文治3年(1187年)――平泉に山伏姿の義経がいます。
藤原秀衡は、義経をほぼ単身で送り出したことを悔やんでいた。
自ら兵を挙げていれば……しかし、天下を目指すには、奥州はあまりに重かったのだと。
「まあよい。代わりにお前が日本一の英雄となった。これほど嬉しいことはない。平家を倒したのはお前だ。ようやった、九郎」
褒め称える秀衡を見て、義経は感極まった顔をしています。
彼は褒められたかったのです。
『麒麟がくる』の織田信長と似ています。信長も賞賛が欲しかった。自分を褒める妻の帰蝶を「あれは母親じゃ」と語っていた。
褒められることに飢えている者にとって、自分を褒めてくれる相手は、父であり、母になる。
義経は“父”を求めていたのでしょう。後白河法皇は偽の父に過ぎなかった。
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あるいは頼朝が褒めてやることができれば、兄と父が一つになっていただろうに……現実はそうはなりませんでした。
蝉の抜け殻
鎌倉では、頼朝が悟ったような顔で言います。
「九郎が平泉に姿を見せた」
藤原秀衡と義経が組めば強大な敵となると安達盛長が懸念すると、頼朝も同意します。
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その一報を知った北条義時は、廊下をドスドスと歩きながら吐き捨てます。
「九郎殿! あれほど申したのに!」
義経への怒り……と同時に自分自身を説得しているのかもしれない。
義経を迎え入れることで、奥州は鎌倉最大の脅威となりました。
奥州平泉――藤原秀衡によって保たれていた均衡が崩れようとしているのです。
源平のみならず、奥州も含めた三国志状態。源平は長い争いで消耗していますが、平泉は無傷です。そんな油の中に義経という火種が入ることで、討伐対象となってしまう。
そのころ装束がまだ一段と美しくなった政子は、娘の大姫を見ていました。
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足立遠元とトンボを取り合っている大姫。政子はそんな娘を見て微笑んでいます。
と、そこへ乳母の道に連れられて万寿がやってきた。
庭で見つけた珍しいものがあると、万寿が大姫に見せたのは「蝉の抜け殻」でした。かつて木曽義高が集めていたものです。
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思わず衝撃を受ける大姫。
「姫!」
母の政子が慌てて声をかけるも、彼女はどこかへ去っていきます。
娘を心配した政子は、頼朝に語りかけます。ようやく笑ってくれるようになったけれど……しかし頼朝はもう別のことを考えていた。
「案ずるな、左様なことはじきに忘れる。忘れたことにする。姫を入内させる」
「入内?」
ギョッとして聞き返す政子。頼朝は帝の妃にすると言い出しました。なんでも、二歳違いで、よい頃合いだとか。
この場面は重要です。
大姫の心を踏みつけにしてでも入内させたい頼朝。それに不安がある政子。受け入れそうもない大姫。
後白河法皇に煮え湯を飲まされたようで、頼朝は接近を図っていたのです。
朝廷と鎌倉の距離感はなかなか重要で、本作のテーマといえるでしょう。それはオープニングでも示されています。
二つの力はぶつかり合う。今後はそのパワーバランスに注目したいところ。
「そなたが大将軍だ」
平泉では、藤原秀衡が生涯を終えようとしていました。
泰衡を御館にする。
国衡は秀衡の妻・とくを嫁に取る。
「はい?」
思わず国衡が聞き返すと、とくはこう続けます。
「ばばあですが、何とぞ……」
とくは国衡の実母ではなく、かつ身分が高い。年齢順でいえば国衡が泰衡より上なのですが、母の身分によって泰衡が上に来ています。
そういうバランスを取るために、国衡に身分の高い、しかも泰衡の母を妻とすることで、敬意を持たせようとしたんですね。
これは年齢の問題じゃないし、ましてや笑うところでもない。
当時の奥州には、儒教規範がないとわかります。
儒教規範は近親婚を嫌います。義母だろうが子と結婚するなんて、おぞましいこと。ゆえに理解されにくいでしょうし、後世の人も目を逸らしたくなるような話です。
ここで秀衡はさらに義経を呼び、こう言い出す。
「そなたが大将軍だ」
「私が」
「九郎のもとで力を合わせよ」
「かしこまりました!」
国衡はそう即答するも、泰衡は不満そうな顔をしています。
秀衡は最期の力を振り絞り、庭に立つとふらふらと歩いていう。
「もう少し、わしに時があったら……鎌倉に攻め込んで……フフ……」
「御館……」
「父上!」
秀衡は倒れます。かくして、英雄は命を終えたのです。
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それにしても、また酷い遺言を残したものです。
平清盛も、息子たちを破滅に導く「源氏を倒せ」という遺言を残しました。
秀衡もそうなりそうです。
泰衡と国衡の仲を裂く
文治5年(1189年)4月――義時は、奥州に行きたいと頼朝に告げました。
慎重だった秀衡が死に、平泉はどうなるのか?
