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【辞書の歴史】
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『数引節用集』
こちらは巻末の付録になるのですが、一番右側の項目欄に「男女名頭字」とありますね。
今で言えば赤ちゃんの名づけ字典でしょうか。
いつの時代もやること変わりませんねえ。
江戸時代のトーチャンカーチャンも「うちの子にどんな名前をつけたらいいか」と悩んでいたのかと思うと、微笑ましいです。
戦争のゴタゴタで発刊が遅れた広辞苑
明治時代になると印刷技術などの発展めざましく、辞書が簡略化・小型化されるようになりなりました。
結果、節用集のようなスタイルは廃れ、五十音順の辞書も登場。
ここでちょっと困った問題が起きます。
編纂するスタッフの意見が合わず、刊行が遅れるという「なんだかなあ」な辞書が出てきてしまったのです。
また、出版資金が用意できず、原稿が出来上がってもなかなか世に出なかった辞書もありました。
そうした悲喜こもごもの歴史を経て1955年、ついに『広辞苑』が生まれます。
前身は昭和十年(1935年)に刊行された『辞苑』という辞書でした。
この時点でも発行までに紆余曲折があり、刊行直後に改訂版の企画が持ち上がったのですけれども、そこで第二次世界大戦が始まってしまったため、またしても刊行が遅れに遅れます。
出版社の倉庫や印刷所は戦災で被害を受け、かろうじて残っていた版を元に第一版が作られたのだそうで。
戦争が終われば終わったで、今度は外来語や仮名遣いの変更などによってさらに編集作業が増えるという無限地獄のような状況が続きます。
広辞苑の発行が終戦から10年後だというところからも、その苦労がひしひしと感じられますね。
一人で4万語の辞書を編纂した英国人
そんなわけで、日本では主に民間が辞書作りに取り組んでいたわけですが、外国では国が取り組んでいることもあります。
代表例は『アカデミー・フランセーズ辞典』でしょうか。
フランス語の辞典として有名で、そもそもこれを作っているアカデミー・フランセーズ自体が、フランス語の整理のために作られた学術機関でした。
極端な話「辞書を作るために国立研究所が一つ作られた」というわけです。
また、辞書というと言葉の意味を純粋・公平・公正に書いてくれていないと困りますけれども、個人の解釈を添えて面白く書いた辞書もあります。
18世紀イギリスの『ジョンソン辞書』です。
作ったのは、サミュエル・ジョンソンという人でした。
それも
「ほぼ一人で」
「4万語もの単語」
という膨大な作業を「たった9年間で」書き上げたという、速記にも程があることをやってのけています。
ちなみに、作り始める前は
「アカデミー・フランセーズでも辞書を作るのに40年かかったんだから、個人で辞書作りなんてできるわけがない」
と言われていたそうです。
ド根性というか負けず嫌いというか。
フランス人に対するイギリス人のプライドやら、両国の勤勉さの違いやらを感じますね。
ブラックジョークが多くて面白い
ジョンソン辞書は現在とは用法が違う単語も多々り、そのまま英語の勉強に使うのは難しいかもしれません。
が、ブラックジョークが多くて面白いですよ。
現代だと問題がある表現が多いため、新しい版では修正されているものも多々あるようです。
ウィキペディア先生のサミュエルのページには原文に近い訳が出ているので、ご興味のある向きはどうぞ。
サミュエル自身が「典型的なイギリス人」と呼ばれる人だったそうですし、英語の勉強というより、近世イギリスという国の雰囲気をつかむのに良さそうな雰囲気です。
現代にも通じるかどうかは……ノーコメントで。
★
辞書って、授業や宿題で使わされるのはつまらないですけれど、興味のあることや暇つぶしに眺めると面白かったりしますよね。
最近は電子辞書やインターネット辞書のおかげで、置き場所も取らなくなりましたし。
たまにはめくったり検索したりして、知識の海を泳いでみてはいかがでしょうか。
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【参考】
国史大辞典
国立国会図書館
NTTコムウェア(→link)
国語辞典/wikipedia
アカデミー・フランセーズ辞典/wikipedia
サミュエル・ジョンソン/wikipedia