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いだてん特集 明治・大正・昭和時代

押川春浪(おしかわしゅんろう) 小説と野球と共に駆け抜けた39才の短い生涯

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2019年大河ドラマ『いだてん』で武井壮さんが演じるキャラクター。
それが押川春浪(おしかわ しゅんろう)です。

『いだてん』は、東京オリンピックをテーマとした物語であり、スポーツ万能の武井さんが演じられる――となれば、押川は、主役の金栗四三三島弥彦と同じくバリバリのアスリートなんだろう、と思われるでしょう。

しかし、むしろ彼は、真逆の存在です。
その職業は……作家。

スポーツを愛し、後に大作家となった押川春の生涯を振り返ってみましょう。

 

当時の青少年を虜にしたベストセラー作家

明治9年(1876年)。
押川は、愛媛県温泉郡松山小唐人町(松山市)に生まれました。

父は日本キリスト教会の元老であった押川方義(まさよし)で、母は押川常子。
春浪はその長男で、本名は押川方存(まさあり)となります。

本稿では、押川で統一させていただきますね。

父の押川方義/wikipediaより引用

彼は優秀なれど、素行があまりに奔放であったため、
・明治学院
・東北学院
・札幌農学校
・函館水産講習所
を転々とすることになります。

冒険小説を執筆したのは、その在学中のことでした。

明治時代の日本人にとって、冒険心をかきたてる押川の著作はぴったりとハマりました。
タイトルだけでもワクワクしますよ。

代表作は以下の通りです。

海島冒険奇譚 海底軍艦 05 海島冒険奇譚 海底軍艦』(明治33年)※リンク先の青空文庫は無料で読めます
『英雄小説)武侠の日本』(明治35年)
『(海国冒険奇譚)新造軍艦』(明治37年)
『(戦時英雄小説)武侠艦隊』(明治38年)
『(英雄小説)新日本島』(明治40年)
『(英雄小説)東洋武侠団』(明治40年)

タイトルだけでもこう、グッときますよね。
ジュール・ヴェルヌと並んで当時の大ヒット作家であり、現在まで続くジュヴナイル小説の祖となります。

 

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文系と同時に体育会系

1904年の日露戦争を機に押川は、当時の大手出版社であった博文館に入社します。

編集者として働く傍ら、『冒険世界』の主筆としてさらに多くの冒険小説を執筆。
明治45年に独立して『武侠世界』を創刊してから、大正3年(1914年)、実に39才という若さで病没してしまいます。

余談ですが……。
現在は「武侠小説」というと、中国の小説およびその原作作品をさします。
ベストセラー作家・金庸の作品が代表的です(邦訳あり)。

※『グリーン・ディスティニー』もジャンル的には武侠ですね。チャンバラ+時代ものです。ただし当時の日本では、心躍る冒険小説をそう読んでいたようです。混同しないようご注意ください。

押川の作品は娯楽色が強く、かつ今から読むとなると時代がかっているため、夏目漱石のような正統派文豪とは受け止められ方が違います。
いわゆる教科書に載るようなタイプの作品ではないんですね。

将来的には大河ドラマの放映によって、復刊や現代語される本も出てくるかもしれませんが、現代では忘れられた作家かもしれません。

それにしても、です。
演者が武井壮さんですと、やっぱり違和感を覚えませんか。

「バリバリの文系小説家らしい生き様だったのに、なぜ武井壮さんが演じるの?」

実は押川は、同時に体育会系の人でもあり、明治の日本にスポーツを広めた人物でもあるのです。

 

かつて日本には「野球害悪論」があった

2018年現在、日本で大フィーバーを起こしているアスリートといえば、何といっても大谷翔平選手でしょう。

メジャーリーグでは無謀と思われた二刀流に果敢に挑むプレイスタイル。
爽やかな笑顔と人柄。
どれをとってもまさに好青年、理想的な人物です。

彼の身ならず、野球少年というと爽やかなイメージがあります。
甲子園球児やプロ野球選手の不祥事があると、クリーンなイメージとのギャップからか、よりショッキングに思えるものです。

このように、爽やかで品行方正なイメージがある野球選手ですが、明治時代当時は違いました。

「野球なんかやると馬鹿になってしまう!」

平成を生きる日本人からすると、のけぞってしまうような理論があったのです。
それが、『いや、いくらなんでも、そんなことを言う人はちょっとおかしいでしょ』というレベルの内容で……。

・野球はいやしい競技で、剛勇の気がない
・日本選手はスポーツに向いていない
・本場のアメリカでは既に弊害が生じている
・保護者も野球を嫌っている
・日本の学校制度にそぐわない
・スポーツの意義からはずれる
・野球が国を滅ぼしかねない
・野球をやると馬鹿になる
・ルールが卑劣。こんなもので喜ぶ奴は巾着切りだ(スリのこと)
・野球選手は礼儀がなってない
・打球の衝撃で脳に悪影響がおよぶ