平泉に行かせて欲しい。義経を必ず連れて戻ると言います。
頼朝はさらさらと筆を走らせつつ「任せる」と素っ気なく答える。大泉洋さんの所作がいつも流麗ですね。
「生かして連れて帰るな。災いの種を残してはならぬ。だが決して、直に手を下してはならん」
頼朝は自分の考えた策を告げます。
泰衡と国衡は兄弟仲が悪い。ゆえに二人の間を裂き、泰衡に取り入る。そして焚き付けて義経を討たせる。
そうすることで鎌倉が攻め入る大義名分を作る。
勝手に義経を討ったことを理由に平泉を滅ぼす――。
「悪どいか? 悪どいのう。この日本から鎌倉の敵を一掃する。やらねば戦は終わらぬ。新しい世を作るためじゃ」
そう語る頼朝に、義時は反論しません。むしろ天下草創の術を学んでいるように思える。
日本の武家政権のことをこの世界の誰もがまだ知らない。
日本が伝統的にしてきた、唐の国(中国)を参照するわけでもない。武家政権の始め方は、頼朝から学ぶしかないのです。頼朝はよい師匠であり、義時は優秀な弟子です。
悪どいことをしないで天下など掴めない。義時はそう学んでいる。
戦乱で増え続ける孤児たち
そんな義時が自宅に帰ると、八重は、預かっている子どもたちが遊んでいました。
「父上!」
我が子の金剛(北条泰時)が抱きついてきます。
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お土産はないかとねだる金剛。そういや義時は、八重にキノコや海産物をお土産にしていましたね。
八重は初という女の子に手習をしたのかと言っています。義村の娘でしょう。
子どもの数が多過ぎないか?と義時が問いかけると、八重は、日に日に増えていると返答。
明日から奥州に行ってくるという夫に対し、また戦かと不安そう。
藤原秀衡の供養のため、鎌倉殿の使いとして行くだけだと義時が返すと、一応は安堵する八重です。
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悪どい策を聞いた後で、このほのぼのとした場面。これは「トロッコ問題」かもしれません。
トロッコ問題とは「ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許されるか?」という問いかけです。物事を単純化し過ぎた考え方だという批判はありますが、現実問題、義時はそれを突きつけられ、解決しました。
義経が平泉で立ち上がって、鎌倉に攻め入ったら?
八重の元にいる子どもが犠牲になるでしょう。
そして撃退したにせよ、八重が預かる子どももますます増える……戦で親が殺されれば、孤児は増えてしまいます。
孤児を増やさぬためには、義経のような危険な種は摘み取っておかねばならない。
もう、上総広常や源義高の頃のように迷う期間は終わりました。
任務をいかにしてこなすか?
問題は、そこにある。
善児と共に平泉へ
義時が出発しようとすると、善児がひょいとお供として現れました。なんでも梶原景時がつけてくれたのだとか。
「何かと役に立ちますよ。さあ参りましょう」
そうして出立となりますが、義時が高い完成度で仕上がりつつあることがわかります。
義時の耳には、畠山重忠が告げたことが入っています。
善児は兄・宗時の遺品を持っていた。彼が殺したことは断定できないけれど、兄の死に関与したことはわかる。
義時が仇討ちをしたいのであれば、善児を簀巻きにして川にでも放り込めばいい。
しかし、そうはならない。
仇討ちよりも善児を使うことを選んだのかもしれません。
不要になったら兄の仇ということで殺す大義名分はある。
実にうまい使い方のできる人材じゃないか……そう計算が働いたのだとしたら、なんとも悪どい人物になりました。
そして義時が平泉に入ることで、早くも動揺が広がりつつあります。
義経は鎌倉殿に楯突いた大罪人であり、匿えば同罪になる――と義時がそう告げただけで、奥州藤原氏の兄弟にヒビが入るのです。
動揺する泰衡に、力づくで奪えと意気軒昂な国衡。
「兄上は黙っていていただきたい」
「わしはもう兄ではない! 父であるぞ」
「父などとと思ったことはない!」
まさに一触即発。義時という来客がいる前でもお構いなし。さほどに兄弟仲は悪化しているのでしょう。
しかし当主の泰衡にしても、もう義経は歯向かう気持ちなどないと言っており、義時も困ります。義経は危険人物のままでいてもらわねば、奥州藤原氏の兄弟仲を裂き難くなる。
