幕末・維新

マシュー・ペリーの意外な接待術~日米和親条約を結ぶために用いた策は?

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ペリーの接待術
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今も昔もビジネス話は食事のときに

幕末というと水戸藩や薩摩藩、あるいは長州藩などの攘夷という言葉が真っ先にイメージされ、いかにもピリピリした雰囲気を想像してしまいます。

が、考えてみれば、こうした風景の方が日常なんですよね。

今も昔もビジネス話は食事のときに――というのが成功のカギなのかもしれません。

なにせ、他国の外交官たちも、日本人に対して割と頻繁に酒をふるまっていたようでして。

イギリス人外交官アーネスト・サトウは『一外交官の見た明治維新』の中で会津藩の家老・梶原平馬についてこう記しています。

ニッポン大好き幕末外交官アーネスト・サトウ「佐藤さん」ではございません

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梶原は、シャンペン、ウィスキー、シェリー、ラム、ジン、水で割ったジンなどを、またたきもせず、尻ごみもせずに飲み干し、飲みっぷりにかけては、他の人々をはるかにしのいだ。

この記述からしますと、サトウは訪問した日本人に対してガンガン酒を飲ませていたように思えます。

仕事中にそんなに飲んでいいんかーい!

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文:小檜山青

【参考文献】
『拙者は食えん!―サムライ洋食事始』熊田忠雄(→amazon

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