通俗道徳

憲法発布略図/wikipediaより引用

明治・大正・昭和

「お前が貧乏なのはお前の努力が足りんから!」明治時代の通俗道徳はあまりに過酷

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明治時代の通俗道徳
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女性は解放されたのか?

明治政府は、西欧諸国をお手本としました。

結果、江戸時代より悪化してしまった部分もあります。

そのひとつが、女性の権利と扱いです。

「西洋では女性も学んでいる、それを日本も取り入れるべきだ」

そうした一面も、確かにありました。

山本覚馬の妹・新島八重や、広岡浅子のような人物は、まさしくその流れに乗り、羽ばたいております。

新島八重/wikipediaより引用

その一方で、後退した部分もあります。

明治政府がお手本としたフランスの「ナポレオン法典」は、革命以前の女性の権利を抑圧したものであるとして、現在、ジェンダー関連では失敗であったとみなされております。

夫婦同姓。女性が財産を持てなくなること。

こうした概念は、日本の伝統でも何でもありません。むしろ、明治以降取り入れられたものなのです。

夫婦別姓問題になると、日本の伝統であるという意見が出てきますが、むしろ全く伝統ではないことは念頭に入れておいていただければと思います。

明治時代、女性の待遇は改善した部分もあります。

一例として、性を商品化しなければならない、娼妓と呼ばれる人々の扱いです。

江戸時代以前から、彼女らの扱いは劣悪なものでした。

ただし、これは西欧諸国のクレームを避けるため、表向きだけであった部分も大きい。

表向きは娼妓たちが解放されたかのように思えますが、だからといって、借金や経済的な苦境による呪縛は続きます。

貧しければ、家によってこうした職業に送り込まれてしまう事例も多数あるのです。

一応は解放されているわけですから、江戸時代以前の、

「あの娘も気の毒に、家のために身売りをしちまったんだねえ」

というような、哀れな存在だという考え方は消えてゆきます。

「身を売るのも自己責任、好きでやっているんでしょう」

こんな考え方が生まれ、定着していったのは、実は明治以降です。

そしてここが肝心。

彼女らは自ら進んで身を落としたわけではありません。

家のためならば、身を売らねばならない。それが背後にあった理由でした。

そして、ここでも四民平等がずっしりと重たい現実として、のしかかって来た側面もあります。

明治時代には、幕臣や旗本であった家の女性が、花柳界で働くことになった事例も多数あります。

明治維新で救われたどころか、彼女らは落ちていきました。

明治政府の政策により、女性が新たな苦悩を味わった側面もあります。

例えば「富岡製糸場」のような工場では、女工たちが劣悪な条件のもと、働かせられることもありました(民営化されてから)。

富岡製糸場の繰糸場/wikipediaより引用

新時代で新たな金銭獲得ができるとして、彼女らは酷使されました。

こうした女性の職場でも、藩閥政治の影響はあります。

辛い役割をこなしていたけれど、明日から新規女工が来るからそれまでの辛抱だと働いていたある女工がおりました。

しかし、翌日やって来た新規女工は山口県出身者、つまりは長州閥のお嬢様でした。

彼女らが優先的に楽な持ち場を割り当てられ、先輩女工は悔し涙をのんだのだとか。

女性参政権実現は、ずっと先の話。

明治時代の女性の世界には、深く暗い闇がありました。

 


暴れるしかない若い男たち

「努力をすれば成功できる。そうならないのは、お前の努力不足だ」

そんな通俗道徳に縛られた明治時代。

しかし、何度も書いてきておりますが、努力だけでどうにもならない、そんな人々もいるわけです。

都市労働者の若い男性は「やってられるかー!!」とむしろ反社会的に生きてやるという方向に突っ走ってしまう、そんな傾向もありました。

宵越しの金なんて持たねえ!

暴力上等!

やってられるか、こんちくしょう!

出世ルートや進学から外れた若い男性層は、そんな危険な方向に向かうこともあります。

明治時代というのは、そんなにジェントルな時代ではありません。

政治家の暗殺も現代では考えられぬほど多い時代です。

明治維新の大物だって、大久保利通が暗殺されたり、大隈重信が爆弾で足を吹き飛ばされたり、他にも被害に遭った人物が多数おります。

大久保利通/wikipediaより引用

戦前を生きた人の回想を読んでいたり、先祖のことを調べていたりしますと、ゾッとするような話を聞くことがあります。

拳銃やドスを持って喧嘩しただの。

花見では日本刀を持って暴れる奴がいて、斬り殺されることがあっただの。

美少年が追いかけ回され、酷い目にあっただの。

ちなみに「もうやってられねえから馬鹿やっちまえ!」という動きも、日本だけではありません。

産業革命や近代化でやけっぱちになったイギリス人も、飲んだくれ、暴れまくっておりました。

根底には、ストレスフルな明治時代だ、もう暴れないとやってられねえという暗い情念もあった。

その怒りに火が付くと、とんでもないことになると政府が痛感したのが、日露戦争後に起こった「日比谷焼き討ち事件」です。

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貧困層。

女性。

少数民族。

彼らが選挙権を持ち、自分の声を発するようになるのは、まだまだ先のことです。

明治時代は、

・江戸時代から残されたマイナス面

戊辰戦争勝敗による格差

・西欧諸国渡来のしばきあげ論

・通俗道徳

といった要素が混じり合っていた、そんなおそるべきミックス地獄という側面があります。

【今こそ明治の精神に学べ】という言葉は、美しいもののように思えます。

しかし、明治時代というのは実に恐ろしい時代です。

そもそも現代社会が直面する問題とは、前に進まなければ解決できません。

今さら明治に時を戻したとしても、どうにもならないでしょう。

明治時代を舞台にしたフィクションを楽しむ時も、こうした厳しく容赦ない現実があったことを、頭の片隅にでも入れておいていただければと思います。

歴史の中で、私たちの先祖を含む人々はあがきながら生きていたのですから。


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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link

【参考文献】
松沢裕作『生きづらい明治社会――不安と競争の時代 (岩波ジュニア新書)』(→amazon
黒岩比佐子『日露戦争 ―勝利のあとの誤算 文春新書』(→amazon

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