敵は平家ではなくコオロギ
義経は農作業をしていました。
北条義時が声をかけると、懐かしそうに「おお、小四郎」と出迎える。
義経は屈託なく、コオロギのことを話します。
よい声で鳴くけれども、畑を食い荒らす。本来なら夏の終わりに虫送りと言って、松明を持って皆で練り歩くのだとか。
しかし義経は神頼みは嫌い。
コオロギは煙が嫌いだから、燻り出すと笑い飛ばします。
「平家を滅ぼした私が、今はコオロギ相手に戦っている! はははは!」
笑い飛ばす義経が、どこか自虐的なようで、さて実際はどうでしょうか。
義経は殺戮だけでなく農作業にも向いていると示しました。アイデアのある面白い人物として、生きていくことはできるのです。
そこへ義経の幼い娘と、妻の里が来ます。
義時の顔に苦いものが走ります。確かに義経を殺す方がよいけれど、その横には子供がいる。幼い子を持つ父を殺すことに、心が軋んでしまうのでしょう。小栗旬さんの表情が光ります。
義時は暗い声で義経に迫る。
「あれほど奥州には行くなと申したではないですか!」
義経を責めるようで、相手を殺す大義名分を探しているようにも思える。
俺は悪くない……止めただろ……なのに奥州なんかに向かった相手が悪いんだ。そうだ、俺は悪くない。そう悲鳴をあげているようにも思えるのです。
義経は飄々と返答します。
「私はもう戦をするつもりはない。案ずるな。ただし……平泉に手を出してみろ。決して許さない。そのときは鎌倉が灰になるまで戦ってみせる。帰って兄上にそう伝えろ」
はい、義経の覚悟です。そして義時にとっては言質です。
義経はやはり、鎌倉を灰にしかねない危険人物だと判明すれば、己の罪悪感も少しは和らぐ。よい言葉をもらえましたね。
静御前はどうなったか?
義時はこのあと、善児にこう聞いています。
「もとは百姓だったな」
「へえ」
そして義経が仕事をしたふりをしているのではないかと探りを入れるのですが……善児は爪の間に泥がへばりついていると返す。百姓の手だと。
そしてこう続けます。
「やっちまいましょうか。寝首をかくのは造作もないことだ」
「余計なことはするな!」
とっさに声を荒げる義時。下手に暗殺なんてしたら、かえってうまく動かなくなる。
どうせ死んでもらうからには、義経の流す血を、天下草創のために味わい尽くさねばなりません。
義時は何気なく、義経に語りかけます。
「静さんのことは残念でした」
「静がどうした」
「ご存知ないのですか? ならば忘れてください」
「いいから話せ」
義経に促され、静のことを語る義時。
彼女は吉野から鎌倉に向かおうとしているところ、北条時政の手勢に捕まった。そして三善康信が彼女の正体を見破った。
京でも指折りの白拍子が私のはずはない――そうシラを切ろうとするものの、康信は清水寺での舞の奉納を見ているのです。
それでも静は否定し、義経は雲の上の人だといいます。
しかし、観察眼の鋭いりく(牧の方)が静の妊娠を見抜いていて、義時にそう伝えました。
お腹が張るから座り方でわかる。どうしても後ろに傾くのだとか。父が義経ならば、名乗らない。
かくして理由が繋がったのです。
このドラマは三谷さんが丁寧にわかりやすく、推理の仕方を説明しています。
三谷さんは脚本の仕上がりが遅れるとご自身も認めておりますが、こういう細かいところまでピースをはめようとして、試行錯誤をギリギリまで繰り返し、完璧に完璧を重ねたいから、遅れるのではないでしょうか。
実際、今週もよい仕上がりですよね。
「私は静です!」
静かの懐妊を聞いた頼朝は、しばらく鎌倉に置くことにします。
もしも生まれてきた子が男ならば由比ヶ浜に沈める。生かしておくわけにはいかんと断言するのです。
これを受け、政子は静に訴えかけます。
お腹の子のためにも、鎌倉を出ていけ。ここにいると災いが降りかかると妹の実衣も続きます。
それでも静は、自分は静ではないと頑固に言い張る。
「こんな女を守ってやることはありません」
憎々しげなのは道。
義経には奥方がいる。里といい我が比企の一族である。静は、側女だ、捨てられたのだと貶めています。
里は正確には河越重頼が父という出自ですが、ドラマでは比企尼の外孫であることが強調されています。
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あまりの物言いに政子が抗議すると、今度は静がキッパリ。
