの扱いです。
財布を盗んだと言いがかりをつけられ、警官に殴られそうになっているところをジョセフが救います。のちに、黒人市長となったと語られることによって、歴史の流れがわかる設定です。
ここでジョセフが助けるのは、彼自身の性格によるところが当然大きいとは言えます。
ただ、歴史的に見ると黒人奴隷廃止運動は、アメリカよりイギリスが先行していたことも確かなのです。
イギリスではウィルバーフォースらの活動が実り1833年であったのに対して、アメリカは南北戦争後の1865年まで待たねばなりません。
「イギリス人からすればアメリカの奴隷制度はおかしいぜーッ!」
という捉え方もできなくはないのです。
ジョセフ本人の正義感がもちろん第一でしょうし、1938年という時代背景を考えればそれが答えではあるのでしょう。
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◆女性記者とリサリサ〜強い女たちの時代へ
連載された年代をふまえると、この作品は女性の描写にも興味深いものがありまして。
ストレイツォが人質にするかわいそうな女性記者が登場します。歯を抜かれてなかなか大変な目に遭う女性ではありますが、これも結構なパンチが効いております。
1938年当時、女性記者というだけでも彼女は大変挑戦的な性質であったとわかります。
そういう気の強さがあるだけに、助けたジョセフの暴言に怒りパンチを入れるのです。エリナはじめ、1部のしっとりとした女性キャラにはない強い何かが出てきます。
歴史的にみても、二度の世界大戦の間は女性の権利拡張が進んだ時代。歴史背景にマッチした描写です。
こういう脇役だけではなく、リサリサも興味深い人物です。
主人公であるジョセフに最終決戦はゆずるものの、夫の仇討ちのために敵を始末した女性というのは実に個性的です。
ジョジョは戦う女性も魅力的な作品ですが、その始点はまさしく彼女にあります。その戦闘潮流は引き継がれていく以上、6部が女性主人公であるのはむしろ当然のことでしょう。
◆イギリスとドイツの因縁
単純に敵とみなせない厄介な勢力として、ナチスドイツが登場します。
登場したてのところでは、ゲスで卑劣なオカルト実験を企む勢力として出てくるものの、無垢の存在でありながら殺害されるマルコ、そしてシュトロハイムがあれだけ活躍するからには、ナチスドイツを悪とみなせない難しさはあるのです。
これもなかなか興味深い。というのも、ジョースター家はイギリス。二度の世界大戦でドイツと戦ったイギリスにとって、彼らは宿敵なのです。
ジョセフの父は空軍パイロットですから、当然ドイツは敵視していたことでしょう。
そういう因縁を超えてでも、人類の敵と戦う――そんな姿こそが誇り高いということかもしれませんね。
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◆ナチスとオカルト
それにしても、なぜナチスはこんなオカルトじみた「柱の男」を探しているのやら。
そうツッコミたくはなりませんか?
過剰な人種差別主義が、フィクションではオカルトと結び付けられやすいことは確かです。
「レーベンスボルン(生命の泉)」という施設を作り上げ、いかにして効率的にアーリア人の子を出産させるかまでつきつめていたのですから、史実的飛躍があっても無根拠というわけではありません。
本作連載は1987年。遡る1981年に『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』が公開されました。
この映画は、ユダヤの秘宝を得ようとするナチスを悪役として、主人公インディ・ジョーンズが戦うというものです。
ナチスとオカルトという結びつきは、そうした連載時の時代背景を考えれば納得できるものです。
それを少年漫画で展開するあたりに、荒木先生のセンスを感じるわけです。
当時の影響といえば、筋肉がムキムキのジョセフはじめとした男性の描写もそうですね。
アーノルド・シュワルツネッガーやシルベスタ・スタローンのような、筋肉質のハリウッドスターが当時のあこがれでした。
5部のジョルノならば女装しても見破られそうにありませんが、2部のジョセフは「おまえみたいにデカくて筋肉質の女がいるか! スカタン!」となってしまうわけですね。
◆サンモリッツ
「柱の男」と戦うジョセフたちは、スイスのサンモリッツに滞在します。
へ〜、スキーリゾートか〜。
そう流しそうになりますが、これも歴史背景を考えるとニクい、シブい!
人類は有史以来、ウインタースポーツを生活のために、そして娯楽のために楽しんできてはおりました。
ただし、目的としてはやはり移動が主。ノルディック式のもので移動することが中心です。
スイスのアルプス山脈のような急斜面を、ただ楽しみのためだけに滑り降りるなんて、そんな贅沢極まりないことは思いつくことすらなかったのです。
それが19世紀初頭ころから芽生え始め、20世紀になって「リゾート」として定着します。
ジョセフが生きていた時代、スイスのサンモリッツとは、まさしく生まれつつあるスキーリゾートの場所でした。
現代の読者からするとピンとこないかもしれませんが、ジョセフが驚いていたコーラのように斬新なことであったことは確かなのです。
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◆古代VS現代
ジョセフたち主人公側は、20世紀前半という当時最先端技術を用いて戦う。飛行機も重要な役割を果たす。そんな特徴のある第2部。
それに対して「柱の男」たちは、古代ローマ戦車戦のような古代の知恵を用いて戦いに挑んできます。
下等とみなす人の命を重んじることもない。ただ、誇りは重視する。そうした行動規範を持つ「柱の男」は、古代的な造型という見方もできます。
原始の人類は理想的であったわけではなく、むしろ生々しく荒削りな規範で生きてきました。
そんな敵へ立ち向かう主人公たちは、当時最先端の科学技術、そして悪しき差別や因習を断ち切ろうとする先見性を武器とするのです。
誇り高く柔軟性が欠ける敵に対して、ジョセフは明るく飄々としていて、ズルい手段も堂々と使います。
ギャグのようで、実はなかなか奥深い。
読み返すほどにそう思える、そんな斬新な作品なのです。
現代人からすればどちらも過去に生きている、主役と敵たち。けれども、ジョセフはじめ誇り高き戦士たちが、時代の最先端の技術と知性で生きてきたことも、重要だと思える作品です。
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