歴史の授業だけで西郷隆盛を習うと、いかにも「偉人感」が先に立ってツマラナイという方がおられます。
なんとなく言いたいことはわかります。
西郷の魅力は、そんな教科書に収まるようなところではない。確かにその通りかもしれません。
では、授業では習わない、人間臭い西郷と言えば、どんな場面を思い浮かべるか?
その強烈な個性の中でも一際目立つのに、あまり知られておらず、2018年大河ドラマ『西郷どん』でも話題となった“入水自殺”かもしれません。
史実の西郷も薩摩の錦江湾に身を投げ、そして奇跡的に回復し、後の活躍へと繋げているのです。
しかし、その日の安政5年(1858年)11月16日、共に飛び込み、亡くなった方がおられます。
僧・月照――。
清水寺の住職にして、大老・井伊直弼に目をつけられた僧侶。
林真理子氏の原作『西郷どん』では、西郷隆盛と男色の関係も持つ、異色のキャラクターでもありました。
ドラマでは鈴木亮平さんと、尾上菊之助が、なんだか妙な雰囲気になっておりましたね。
ここでは物語の月照ではなく、史実における足跡を辿ってみたいと思います。
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讃岐で生まれて京都で出家
時は文化10年(1813年)。
月照(本稿はこの名で統一)は、大坂の町医者・玉井宗江の長男として誕生しました。
生まれた場所は、父の出身地である讃岐・吉原(現在の善通寺市)です。
1827年(文政10年)には、叔父の清水寺成就院住職・蔵海の下で得度し、出家。それから約8年後の1835年(天保6年)には、自身が成就院の住職となっています。
現在、清水寺には、西郷と月照に関する碑が残されています。
もしも月照が、生まれ育った讃岐で出家していたら?
彼はおそらくや一人の僧侶として、人生を全うしたことでしょう。
しかし、彼は激動の時代へと向かう、京都に脚を踏み入れたのでした。
儒学者や水戸藩士、薩摩藩士らと交流を持ち
清水寺には、青蓮院宮久邇宮朝彦親王、近衛忠煕らが堂上に出入りするようになりました。
近衛忠煕と言えば、島津家とは切っても切れない関係です。
彼自身の正妻が島津斉興の養女・島津興子(郁姫・実父は島津斉宣)ですし、天璋院篤姫(於一)が将軍家に輿入れする前は、いったん島津家を出て、この近衛忠煕の養女となってから、徳川家定に嫁いでいます。
その忠煕から月照は和歌を学んでいました。
そして嘉永6年(1853年)、黒船が来航。
激動の世を迎え、彼ら公家衆も歌を詠んでいるだけでは済まなくなったのでしょう。
もはや東の将軍家に権力を持たせるだけではいけない。
迫り来る夷狄(海外列強)から、日本を守り、天皇陛下の意向を示さねばならない!
そんな思想が、京都を覆うようになります。
黒船来航の翌年にあたる、安政1年(1854年)。
月照は、国事に専念するため、住職の座を弟・信海に譲りました。
勤王の僧として、生きることにしたのです。
孝明天皇のために攘夷祈願を行い、国家安寧を願う月照。
彼は僧侶として、祈祷の力で国家を守ろうとしました。
そしてそのうち、西郷隆盛をはじめ、梅田雲浜(儒学者)、頼三樹三郎(らい みきさぶろう・儒学者)、鵜飼吉左衛門・幸吉父子(水戸藩士)らと親しく交わるようになりました。
薩摩藩士とは、特に懇意にしていました。
【安政の大獄】に巻き込まれ
安政5年(1858年)8月、月照の奔走の甲斐あって、朝廷から【戊午の密勅(ぼごのみっちょく)】が水戸藩に下されました。
内容は以下の通りです。
・朝廷の許可なくして、日米修好通商条約(安政五カ国条約)とは何事か。説明を求める
・公武合体を行い、幕府は攘夷を推進せよ
公武合体とは朝廷と幕府、諸藩が協力して有事にあたろう――というもので、密勅とは、孝明天皇から水戸藩へ直接くだされたものです。
つまり幕府は素通りされて面目丸つぶれ。
月照は強い影響力を発揮すると同時に、幕府から睨まれるリスクを背負うことになりました。
一方、このころ西郷は、精神的な窮地に立たされておりました。
崇敬する主君・島津斉彬が急死してしまったのです。
水戸藩への密勅がくだされる約一ヶ月前(1858年7月)。藩兵を率いて上洛を考えていた、その矢先のことでした。
あまりのことに西郷は、斉彬に殉じて死のうと考えます。
これをなだめ、そして止めたのが月照でした。
真偽の程は不明ながら、2人の男色を描いた林真理子氏も、こうした強い関係性から着想したのかもしれませんね。
ともかく、将軍継嗣問題で一橋派であった月照も、西郷らも、にわかに窮地に陥るようになります。
井伊の赤鬼こと井伊直弼による【安政の大獄】が始まり、両者共に処罰対象とされたのです。
すでに、月照と懇意にしていた梅田雲浜、頼三樹三郎、鵜飼吉左衛門・幸吉父子らは、逮捕されておりました。
西郷も、危険人物としてマークされていました。
もう京都にはいられない。
そう考えた西郷は月照を連れ、平野国臣の助力を得ながら、故郷の薩摩まで逃げ帰ります。
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