「私は静です! お腹にいるのは間違いない、九郎義経の子! うちは静御前でございます。信じていただけないのなら、証をご覧に入れましょう」
そして生まれた子が殺されたら私も死ぬと静が言い放つと、義時はそれで義経が喜ぶのかと反論します。
大姫もこう訴えます。
「なんとかしてあげて……もう人が死ぬのは見たくない」
こうなったら、わざと下手に舞い、静御前を騙った偽物だったとするしかないと義時がフォロー。
同時に、武芸だけでなく音曲を嗜んでいる坂東武者を集めました。
武芸同様に音曲に励んだ重忠
なんでも畠山重忠は武芸同様に音曲を学んでおり、工藤祐経は武芸そっちのけで鼓に命を懸けてきたとか。そんなことだからあなたは……と突っ込みたい。
そして、呼ばれてもいないのに三浦義村もいました。
静御前を間近で見たいんだってよ。相変わらず、なんなんだ。
しかし義村が、こんなもんテキトーに叩いていればいいんだと開き直っていると、突然、重忠がキレました。
「音曲を侮るな! 私がこの域に達するまでどれだけの年数がかかったとお思いか!」
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義村は、舐め腐った態度の坂東武者代表格かもしれません。
静の宿にドヤドヤ押しかけた坂東武者たちはいて、中には口説き始めた不届者も。まったくろくでもない。
そして肝心の音曲ですが、琴や笛ではありませんね。そういう京都の貴族のようなものではなく、打楽器を演奏している。
演奏は神事にも用いられるので、信心深い重忠は熱心に稽古したのでしょう。そもそも神頼みが好きでもない義村は、心の底から興味がないと。
坂東武者のこういう音曲も、それこそ京都から来た文官からすればこうなるかもしれない。
「えっ! そ、素朴ですね」
「嵆康(けいこう)の『広陵散』のお話なんてご存じですか? ああいうね、琴を弾くのがうちらのやり方で」
「でも、ま、その、坂東では早いんですかねえ……」
鎌倉の文化文明はこれからですね。がんばろう。
かくして静が舞うことになりますが、動きがぎこちない上に扇子を落としてしまいます。
頼朝が呆れたように言う。
「これが静か……」
他の観客たちも「下手すぎる……」とざわついています。
そんな静の脳裏には、義経の言葉が浮かんでいる。
「生きたければ、黙っていろ」
しかし……。
しづやしづ 賤(しず)のをだまき繰り返し 昔を今になすよしもがな
静よ、静よ。そう私の名を繰り返し呼んでくださったあの方。あの九郎様が輝いていたころにまで、世が戻ればよいのに。
義経への思いを歌い、本気で舞いを始める静。
もはや彼女が本物であり、義経を愛していると宣言したようなものです。どこかボーッとしていた義村も、思わず顔がキリッと引き締まります。
大姫が呟く……。
「どうして」
「女子の覚悟です」
政子が目を光らせてそう言い切ります。
「覚悟?」
「あなたが挙兵されたとき、私も覚悟を決めました。それと同じことです」
政子の言葉で、頼朝も理解できた顔になっています。
何があろうと、この愛だけは譲れない。かつて頼朝を愛した政子には、静の気持ちがわかるのでしょう。
そして大姫も、女子の覚悟を理解できたのかもしれません。
あんなに幼い頃、義高を救うために刃を喉につきつけた自分のことを、思い出したのかもしれません。
静はその後、鎌倉に置かれ、四ヶ月後、子を産みました。
奥州が助かるには義経の首しかない
「あいつらしい」
そんな風に彼女の話を聞いていた義経が、続けて義時に尋ねます。
「どっちだった?」
「男でございました」
ため息をつく義経。静は止めても赤ん坊は連れて行かれ、殺されました。
その後の静は行方が不明だとか、青墓の宿で静に似た遊女を見たとか。
「お伝えすべきではなかったでしょうか」
「いや……聞いておいてよかった」
義経は暗い声で返します。外では里も、この顛末を聞いていました。
このあと、刀を抜いて人形を切る義経を見て、義時は確信します。
「うまく運んだようだ」
義時は、泰衡に迫ります。義経の鎌倉への憎しみが抑えきれぬところまで膨らんでいる。国衡と挙兵するつもりではないか。
義時に、そうそそのかされた泰衡は、なぜ兄が出てくるのか! 戦など誰がするか! とイラつくことしかできない。
鎌倉に楯突く気なんてない。それを信じさせるにはどうしたらよいか?
