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【南極物語タロとジロ】
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南極の生態系を守るために苦渋の鎖
このとき鎖に繋いだまま置き去りにしたことで、隊員たちは世間の猛バッシングを受けることになりました。
しかし、これも仕方のない面があります。
樺太犬は上記の通り大型犬ですから、それ相応の食料を必要とします。
多少の粗食には耐えられますが、生死のかかった状況で理性が働き続ける可能性は低いでしょう。
となれば、南極にいる他の生き物を狩って生き延びようとすることは容易に予測できます。
南極の自然観測も任務の一つである南極調査隊が、調査対象である南極の生態系を乱すようなことをするわけにはいきません。
ですから、一見非道なように見えても理論上は間違っていなかったのです。
そもそもどうして犬を南極に連れて行くのかというと、犬ぞりを使うためというごくごく単純な理由です。
極地では馬や牛など一般的な荷物の運搬に使われる動物が生存できないため、より寒さに強く、頭数が揃えばそりを引くことができる犬が欠かせませんでした。
冒険家の植村直己氏や山崎哲秀氏も、犬ぞりで踏破した場所がいくつかあります。
そして、日本にいる種類では樺太犬が犬ぞりに最も適していたため、タロとジロを含めた22頭が選ばれたのでした。
※病気のため引き返したり、越冬中に亡くなった犬もいたので、第1次隊が南極を去るときとは数が変わっています
現在はスノーモービルがありますし、生態系保護の観点からも南極に動植物を持ち込むことはできませんので、もうこのようなことは起きないようになっています。
兄弟の父・クマの行方は知れず……
タロとジロ以外の犬は、大きく分けて二つの道をたどりました。
繋がれたまま命を落とした7頭と、行方不明になってしまった6頭です。
後者のうちリキという名前だった犬らしき遺体が後日見つかっていますが、記録が残っていないため詳細は不明です。
また、行方不明になった犬の中にはタロとジロの父・クマもいました。
ドラマではタロとジロを助けて亡くなっていましたけど、真実はどうだったかわかりません。
何せ、そのとき観測隊は誰もいなかったのですから。
あんまり想像したくはありませんが、もしかすると極限状態で共食いが起きたかもしれません。東日本大震災が起きた直後に、多頭飼いされていた猫の共食いが確認されていますので……。
犬と猫が同じ行動を取るかはわかりませんし、基地で亡くなっていた犬たちの遺体はきれいだったそうですから、真相は不明のままですが。
ちなみに映画『南極物語』は、現在アマゾンプライムビデオで400円のレンタル視聴ができます(→amazon)。
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長月 七紀・記
【参考】
南極観測/国立極地研究所
タロとジロ/wikipedia
映画『南極物語』(→amazon)