天才か変人か――絵に没入しすぎるあまり、私生活も尋常ではなかったと目される葛飾北斎。
彼には男女四人の子供がいたとされますが、そのうちの一人だけ、親に続いて絵師の道を歩む者がいます。
娘の葛飾応為(おうい)です。
本年10月17日に公開された映画『おーい、応為』は、彼女の生涯を描いたもの。
長澤まさみさん主演で、あの北斎の子供であれば「さぞかし普通ではない絵を描くのだろう」という期待通り、ジャンルによっては北斎よりも腕が上では?という評価もあるほどです。
しかも、私生活に目を向ければ、家事はまったくやらず、酒タバコを好み、とにかく気が強い――そんな我が道を行くところが魅力的でもあり、現代の堅苦しい日本には、到底生まれてきそうにない。

露木為一『北斎仮宅之図』に描かれた葛飾応為/国立国会図書館蔵
破天荒で魅力的な女浮世絵師・葛飾応為の生涯を振り返ってみましょう。
北斎の三女・栄は出戻り娘
葛飾北斎は二度結婚し、男子二人、女子二人の子供に恵まれました。
このうち三女である栄は、いつ生まれたのか、証言すらバラバラで確定できず。
北斎の娘として「辰女」という人物の作品もあり、葛飾応為と同一人物とする説が有力ですが、父の作業場に入るうちに自らも筆を執るようになり、見事な腕前となっていったのでしょう。
こうした父の仕事場を手伝いながら浮世絵師になった女性としては、歌川国芳の娘である芳女と芳鳥がいます。
葛飾北斎は、江戸っ子らしく頑固な性格でした。

葛飾北斎82歳のときの自画像/wikipediaより引用
娘の栄もまた父譲りの性格で、ズボラかつ、とにかく気が強い。父は娘を「アギ(顎)」と呼ぶほど、特徴的な顎をしていました。
そんな栄は、3代目堤等琳の門人・南沢等明に嫁ぎます。
彼女は結婚すると筆を置き、内職で芥子人形細工を作るなどして、それなりの稼ぎを得ていました。
そうはいっても、家事はしない。着飾るわけでもない。女らしさというものがまるでない。
しかも気が強く、負けず嫌いときてる。
そんな彼女からすると、この夫は、父そして己と比べてまるで腕がなっていません。
「なんでェ、この絵はよォ」
夫の絵を下手くそだと鼻で笑ったところ、ついに愛想を尽かされ、追い出されたのでした。
こうして栄は、実家に出戻りとなります。
最初の結婚で懲りたのか、このあと彼女には浮いた話ひとつありません。“出戻り”ということが、彼女の絵師としての人生を決定的にしたと考えられます。
父を手伝っていた浮世絵師の娘たちは、他にもいたはずです。
しかし結婚後は消えてゆくさだめにある。女性絵師たちは、父の名があってこそ世間に知られるというのが当時の感覚です。
北斎は、こうして出戻った三女と共に絵を描くことになります。
男子も含め、北斎の子の中で画才が突出しているのはこの栄。
その画号は「応為(おうい)」とされ、以下、表記を統一します。
由来に諸説ありますが、その中でも有名なのが、北斎が「オーイ」と呼ぶからというものでしょう。
父のそばで絵筆を執る彼女は、のびのびと生きていました。
父はやらない酒と煙草も嗜む。絵の上に灰を落としてしまい「もう二度と吸わない!」と誓うものの、結局吸い始めてしまう。
家が散らかっていても平気。
料理なんて一切しない。
良妻賢母としての資質は欠片もないが、絵師の才には恵まれている。
美人画や春画は、父ですら敵わないと漏らすほど突出した腕前だったのです。こまやかなほつれ毛や繊細さは、父には出せない効果と評価されるほど。

葛飾応為『月下砧打美人図』/wikipediaより引用
そうはいっても、注文をする版元は、父の名声ありきで発注します。
応為は時に女性相手に絵を教え、稼ぎを得ることもありました。筆一本と父の名を背負いながら生きていく――それが葛飾応為という絵師でした。
偉大なる父のもとで絵を描く
葛飾応為を考える上で厄介なのは、彼女自身が描いた作品だとわかる証がなかなか見出せないことです。
落款がない。
それどころか削られているように見えることすらある。
かと思えば、葛飾北斎の作品に、どうも葛飾応為の特徴を備えたものがある。
そこには浮世絵の“商品”としての事情がありました。
葛飾北斎は有名で買い手がつくけれど、その娘となるとそう簡単ではない。
絵の中身よりも絵師の名前に価値が見出される――こうした状況は今も昔も変わらなかったのでしょう。
葛飾応為自身が名前を隠したいとか、謎めいた存在になりたかったとか、そういうことではなく、需要と供給により、彼女は隠れがちだったのです。