思わず義時にすがると、こう教えられます。
「手はひとつ。九郎殿の首を取り、鎌倉殿に届ける。それしか道はありません」
奥州を救うようでいて、実は罠にハメるための謀略をスラスラと泰衡に説明する義時。
さらに追い打ちをかけます。
鎌倉が攻めて来れば平泉は火の海だ。たとえ義経であろうと守りきれない。四代にわたって栄えてきた一門をご自分の代で潰してしまってよいのか?
もはや泰衡は腰砕け。だから義経を迎えたくなかったんだと今にも崩れ落ちそうです。
ならば「不意打ちせよ」と勧める義時。なまじ強い相手だけに、そういう卑劣な手段も正当化できなくもありません。
と、そこへ弟の頼衡がやってきました。
「兄上、なりませぬ! 亡き父の言葉をお忘れですか!」
この頼衡は、義時の魂胆にどこまで気づいているのか。泰衡に、平泉の行く末は私が決めると言われると、今度は義時に直接言葉を突きつけます。
「何をしに平泉に来た! お前の魂胆は何だ!」
同時に刀を抜き、義時に斬りかかろうとしたところで、善児が素早く仕留めます。
弟を死に追いやり、もう後には退けないと義時が泰衡に断言。
事は、義時の思惑通りに進んでゆきました。
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里を小刀で一突き
「九郎殿は腹を括られた。戦になるぞ」
仕事を終えた義時が、善児に話しかけます。
「種は蒔いた、鎌倉へ参る。先に帰って鎌倉殿に伝えよ」
そうして善児を先に行かせるわけですが……あの善児もだいぶ毒気が抜けた感がありますね。
義時相手となると饒舌でしたし、自分のことすらペラペラしゃべっていた。何気ない雑談で気が緩めば弱点がさらされるから、あの手の仕事を生業とするなら、口が軽くない方がよいでしょう。
一方で、善児が油断したというのでもなく、義時が黒くなってきた現れと見るべきかもしれない。
今の義時はそう簡単に騙せないし、殺せなくなっている。だから善児相手だろうと安心できるといえばそう。
善児の使い方を学ぶことも大事であり、義時はこなしつつあります。順調によく育っている逸材です。
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義経は死が近づきつつあるのか。亡き秀衡の幻を見た後、自宅へ戻ると、里に覚悟を告げます。
「ここらが潮時のようだ」
「私はこんなところで死にたくありませんから」
「これも宿命(さだめ)だ、あきらめろ」
里は不満そうだ。ついてきたくなかった。畑仕事もしたくなかった。
そう愚痴を言ってから、こう言います。
「でもひとつだけ嬉しいことが……。聞いてましたよ。静のこと。いい気味だわ」
「そんなに静が憎いか」
里はここで、京都で刺客に襲われた時のことを告白します。あの者たちを手引きしたのは私だ。あの女を殺すつもりだったと。
「お前が呼んだのか。兄の策ではなかったのか。お前が、呼んだのか、お前が!」
怒りに我を忘れ、小刀を手にして迫った義経は、里を刺し殺してしまいます。
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「すまぬ、里、すまぬ、すまぬ」
泣きじゃくる義経。
鎌倉攻めの答え合わせは……
義時が馬で進んでいると、その進路に何者かが立ちはだかります。
弁慶です。主人である義経が呼んでいると義時に告げる。
そのころ義経の館には、泰衡の兵士たちが進んでいました。
罠を避けるために、裏へ回った弁慶と義時。
館の中に案内されると、義経はあっけらかんとしていました。いったん弁慶は外へ出て行きます。
表情の明るい義経でしたが、部屋の床には筵をかぶせた妻子の遺骸。
泰衡の手勢が来ていると話しながら、その上で今回の一件は義時が一枚噛んでいることを見抜いています。
「私は人を信じすぎると言ったのはお前だ。私も少し賢くなった」
二人が話している間に、木の板で武装した弁慶がその姿を義経に見せてきます。
「いいねぇ!」と気楽に返す義経。
義経は、なぜ義時が静の話をしたのか不思議に感じていました。
そして考えた。義経が鎌倉に対する憎悪を抱いてなければ、兵を差し向けるわけにもいかない。
そうして義時の思惑を暴いている最中にも、またまた弁慶が武装姿を確認しに来ます。
笑いとばし「よし、今だ!」と弁慶を送り出す義経。
「武蔵坊、世話になった!」
「やめてください」
今生の別れでも、どこかじゃれあう犬のような主従です。
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武蔵坊弁慶は史実の記録がほぼゼロなのに有名人|実際何をした?
