橘曙覧

橘曙覧(右)と橘曙覧記念文学館 photo by 663highland /wikipediaより引用

幕末・維新

幕末歌人・橘曙覧が詠んだ妻ラブラブソング~幸せって何だっけ?

幸せとは何ぞや――。

かつて明石家さんまさんが、ポン酢しょうゆのテレビCMで歌っていた

「幸せ~って、何だ~っけ♪ 何だ~っけ♪」

という一節を思い出してしまいましたが、ともかく人類にとってHAPPINESSの定義とは難しい問題ですよね。

本日はそうした日常の幸せを一つ一つ噛み締めていた、とある歌人に注目。

慶応四年(1868年)8月28日、橘曙覧という歌人が亡くなりました。

「たちばなのあけみ」と読みます。

 

橘曙覧は越前の商家に生まれた

橘曙覧(たちばなのあけみ)――。

歴史の人とはいえ、あまり見慣れない名前ですよね。

実は彼、それ以前の名前も

姓:玄(しょうげん)

名:尚事(なおこと)

という不思議なものであり、ご祖先様が「橘諸兄(もろえ)」だとして、姓を橘に変えたとき、セットで曙覧(あけみ)としたそうです。

生家は江戸時代の商家(越前=福井県)ですから、そこそこ裕福だろう――と思いきや、2歳で母、15歳で父と死別しており、なかなかのハードモードを強いられてきました。

そんな中、叔父さんが貢献してくれたおかげで曙覧(あけみ)も一度は家業を継ぎます。

しかし、そろばん勘定が嫌になり、28歳で弟に家督を譲ると、勉学や和歌の道へ進んでしまうのです。

現代の感覚で置き換えると、若社長として期待されていた青年が突然芸術の世界に入ってしまったような感じでしょうから、周りもさぞ混乱したでしょう。

頑張って育てた叔父さんが可哀相ですよね。

幕末でドタバタの真っ最中だったことを考えればなおさらのことです。

何かに夢中になった人間にはよくあることで、その後、実家と積極的に関わることはなかったようです。

 

宣長の諡号「秋津彦美豆桜根大人」を

曙覧は当初、自分が専攻する学問のジャンルについて、何も決めておりませんでした。

それが本居宣長(国学=日本独自の学問の大家)の弟子に学んでからは、和歌について何か特別に感じるものがあったらしく、宣長の諡号である

【秋津彦美豆桜根大人】

を床の間に掲げます。

こちら「あきつひこみつさくらねのうし」と読みます。

字面から何となく桜大根を連想するのはワタクシの気のせいですかね。

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諡号というのはエライ人に死後与えられる尊称のようなもの。

わかりやすいところでいくと、歴代の天皇の呼び名はだいたい諡号になっております。

存命中は本名を呼ぶのは恐れ多いことなので、「今上」とか「お上」であり、死後は別の呼び名として諡号をつけることになっています。

ちなみに、元号と一致するようになったのは明治天皇から。

元号が一人の天皇につき一つになったからという理由もあります。

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話を曙覧に戻しましょう。

 

妻との「たのしみは」で始まる歌が52首も!

宣長の加護があったのか。

バカ売れとはいえないにしても、寺子屋のお師匠様と歌人を兼業していたおかげで、少しずつ曙覧(あけみ)の名は高まっていきました。

それでも生活に余裕はなく、弟子からの援助で妻子を養っていたそうです。

アンタいつの間に結婚したんだ?とツッコミたくなるところなのですが、実はまだ実家にいた21歳のときに奥さんをもらっています。

よくこの生活についてきてくれたものですね。

曙覧の歌には日常の小さな幸福を詠んだものが多く伝わっていますので、たぶんずっと同じ女性と仲睦まじく暮らしていたものと思われます。

こんな感じです。

・たのしみは 妻子(めこ)むつまじく うちつどひ 頭(かしら)ならべて 物をくふ時

・たのしみは 三人(みたり)の児(こ)ども すくすくと 大きくなれる 姿みる時

・たのしみは 紙をひろげて とる筆の 思ひの外に 能(よ)くかけし時

・たのしみは ふと見てほしく おもふ物 辛(から)くはかりて 手にいれしとき

この「たのしみは」で始まる歌がなんと52首!

何を考えてこうしたのかサッパリわかりませんが、最後の「欲しいと思っていたものをようやく手に入れたとき」などは、現代人にも通じる楽しみですよね。

そういうちょっとした喜びを大切にすると、裕福ではなくても前向きに生きられるのかもしれません。

ちなみに、1861年には伊勢・大和・大坂・京都に出向いて、歌人・大田垣蓮月とも交流を持ちました。

西郷隆盛にも影響を与えたとされる美人歌人。

詳細は以下にございますので、よろしければ併せてご覧ください。

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長月 七紀・記

【参考】
国史大辞典
福井市橘曙覧記念文学館(→link
橘曙覧/Wikipedia

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