露木為一『北斎仮宅之図』に描かれた葛飾応為と葛飾北斎/国立国会図書館蔵
葛飾北斎は驚異的な長寿を保ち、最晩年まで作品が残されています。
こうした作品の中に、葛飾応為の代作も混じっているとみなす説もある。
「北斎がそんなことをするわけがない」となるか。
「いや、いくら北斎だって、これほどの高齢でこの作品を描けたとは思えない」となるか。
父の側に立つか、娘の側に立つか、見解が正反対になるところが興味深いものです。
なお当時は、師匠の作品を弟子が手伝うなり代筆することは恥ではなく、他の絵師にも同様の例があることは踏まえておきたいところです。
いま見ても斬新な光と影
2020年代に大人気となった『鬼滅の刃』では、アニメ化において葛飾北斎のタッチを意識しているとされます。
水の呼吸を使いこなす剣士たちは、刀から波がほとばしる――その飛沫は確かに北斎の作品を連想させます。
それだけでなく葛飾応為の代表作を彷彿とさせるのが、2021年12月から放映された「遊郭編」でした。
華やかな光の世界のような遊郭に、闇の化身のような鬼が潜む。
そんな歴史の裏と表を描くような展開であり、葛飾応為の代表作の中にも、光と影が鮮やかに描かれたものがあります。
石灯籠の灯りで短冊を描く女性を描いた『夜桜美人図』。
そして『吉原格子先之図』です。

葛飾応為『吉原格子先之図』/wikipediaより引用
遊女と客を選ぶ華やかな場面のようで、光だけでなく闇もある。美しい遊女の顔は見えず、むしろ陰影が印象的です。
特定が難しいとされる彼女の作品ですが、この絵は提灯に「応」「為」「栄」の三文字が描かれていました。
この作品には、北斎と応為の父と娘が関心を寄せていた、当時は「紅毛画」とも呼ばれた西洋絵画の技法が反映されているとも指摘されます。
誰にも真似できぬ絵の境地に達したい――そう考えていた北斎は、様々な技術の習得を目指してシーボルトとも交流し、オランダ人カピタンの注文も受けていました。
このときの鮮やかな青を描くための「ベロ藍」の導入は有名ですね。
彼らは常に新技術の導入を怠らなかったからこそ、いま見ても古さを感じさせない、むしろ斬新な作品を生み出すことができたのでしょう。
彼らが人気に左右されにくい、独立独歩の姿勢で歩んできたからこそなし得たのかもしれません。
同時代、江戸で売れに売れた人気絵師・歌川国芳がいました。

猫と後ろ姿が特徴の『歌川国芳の自画像』/wikipediaより引用
彼も西洋画の技法を取り入れてみたい。そう奮起し、葛飾北斎に入門を申し出たことがあります。
「別の流派だし、アンタはすでに売れっ子じゃねえか」
北斎はそう断ったそうですが、互いに敬愛はあったようで。
国芳ですら、リアリティタッチの『忠臣蔵』こと『誠忠義士肖像』は売れず、まさかの打ち切りにあっています。
こうしたことを踏まえると、西洋画と浮世絵を融合させた北斎と応為の技量とセンスは、際立っていたのでしょう。
女流画家としてジェンダー観点からも再評価が進む
現在、世界規模でジェンダー観点での歴史の見直しが進んでいます。
男性ばかりが研究や発信をしていると、女性の活躍は過小評価される――このことが認識され、埋もれていた女性の活躍が再認識されているのです。
例えば、「男性は狩猟で、女性が採集」は誤りであるとか。
バイキング指揮者の墓の被葬者が、女性首領であると確認されるとか。
『ムーラン』で注目を浴びた女性戦士は、中国史上に点在するとか。
こうした動きの中で、女流文人の再評価も進んでいます。
およそ四世紀の間、埋もれていたのに今は大人気となっている、ルネサンス期のアルテミジア・ジェンティレスキがその代表例。
性的暴行の被害にあった記録を残した彼女の絵には、美化されたか弱い女性像ではなく、力強く抵抗する姿が描かれています。