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あいつがしばらく時を稼いでくれると義経は言い、扉を閉めるとさらに話を続けます。
「自分の手は汚さず、泰衡に私を討たせる。兄上の考えそうなことだ」
「それがわかって何故……」
「そこまで兄上にとって私は邪魔なのか。そう思うとどうでもよくなった。この首で平泉が守れるなら本望だ。見せたいものがある」
義経は、ずっと鎌倉攻めの戦術を考えていました。地図を広げながら、その計画を義時に明かす。
北から攻める構えを見せ、南側の海から浜に上陸する。鎌倉を包囲し、すべての切り通しを防ぎ、袋の鼠にしてから町に火を放つ。
「どうだ?」
「素晴らしい。ただ……」
船団が三浦半島から丸見えだと義時が指摘すると、三浦を味方につけておくと義経が返す。
それは父の三浦義澄ではなく、利で動き、損得を考える子・三浦義村――。
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「おそれいりました」
義時がそういうと、仔細を書いたものを梶原景時に届けて欲しいと義経は言います。
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外から弁慶の声が聞こえてきます。
思わず、はしゃいでしまう義経。
義時に対して、来た道から帰るように促します。そうでないと罠があるのでしょう。
そして、こじんまりとした衣川の館で、源義経は死を遂げるのでした。
首桶に泣きじゃくる頼朝
義時は鎌倉に戻ると、景時に策を渡します。
じっくりと読み、納得する景時。
「この通りに攻められたら、鎌倉は間違いなく滅びたことだろう」
義経の策を最も理解する男が、最高傑作の策を吟味し、褒め称えています。
己を知る者から褒められたかった義経。彼は望んだものを手に入れました。義経はある意味、幸せかもしれない。
義時は自宅へ戻り、金剛に土産をねだられています。
そして頼朝は、帰ってきた義経に語りかけるのです。
「九郎、よう頑張ったなあ。さあ、話してくれ。一之谷、屋島、壇ノ浦。どのようにして平家を討ち果たしたのか。お前の口から聞きたいのだ。さあ……九郎……九郎……話してくれ……九郎……」
首桶に抱きつく頼朝。
「九郎! 九郎! すまぬ、九郎……」
文治5年(1189年)6月13日、義経の首が鎌倉に届けられたのでした。
首だけになった弟と、兄は再会を果たしたのです。
士は己を知る者の為に死す――。
立派な人物は、自分の価値を知る者のために死ぬとも言います。
義経は、自分の価値を知る兄・頼朝のために死にました。
価値を理解しているからこそ、頼朝は泣きます。
彼を愛しているからこそ、首桶に抱きつき、泣いてしまうのです。
MVP:静御前と義経
静御前は美しかった。
紅白と黒だけという、東洋における化粧の三原色で仕上げた顔。そして内面の美しさが舞に乗り移りました。
白拍子は男装して舞うわけで、たおやかな女性らしさよりも、凛とした強さが似合うのかもしれない。
力強い静の舞はまさに絶品です。
彼女が日本史上に名を残しているのは、その愛の強さゆえ。
義経を思い、危険を顧みず頼朝の前で踊ったからこそ、永遠の名を残した。そんな説得力を持つ圧巻の美しさと迫力でした。
そして、静の話を嬉しそうに聞く義経。この二人は似ているからこそ惹かれたのでしょう。
義経はずっと考えに考え抜いて、最善の戦術を考えることが生きがいだった。
それを壇ノ浦以来しなくなって、コオロギを始末するために知恵を絞るようになっていた。
それが最期の最期で、また戦術を練る作業に戻ることができた。
妻子の死は頭から抜け落ちる。そういうことができるから義経は強かった。
目の前にある、課題をこなす。静が舞うことに集中したように、鎌倉を灰になるまで燃やすことを考えることに集中する。
そうやって集中している間は、この世界を生きている苦しみなんて全部消える。
そんな人生最高傑作を見せたら、義時は参った!
では、鎌倉にいる景時が見たら、どんな顔をする?
そう考えていると楽しくなって、もう、笑っちゃうしかない。
もうぐちゃぐちゃだろうけど、自分の人生の意味、天命を知った上で死ぬということは、それはそれで幸せだったんじゃないかと思えました。
そうやって神話になって死ぬ。
あんな山奥で、粗末な服を着て、惨めたらしく死んだようで、最高に幸せだったんじゃないか。
朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり。
朝、生きるべき道を知ることができたら、その夕に死んでもよいのではないか。
『論語』「里仁」
菅田将暉さんの義経が、笑いながら、遊ぶように戦って死んでくれて本当にありがたかった。
こんな惨い死を美化しようとは思わないけれども、死に様はさておき、天命を知った生き様は幸せそうだった。
義経はとても幸せな男だったのだとわかった気がする。
自分の天命が、兄のものよりも輝いていることだって、わかっていたんじゃないか?