あまりのトンデモぶりに目が点になってしまいそうですね。

一体、こんなバカなことを提唱したのは、どんな情弱なのか?
そうお考えかもしれませんが、実は、この野球ディスり運動の先頭に立ったのは、あの新渡戸稲造。

五千円札にもなった、あの人です。

新渡戸稲造/国立国会図書館蔵

 

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野球ブームがやって来た

W杯の盛り上がりなんかと比較して、昨今はやや翳りが見えてきたと思える野球。
それでも日本での人気はトップクラスです。

日本からメジャーリーグへ移籍して活躍する選手も当たり前となっており、実力面でも世界屈指といえるでしょう。

そんな日本人の野球熱は、明治時代になってすぐに始まりました。
明治4年(1871年)、居住地での日米交流試合を皮切りに、日本人は急激に野球に夢中になっていったのです。

とはいえ野球は、明治の日本人にとって、あまりに異次元なスポーツでした。

・団体競技
・球技
・駆け引き重視

とまぁ、言葉にすれば少々堅苦しい、より高度なルールが揃っていまして。
日本には、蹴鞠のような競技も確かにありましたが、もっと身近な江戸時代の武道と比べたら、ほど遠い身体の動かし方ですよね。

そもそも精神修練を重要視していたのが日本人の武芸です。
明治時代になって突如やってきた、欧米的な娯楽性の高いスポーツに、嫌悪感を抱く人もおりました。

しかし、楽しいものとは放っておいても流行るもの。
野球はあっという間に流行していきます。『ポケモンGO』が社会問題化したようものですかね。
やっぱり飛びつくのは若者であり、彼らの親や教師となる層は、けしからんと考えておりました。

野球人気が頂点に達したのが明治37年(1904年)。
この年、第一回の「早慶戦」、つまり早稲田大学vs慶応大学の試合が開催されました。

「早慶戦」といえば、漫才の元祖・横山エンタツと花菱アチャコによる漫才ネタとしても有名ですね。

なぜ漫才の演目になったのか?というと、それだけ人気があったからです。
漫才は、当時最先端流行を追う若者を中心に火が付いた芸能です。

「早慶戦」はまさにうってつけのテーマであったのでしょう。

 

マスコミの野球バッシングに対抗

そんな野球人気に対して、明治43年(1910年)、東京朝日新聞がアンチ記事を書き始めました。

このアンチ記事に、他の媒体も乗っかり始めるのですが……完全にイチャモンでして。

学生野球の有名選手がチヤホヤされすぎて、スター気取りだとか。
ユニフォームが派手だとか。
学生の分際で試合の入場料を取りやがって生意気だとか。

要するに、学生が調子こいているんじゃねえよ、という理不尽なものです。

このアンチ野球バッシングに対し、立ち上がったのが、押川を中心とした「天狗倶楽部」でした。

天狗倶楽部/wikipediaより引用

「天狗倶楽部」とは、押川を中心として、早稲田のバンカラ気質やイキのよい青年らを中心に集めた団体です。
大の野球好きの押川中心に、バッシングへと反論を始めました。

まず押川は、当時刊行されつつあったスポーツ雑誌『月刊ベースボール』はじめ多くの雑誌に、アンチ派への反論を掲載。
その内容は、元記事の数倍にわたる文字数という熱いものでした。

 

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現代で言えば大炎上 燃え盛ってそして……

なんせ押川や彼の仲間たちは、熱血で、気のいい青年たちでした。

冒険とスポーツを愛する、それまでの日本にはいなかったタイプの、いわば「快男児」たちです。
薄汚い大人のバッシングに全力で抵抗し、若者たちも押川らを支持しました。
結果、押川らの熱は、かえって火に油を注いだようになって【野球害毒論争】はさらに燃え上がるのです。

いわば、炎上ですね。

新聞どころか、前述の通り新渡戸稲造ら教育界のビッグネームも参戦。
ますます燃え上がります。

現代人からすれば、
【こんなトンデモ理論が通るわけないだろ】
と突っ込みたいのですが、さしもの押川も、権力者には勝てません。

押川は試合に負けて、勝負に勝ったようなもの。
ヒートアップしすぎました。

大正元年(1912年)、新渡戸稲造への反論記事が激烈過ぎるとして謝罪を余儀なくされた押川は、野球害毒論争で疲弊し、失意のまま酒に溺れて、命を縮めてしまうのです。

しかしご存じの通り、野球は日本の隅々にまで根付いているわけです。
押川は勝ちました。
彼の弟・押川清は、日本のプロ野球創始者として知られています。

押川清/wikipediaより引用

明治の近代スポーツ黎明期、命を削ってまでその振興に尽くした。それが、押川春浪の人生なのです。

『いだてん』では、押川だけではなく、満島真之介、近藤公園といった「天狗倶楽部」のメンバーも登場するようですね。
明治日本にスポーツを根付かせようと奮闘する快男児たち。
その姿は、きっと熱いものであるはずです。

『いだてん』が楽しみですね!




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文:小檜山青

【参考文献】
快男児 押川春浪 (徳間文庫)』横田順彌
国史大辞典

 




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