日本中世史のトップランナー(兼AKB48研究者?)として知られる本郷和人・東大史料編纂所教授が、当人より歴史に詳しい(?)という歴女のツッコミ姫との掛け合いで繰り広げる歴史キュレーション(まとめ)。
今週のテーマは、「専門家による城ランキングTOP5は何ぞや!」です。本郷教授に加えて、千田嘉博教授と磯田道史教授という、贅沢な組み合わせにより抽出された城郭は?
【登場人物】
本郷和人 歴史好きなAKB48評論家(らしい)
イラスト・富永商太
ツッコミ姫 大学教授なみの歴史知識を持つ歴女。中の人は中世史研究者との噂も
イラスト・くらたにゆきこ
◆「東海百城」決まる 専門家3氏200の候補から 読売新聞 2016年04月09日
千田さんが選ぶ5城
〈1〉古宮城(愛知県新城市)
〈2〉小牧山城(同県小牧市)
〈3〉苗木城(岐阜県中津川市)
〈4〉松倉城(同県高山市)
〈5〉松坂城(三重県松阪市)本郷さんが選ぶ5城
〈1〉楽田城(愛知県犬山市)
〈2〉長篠城(同県新城市)
〈3〉岩崎城(同県日進市)
〈4〉高天神城(静岡県掛川市)
〈5〉金山城(岐阜県可児市)磯田さんが選ぶ5城
〈1〉引間城(浜松市)
〈2〉浜松城(同)
〈3〉興国寺城(静岡県沼津市)
〈4〉掛川城(同県掛川市)
〈5〉上ノ郷城(愛知県蒲郡市)【読売新聞より引用】
姫「あら、ずいぶん面白そうなことをやってるじゃないの」
本郷「うん。これは面白いね。面白かった、と過去形でないのは、これからもしばらく、このネタで学び、遊んでいこうと思っているからなんだ」
姫「ふーん、学び、遊ぶ、ね。なんだか、「学び」というのは取って付けたような感じしかしないけれど。いい大人が集まって遊ぼうぜ、っていう企画なんじゃないの?」
本郷「いや、遊びたいのは否定しないけれどさ。でも本当に勉強になるんだよ。ぼくは本業が中世史研究者でしょ。だから、お城について、中世史からの発言っていうのはできるわけだね、一応は。磯田さんは近世史の研究者だから、もちろん近世史から。千田さんは歴史考古学、城郭史の研究者として。みんなが得意な分野をいかして討論する」
姫「専攻分野が違うと、そんなに違ってくるものなの?」
本郷「それはそうだねー。千田さんの見方が、ぼくら文献学と違うというのは分かり易いでしょう? 彼は古宮城(愛知県新城市)を真っ先にあげているけれども、これは武田家の造ったもので、徳川家に対する最前線の土の城なんだ。ぼくは恥ずかしながら知らなかったんだけど、その復元図を見ると、それはもう見事でね。武田の築城技術のレベルの高さがとてもよく分かる。ああ、これが当時の戦いなんだなあ、って感慨が胸に迫ってくる。千田さんに教えてもらわなかったら、絶対に分からないよ」
姫「なるほどねー。でも、磯田さんとあなたは同じ文献でしょう?どう棲み分けてるの?」
本郷「うん。中世の文献は主として知識人階層の手によって書かれている。だからきわめて情報が精選されているんだ。客観的でもあり、史料批判の手間をそれほどかけずに使える。藤原定家は日記の『明月記』にくだらないネタをいっぱい拾っているけれども、そういう人はまれなんだよ。あと定家なみにいろいろなことに興味津々というと、後花園天皇の父君にあたる伏見宮貞成親王の『看聞日記』とかね」
姫「だけど、それだけに情報量の総体が少なくなるわけでしょう?」
本郷「そのとおり。ニュースソースが限られてしまう。生き生きとした当時の人々の息づかいを再現しようとすると、すごく難しい。あの手この手の工夫が必要なんだね」
姫「それで、それに対して磯田さんの近世史の文献は?」
本郷「これはもう、高貴な貴族から庶民まで、雑多な人々が書いているから、厳密な史料批判を必要とするわけだ。これは使えるのかな、どこまで信用できるのかな、って。現代でいえば東ス◯が伝える記事が、お堅い国会の議事録と並んで置かれているわけでね。ニュースの由来を慎重に見きわめないといけない」
姫「だけど、それができる力量をもっている人にとっては・・・」
本郷「そう。中世とは比べものにならないくらい大量の情報が入手できる。まさに史料は宝の山なんだ。で、磯田さんはそういうことが得意な研究者なんだね」