そう思えるくらい、悲惨なのに、素晴らしい笑顔でした。
ロスだのなんだの言いませんて。こんな完璧な生き様をした人間に対し、もうちょっと生きて欲しいなんて、そんな蛇足を求めるようなことは言えないでしょう。
圧巻の生き様でした。
総評
まず戦うなり、討ち取ることが前提にあって、そこから理由を考える――そんなこじつけが繰り返された回でした。
この先、頼朝は、大姫に対してなんだかんだ言いくるめようとするのでしょうが、全てが我が娘の入内前提であって真心からのものではない。
義時は、義経を罠に嵌めて殺させようとする。以前なら嫌がっただろうけど、彼は理由を見つけることを見出しました。じっと相手を見つめ、殺すための大義名分を探しています。
だいぶ出来上がってきましたね。
主人公を無理に善人にしない、そんな覚悟があります。というと格好いいようで、ただの居直りのようにも思えますが。
秀衡は、妻を国衡に嫁がせることで、強引な家族関係を再構築した。そんな無理なこじつけは、やはりどうにもなりません。
そういう無理矢理なこじつけをせず、行動に移す人もいる。
静は腹の子を助命するという理由なんてすっ飛ばし、自分の愛をまっすぐに出し切って舞った。
義経はまず里を殺してしまってから謝る。
自分のしでかしたことにカッとなったという理由にならない理由だとわかっているからそうなる。
静を間近に見たいという理由を素直にスルッと口に出して、重忠を怒らせてしまう義村もそうといえばそう。頭がよいくせに、それっぽい言い訳はしない。
義時は、羨ましいほどに義経はまっすぐだと前回語っていました。
確かに義経は、後付けの理屈を考えない人間でした。
じゃあ、どっちがいいかって?
人類の大半、95パーセントくらいはこじつけをしてしまうのでは?
まっすぐすぎる義経を受け付けられないから、「サイコパス」だのなんだの言われたのではありませんか?
人間は嘘をつくものだし、そうしないと生きていけません。
誰かが奢ってくれた食事がまずかったとして、それを素直に言えるか?
誰かがハマったと語る作品が無茶苦茶つまらなかったとして、それを素直に言えるか?
周りに流されてうなずいているだけなのに、自分自身の感性で決めたことだと言い切る。
そういう本音をちゃんと言わないことは今でも同じだから、こうも義経が痛快なのかもしれない。そんなことを考えてしまいます。
ドラマとして面白いだけでなく、色々と考えさせる作品です。
歴史劇は、やはりこうでなくては。
現実社会では試せないことを、人間と社会を使って実験した――その成果を観察することが、歴史を学ぶおもしろさだと思うのです。
水随方円(すいずいほうえん)
水は器の形にあわせて形を変えるという意味です。
器をこうしろと指定されれば、水の形はおのずとそうなる。
ドラマの評価も、ネットニュースやSNSトレンドである程度決まりますよね。
実はドラマの評価なり、ニュースも、こういう後付け解釈みたいなものがありまして。
それに限らずネットニュースのタイトルが「〜〜〜なワケ」となっているものは、その類であることが多いのです。
◆『鎌倉殿の13人』ヒットの理由は伏線回収のしやすさ?“ネタバレ視聴派”も満足するわけ(→link)
こういう記事って、結局「ヒットしている」という前提が先にあります。
ちょっとツッコミさせていただきますと……。
【その1】知名度抜群。馴染みのある人だらけ
ここ数年の大河は金栗四三、明智光秀、渋沢栄一など、歴史上の重要人物ではありますが、大通りから脇道にいるような人物が続いていました。
金栗四三とまでいくと、特殊過ぎるので入れない方がよいのでは?
そしてこれは近年の大河を調べて並べたのでしょうけれども、少なくとも『麒麟がくる』は外すべきではないでしょうか。
明智光秀のどこが脇道の人なのでしょうか?