アルテミジア・ジェンティレスキ作『ホロフェルネスの首を斬るユーディット』/wikipediaより引用
葛飾応為の場合、凄絶な体験は記録に残っておりません。むしろその時代の制約から解き放たれた生き生きとした人物像が魅力です。
江戸っ子らしくサッパリとしていて、がさつな気性。
家事をろくにせず、絵筆を執り続けた生き方。
浮いた話を無理矢理作らなくてもよい。だって出戻りになってからはそんなことねえし。
語り継がれたその姿は飄々としており、一人の人間としても魅力的です。
良妻賢母となることのみが女性の生き方である――そう教え込む時代に「そんなこと知ったこっちゃねぇ!」と笑い飛ばすように酒を飲み、煙草をふかし、占いにハマり、絵を教えにふらっとどこかへ出かけてしまう。
葛飾応為には非常に魅力があります。
作品も生き方も力強く、いつの時代になっても古びることはない。
人間として、絵師として、興味が尽きない。それが葛飾応為という人物なのでしょう。
浮世絵師の再評価は終わらない
葛飾応為が忘れられていた状況は、前述したように女性としての問題もあります。
それだけではなく、浮世絵師全体に通じる課題もありました。
今でこそ大人気で評価されている絵師の作品であっても、所蔵品が海外にしか残されてないことがしばしばあるのです。
あれほど江戸っ子が熱狂した絵師の作品であっても、明治の御一新を迎えると、時代錯誤の象徴とされ消えてしまう。
なまじ大量に印刷され流通していたこともあってか、陶磁器を包む緩衝材代わりにされてしまったり、捨てられたり、美術品とは見なされない状況になってしまうのです。
どれだけ大物絵師の作品だろうと過去の異物となり、海外からの逆輸入や再評価でようやく日の目が当たったケースも多い。
いったいどれだけの作品を描いたのか。生没年はいつなのか。どんな人生だったのか。
そこまで判明している絵師はごく一部なのです。

葛飾応為『三曲合奏図』/wikipediaより引用
葛飾応為が埋もれていたとすれば、それは彼女自身というよりも、脱亜入欧を掲げるあまり、自国の文化すら辿れなくなった国そのものの問題もある。
消えた女性浮世絵師は、応為だけとどまりません。
応為は女性たちに絵を教えることで、収入を得ていました。
つまり、女性でも絵を描く人がそれだけ多かったということです。
歌川国芳の門下には、芳玉という女性絵師もいました。彼女は夭折してしまいましたが、長生きすればもっと有名であったかもしれません。
彼女たちはどこへ消えてしまったのか?
女性浮世絵師の中で最も輝いている葛飾応為ですら、雲の間から顔を出す月のように謎めいている。
これから研究が進み、光が消えてしまった女性絵師たちがまた見えるようになることを願いましょう。
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参考文献
- 檀乃歩也『北斎になりすました女 葛飾応為伝』(講談社, 2020年3月13日, ISBN-13: 978-4065189023)
出版社: 講談社(公式商品ページ) |
Amazon: 商品ページ - 永田生慈『葛飾北斎(歴史文化ライブラリー 91)』(吉川弘文館, 2000年5月1日, ISBN-13: 978-4642054911)
書誌: 吉川弘文館(公式商品ページ) |
Amazon: 商品ページ - 諏訪春雄『北斎の謎を解く ― 生活・芸術・信仰(歴史文化ライブラリー 124)』(吉川弘文館, 2001年7月1日, ISBN-13: 978-4642055245)
書誌: 吉川弘文館(公式商品ページ)|
Amazon: 商品ページ - 小林忠(監修)『浮世絵師列伝(別冊太陽 スペシャル)』(平凡社, 2005年12月1日, ISBN-13: 978-4582944938)
出版社: 平凡社(公式商品ページ) |
Amazon: 商品ページ - 若桑みどり『女性画家列伝(岩波新書 黄版318)』(岩波書店, 1985年10月21日, ISBN-13: 978-4004203186)
Amazon: 商品ページ |
書誌: Googleブックス(書誌情報)