姫「お話しあいをしてみたら、どんな学びがあった?」
本郷「うん。たとえば天野康景と興国寺城について、すごい勢いで教えてくれた」
姫「康景っていうと、高力清長、本多(作左衛門)重次とともに三河三奉行を務めた人よね。『仏高力、鬼作左、どちへんなしの天野三郎』っていう言葉を覚えているわ」
本郷「おおお、よく知っているね。その通り。三人ともそのあとにたいした出世をしてないので、有名じゃないんだ。あ、余計なことだけど、本多作左衛門は剛直な武人として知られていて、小牧・長久手の戦いのあとに家康のもとに人質としてやってきた大政所たちを焼き殺す準備をしていた人ね」
姫「それから『日本一短い手紙』だっけ、あれのモトネタになった手紙を書いたのも、作左衛門よね。ええと、彼が陣中から妻にあてたもので、『一筆啓上、火の用心。お仙泣かすな、馬肥やせ』よね。お仙は仙千代。二人の子どもで、のちの成重。本当に小ぶりで可愛い天守閣が現存している越前丸岡城の初代城主ね」
本郷「うんうん。そのとおり。あ、話はまたまた脱線するけれど、じゃあ世界で一番短い手紙はご存じ?」
姫「もちろん知ってるわよ。「?」と「!」でしょう? 作家ヴィクトル・ユーゴーが「レ・ミゼラブル」を出版した際に、本の売れ行きを心配して「?」と書いた手紙を出版社に送った。そしたら出版社はすごく売れてるよ!という意味で「!」と返したのよね。まあ、さしずめあなたなんか、「?」に「×」よね」
本郷「やめてくれ~。笑えない~。あ、今度『戦国夜話』という本を出します!おもしろいです!読んで下さい!新潮新書です!」
姫「あら、下品。手段を選んでられないくらい切羽詰まってるのね。皆さん、哀れと思って、買ってやって下さいませ」
本郷「ふう。・・・イヤまあ、それで磯田さんに話を戻そう。磯田さんは何と言うかね、歴史情報の塊なんだ。話し出したら、止まらない。以前、友人(?)の披露宴のスピーチで30分話し続けた、という噂を聞いたけれど、彼を知る人なら、さもありなんと思うかも」
姫「今回の天野康景の話も、とてもおもしろかったの?」
本郷「そうなんだ。彼は興国寺城主になるんだけれど、ある事件をきっかけに退転して城主の地位を捨て、浪人になる。そのときの彼の心情なんかを磯田さんが思い入れたっぷりに解釈し、披露してくれた。他の人がやったらヨタ話になっちゃうところを、史料の裏付けをしっかり取って実に巧みに膨らませていく。あれは名人芸だね」
姫「あ、うっかりしていたけれど、興国寺城って、北条早雲が甥の今川氏親から与えられた城で、彼はここから出陣して堀越公方の足利茶々丸を追い落とし、韮山城を手に入れる。いわば『出世城』よね」
本郷「うん。その興国寺城。今でも遺構がよく残っているんだよ」
姫「あら、あなたは尾張の楽田城をいの一番に推したのね」
本郷「そう。ぼくは城の機能とかはよく分からないから、物語性を重視したんだ」
姫「楽田というと、秀吉と家康が戦った小牧・長久手の戦いの時に、秀吉の拠点になった軍事施設よね」
本郷「そうだね。犬山城の秀吉と、小牧山城の家康はにらみ合ったまま手詰まりになった。それで秀吉は池田恒興たちが率いる2万人の別働隊を編成して、家康の本拠の一つの岡崎攻撃を命じた。ぼくはこの別働隊は家康へのエサだったと思っている。家康がこれに食いついたら、すかさず秀吉の本隊が家康を叩く。そうすれば、兵力にまさる秀吉は勝てる」
姫「秀吉は当時、機動力重視の用兵で立て続けに勝利しているものね。中国大返しといい、賤ヶ岳の戦いといい。家康との決戦も、自慢の機動力をつかおうとしたのね。そのときの前線基地が楽田ね」
本郷「うん。だけど、ついに秀吉は家康を捕捉できなかった。別働隊は壊滅。つまり、エサだけ取られてしまったんだ。楽田で苦虫をかみつぶした秀吉は、政治で家康を服属させる方策を考え出す。それが天皇家をかつぐ計画だったんじゃないか、というのがぼくの見立てなんだ。秀吉のそのプランは、天皇家の万世一系を補強した。だから楽田は、天皇家にとっても、重要なポイントだったと思っているんだよ」
【TOP画像】Photo by (c)Tomo.Yun