『麒麟がくる』は日本史上でもトップクラスの知名度である三傑が揃っていました。
それに今年は、知名度的には低い人物が揃っています。
三谷さん大河三作目となる山本耕史さんは、「土方と石田三成は知っているけど、三浦義村はイメージがなかった」とコメントしています。
キャストのコメントも「今回初めて名前を知った」というものが多いのです。
そしてここなのですが。
【その2】テンポよく見せる絶妙な取捨選択感
4月に最終回を迎えたNHK朝の連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』で絶賛されていたのがそのテンポ。『鎌倉殿の13人』でも、疾走するようなスピード感で物語は進んでいます。キャラクターやエピソードを濃く描きながらも、テンポよく感じるのはエピソードの取捨選択が絶妙であるからでしょう。
なるほど、よいアイデアを思いつきました。
朝ドラから大河への脚本家スライドは定番です。
ということは、そんなに絶賛されていた脚本家さんを『鎌倉殿の13人』と通じる源平合戦もので起用するのはいかがでしょうか?
源氏ばかりでは何ですから、平氏をテーマにして。ヒット間違いなしですね!
……と、まあ、理屈はどうとでもつくものです。
テンポがよいとか。伏線があるとか。取捨選択をするとか。
そういうのって、大谷翔平選手についての説明をするとき、こう書くようなものに思えます。
「大谷翔平選手の何がすごいか? 打率が高い。しかもホームランを打つ。そしてピッチャーも務める。だからすごいのです」
いや、まぁ、その通りで、そんなことを言われても、というやつですね。
この手の推察記事は無害で済むなら放っておけるのですが、必ずしもそうでないから突っ込みたくなる。
他ならぬ三谷さんご本人が書いていて、こちらです。
◆(三谷幸喜のありふれた生活:1086)ネットの中の見知らぬ自分(→link)
なんでも三谷さんが新垣結衣さんにぞっこんで、毎回撮影現場にいるとか。好きすぎて出番を増やしているとか。
そういうことをネットニュースで書かれて、そんな低レベルな創作はしていないと反論しております。
温厚な三谷さんならば、カーっと怒るわけにもいかないだろうけれど、そういう邪推は芸能界そのものに対して迷惑ではないでしょうか。
今、日本の演劇映画界はハラスメント、ことセクシャルハラスメントに揺れています。
その背景には「あの大物のお気に入りになれば、出番が増えるしチャンスだよ!」という“前提”やら“常識”があるわけですよね。
本当は嫌なことでも、そういう理由づけで応じるように追い詰められる人がいる。
そういうことをなくすためには色々な手があるけれど、大物のお気に入りになれば得をするという思い込みや風潮の打破が必要でしょう。
「大河見てる? ガッキー出番多いよね。あれは三谷さんのお気に入りだからなんだよ」
こういう噂話は面白くもなんともないし、その風潮の形成に三谷さんが寄与しているようで問題です。
スタッフなり脚本家なりが、過剰に役者本人と役のイメージを重ねることも私は問題だと思っています。
こと、実在の人物を扱う歴史劇では、慎重になっていただきたい。
ある大河ドラマで徳川慶喜役を演じる役者のファンが、SNSでこう盛り上がっていました。
「私の推しが演じるってことは、きっと実際の慶喜もいい人なんだよね!」
そういうファンの声に忖度して、実在の人物像を捻じ曲げたら問題があります。歴史修正につながってしまう。
だからこういうことを語る脚本家は、あんまり信頼できないのです。
「役者のナントカさんは素晴らしくて、本物のあの人物はきっとこんな人なのだと思えました」
「ナントカさんが素晴らしいので、ついつい反映させてしまいます」
「ナントカさんが好きなので当て書きしています」
三谷さんはそういうことは言わないし、役者のイメージはもちろん考えているだろうけど、それよりも史実からアレンジしていると思えます。
なぜ八重の出番が多いか?
それは考証・坂井孝一先生の本を読めばわかることです。
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北条泰時の母はいったい誰なのか|八重と義時の結婚は史実的にあり?
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三谷さんのこのドラマがどうして面白いか?
推論を書かせていただくと、みなさんが一生懸命誠意をもって、真面目に作った成果ではありませんか?
私は芸能情報に疎いので、九条兼実役の田中直樹さんが「笑いのツボを突いてきている」と言われてもピンときませんでした。
ただ、所作や発声がしっかりしていて、摂関家にふさわしいエリートの雰囲気は出ていると思った。
がんばっていると。そこは伝わってきた。
演じる方も、衣装も、ヘアメイクも、演出も、そして所作指導も。手抜きをしていない。
ちょっと雑に思えるところは、時間や予算不足であって努力不足ではないとわかる。
そういう真面目さが実り、面白いのではないでしょうか。
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【参考】
鎌倉殿の13人/公式サイト


















