天才軍略家義経

源義経(右)と源頼朝(ただし最近は足利直義とされる肖像画)/wikipediaより引用

源平・鎌倉・室町

軍略と殺戮の天才・義経~世界の英雄と比較して浮かび上がる実像とは

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武田信玄:風林火山

孫子の教えを使いこなした人物筆頭として、武田信玄があげられます。

宋代には「宋版」と呼ばれる印刷術が定着。

書籍の流通が増え、明から甲斐国まで『孫子』が到達したのでしょう。

『孫子』を読んで、どこがどう優れているのかわかったからこそ、信玄は使いこなせた。

この時代となれば、他にも『孫子』を手に入れた大名はいたはずです。

しかし、旗にまで記すとなれば思い入れが違う。

戦場で頭に血が上りそうになっても、旗を見れば、リマインダーとしての役割を果たせたことでしょう。

信玄のもとで兵法を学んだ武田の将たちが、旗により孫子の極意を思い出す。地形を見るだけでどこに布陣をすればよいのか即座に判断できる!

そうなれば、武田軍団が強くなるのは当然のことと言えます。

甲斐の地形は険しく、農業生産性が高い土地ではありません。海にも接していない。

地理条件では不利だらけの武田家を、あそこまで強くしたものは、信玄の頭の中に詰まっていたのでしょう。

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これが時代がくだり、甲州流軍学となると怪しさを帯びてきます。

なんだか神秘的で凄い兵法があったと想像され、荒唐無稽な装飾がなされるものです。

曹操ではなく諸葛亮こそ兵法の達人だと思いたい――そんな中国の人々は、道教と組み合わせ、妖術めいた兵法を、フィクションにおいて諸葛亮に使わせました。

そうした後世のつけたしを削れば、そこにあるのは『孫子』はじめ兵法をどれだけ深く読み込んだかと言えるでしょう。

 


ヘンリー5世:戦場では虎の如く振る舞え

イギリスの歴史で織田信長に最も似た人物は誰か?

そう問われて真っ先に浮かんでくるのがヘンリー5世です。

若い頃は遊び回り父を嘆かせたものの、即位後は、時に烈火の如く怒り、時に冷徹な戦術を用いて【アジャンクールの戦い】で大勝利をあげる。

いかがでしょう? まさに信長ではありません?

と言いたいところですが、これはシェイクスピアの筆(脚色)がそれだけ達者であったというところ。

フィクションでの描写ゆえに人気が飛び抜けている点でも共通しています。

ヘンリー5世が王子時代に父・ヘンリー4世と対立したことは史実とされていますが、別に息子が遊び呆けていたからではなく、政治的なものとされています。

大勝利とされる【アジャンクールの戦い】も、百年戦争に与えた影響からすると、過大評価されているのでは? と冷静にみなされることもあります。

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シェイクスピアが書いた「聖クリスピアンの日の演説」(アジャンクールの戦闘前に演説する場面)があまりに素晴らしすぎて、その印象があまりに強い。

義経にせよ、信長にせよ、ヘンリー5世にせよ。後世の文学による顕彰の影響は見逃せないところです。

この演説で、ヘンリー5世は「戦場では虎のように振る舞え」と言います。

人が獣のように規範を忘れたらどうなるのか?

史実のヘンリー5世は示しています。

ヘンリー5世の戦術には斬新かつ残虐な行為がありました。

捕虜の大量処刑です。

それまでのヨーロッパでは、戦場で捕虜となった貴族を丁重に扱いました。捕虜交換をする目的もあります。

敵に捕まった同程度のものと交換するか。あるいは身代金を支払うか。そうして捕虜交換をすることが「騎士道」であるともされました。

敵地に攻め込んだイングランド軍は、物量と兵士の補給において不利を抱えています。自軍に捕らえられている捕虜が叛逆したら、挟み撃ちにあう。それを懸念したヘンリー5世が、大量処刑を命じたのです。

貴族や騎士は、自身が持つ騎士道ゆえ、捕虜の処刑はためらいます。

しかし、百年戦争で活躍をし始めた長弓兵にそんな倫理はありません。捕虜を平気で殺せた。

彼らは戦斧や大槌で頭を叩き割られ、喉を切り裂かれました。

名誉ある貴族の残虐な死に、フランス軍は恐れ慄くばかり。とにかく性質が荒すぎて「倫理が通じない」という嫌悪と恐怖もあったでしょう。

ヘンリー5世のあと、百年戦争の主力武器は火器になります。

馬に跨り槍を振るう騎士の時代は終わりを告げ、時代の変革を先取りしたような決断でした。

英断か? 戦争犯罪か?

これは現在でも議論にのぼるテーマですね。

捕虜殺害がタブーである意識はシェイクスピアの時代だって存在します。英雄王に勝利をもたらした要素が、そんな騎士道に反する残虐行為であるとするのはよろしくない。

そこで、英雄的なスピーチや描写が生まれ、定着して行ったのでしょう。

シェイクスピアの影響から脱し、近年のフィクションで描かれるヘンリー5世は、冷酷で容赦がない性格となりつつあります。

幻想を壊されると不満を感じる読者もいるでしょうが、史実に近づけた結果、そうなっているのです。

 

シャカ・ズールー:儀礼を戦争に変えた

世界史上、これほど戦争における発想の転換の意義について知らしめた人物はいない――。

そう思えるのが、シャカ・ズールーです。

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南アフリカの小部族に生まれ、“虫ケラ”と呼ばれた少年は、部族同士の戦争における概念を根底から変えました。

それまでは儀礼的であり、観戦する女性すら周囲にいた。それが彼らの戦争でしたが、シャカは「インピ」と呼ばれる戦士たちに戦術を叩き込みました。

武器こそ、槍と盾という原始的なものながら、そこに組織の編成、陣形、行軍速度、信賞必罰……と、近代軍さながらの戦術を取り入れたのです。

結果、シャカの率いるインピは圧倒的な強さを誇りました。

周囲の部族も次々に併呑してゆき、その数は300を超えるとされています。

しかし偏執的な性格であるシャカは、部下に恐れられ疎んじられ、最終的に謀殺されました。遺骸がどこに埋められたのかすら、わかっていません。

それでも戦術を身につけたインピは圧倒的な強さを誇り、ズールー戦争の【イサンドルワナの戦い】という緒戦においては、近代装備をしたイギリス軍すら撃破しました。

戦いは、軍備の性能だけではなく、卓越した戦術で勝敗が左右されると証明された一戦です(最終的には物量戦に持ち込まれて戦争自体は敗北)。

英語圏では、そうしたインピの強さが鮮烈だったのでしょう。

『シヴィライゼーション』シリーズに登場するシャカ・ズールーは、理不尽なまでの強さを誇っています。

シャカ・ズールーが変えた戦争のルールは、人類の進化を辿る上でも大事です。

武器、技術、生産性において優位性がなくても、戦術を変える発想があれば勝利をもたらす。そう証明したのです。

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