序盤の二月に主人公のその後の人生を左右する初恋を扱うのは定番といえます。
しかし今年の場合、苦い結末となるのは確定しているわけです。
昨年のきりに続き、二年連続「愛する人と結ばれなくても、その人生を見守ること」を選ぶ今年のヒロイン。
さて、苦渋の決断はどう下されるのでしょうか。
お好きな項目に飛べる目次
今川に確認の必要などない!と強がる直平に対し左馬助は……
十年ぶりに井伊谷に期間した亀之丞は、元服の後には還俗した次郎を妻にすると宣言。
亀之丞は元服して肥後守直親になります。
井伊直親本人の凛々しさもむろんのこと、この希望の星の帰還と成長に喜ぶ井伊家の面々を見ていると、切なくなってきます。
今までは井伊直政の父で短命という認識しかなかった人も多いと思います。
しかし今年改めて、井伊直親には波乱万丈の人生があり、周囲の人々や領民から愛され、前途ある若者だったとわかるわけです。
その後の運命を思うと、四百年前の人物なのに気の毒だなあと思えてきてしまいます。
さて、懸案となった次郎(井伊直虎)の還俗です。
直親も次郎も、その周囲もすぐにでもそうしたいのはやまやまなのですが、そう簡単にはいきそうにありません。
まっすぐな気持ちを次郎にぶつけてくる直親、それに応じられず戸惑う次郎。
二人は直親の父・井伊直満の粗末な墓を参拝します。
このあまりに粗末な土饅頭を見ると、直満が謀反人であり死後十年を経ても今川の目を気にして改葬もできないという、哀しい現実がわかるわけです。
次郎はこの場面で、自分の出家は井伊家本領安堵と引き替えであるから、還俗はできないと打ち明けます。
謀反人の子である直親の帰参を認めてもらったうえに次郎の還俗を認めてもらうのは難しいと次郎は言います。
直親は何か策を考えると言うものの、井伊家の人は策を考えるのが苦手ですからね。
ここで強引でアバウトな井伊直平は「十年前だし忘れていたとごまかせるだろう!」と言い切るわけですが、今川の目付である新野左馬助は「そんなわけにはいかない」と渋ります。
結局、左馬之助は、今川家の様子を探るために駿府へ行くことに。
マウンティング女子会で”痛い女子”扱いされる瀬名
今川家は尾張攻めが絶好調で、兵数が足りないほどです。
そのため何かを頼もうとすると引き換えに兵役を課されると、今川家臣から聞かされる左馬之助。これはなかなか厳しそうです。
駿府には瀬名(築山殿)がいます。
女友達と和歌を優雅に詠んでいる瀬名ですが、和やかな集まりというわけでもないようです。
「私も縁談決まりましたの」
「まあまあそれはよろしいこと」
「瀬名様もそろそろ決まるんじゃないですか。再婚相手を探している人いるみたいですし」
優雅なようで、その実態は容赦ないマウンティング女子会でした。
今川氏真に強引なアプローチをした挙げ句袖にされた瀬名は、ちょっと痛い女子として見られているようです。
瀬名は「私は急いておりませんので」と捨て台詞を言い残し、その場を去ります。
目線の先には鷹に餌をやる氏真の姿。そしてもう一人、雀に餌をやる竹千代(のちの徳川家康)の姿が。
「鷹をいただけないからって、雀の世話するなんてあんたバカ? 雀なんて人にも懐かないし狩りもできないでしょ! いくら育てても鷹にならないのよ!」
理不尽にも竹千代に八つ当たりし、キレる瀬名。
どうやらストレスが溜まっているようです。
ちなみに史実での家康は、人質時代に雀ではなく百舌鳥を育てていたとか。
南渓和尚の例え話に対して次郎は何を思う?
話は井伊谷に戻ります。
次郎は村人の噂話から「還俗なんて意外とラクですよね」なんて話をふられて動揺しております。
寺に帰った次郎は、自分が井伊家の女(むすめ)でなければ還俗なんて簡単なのにと愚痴ります。
そこに南渓和尚が饅頭と酒瓶を持ってこう例え話を出します。
「昔、超の国の道威(どうい)という王に、中と伯という大臣がいた。ある争いから王はどちらか一人を追い出さねばならなくなった。二人は主君から饅頭を二つもらった。中は主君からもらった饅頭を一つ食べ、もう一つを飢えた子に与えた。伯は一つ食べ、饅頭を取っておいて黴びさせてしまった。王は伯を残すことにした。何故だろうか?」
この答えは保留となったまま、画面が切り替わり直親の姿が映し出されます。
弓術が得意、仕事熱心で領民思い、カリスマもある直親。
小野政次と弟の玄蕃は、そんな彼の噂話をしています。
玄蕃は素直に褒めますが、政次は「聖人君子ではあるまいし、苦労を重ねたわけだから、直親は人がいいだけではないだろう、小野一族に何か一物あるのでは?」と推測します。
そこに直親本人が訪問して来ます。
直親は、政次が父の悪評のあおりを受け未婚であることを気にしており、互いに親のことで苦労するものだと慰めます。さらに直親は、これからもよろしく頼むと爽やかな笑顔で声をかけます。
父に似て若干屈折してきた、そうならざるをえない政次に対し、直親はまっすぐな人柄のように見えます。
「ここはもう、死ぬしかないと思うんだ。死んで一緒になるしかない」
直親は、帰ってきた左馬助と現当主の直盛から、何かを今川に頼むと軍役を課される、直親帰参はともかく次郎還俗を頼むことは難しいという話を聞かされます。
直親は納得し、二度と次郎還俗は持ち出さないと言うのですが、果たして本心はいかに。
千賀も、還俗ができないだろうと次郎を説得し、謝ります。
次郎は自分の暴走が出家につながったとわかっていますし、納得するほかありません。千賀は愛娘の犠牲に心を痛めますが、南渓は、あれはあれで僧としての暮らしを楽しんでいるようだと慰めます。
本当に直親はあきらめたのでしょうか。
直親は直平に相談を持ちかけます。直盛には言えなかったそうですが、果たして何でしょうか。
次郎は「直親は何かしら策を考えると言ったけど結局なかったのか……」と井戸の前で立ちすくんでいます。そこへ直親がやって来てこう言います。
「ここはもう、死ぬしかないと思うんだ。死んで一緒になるしかない」
まさかの心中宣言かと思っていたら、
「死を偽装して別人として結婚すればいい」
と斜め上の提案をします。
偽装死のあと、直平の協力で川名の里にほとぼりが冷めるまで隠れることにするとまで決めている直親。
実は直平や直満に似て、なかなか無謀なことをしたがる性格です。
直親は「仕方あるまいとあきらめて生きていくのか?」と次郎を焚きつけ、恋愛街道を駆け抜ける宣言をします。
押しの一手に次郎も同意し、遺書を用意するところまで話は進みます。
実はヒロインより相手の方がロマンチックで無謀でした。
「おとわは死ねない」自分が「カビた饅頭」になることこそ安泰の証
このやりとりを傑山は全て見ており、南渓に報告します。
南渓は困ったとは思うものの、無理矢理引き離しても仕方ないから様子を見ることにするようです。
次郎は入水したと見せかけようと考えるものの、なかなか決心できません。里の人と別れること、両親と別れること、皆を欺くことに心が乱れます。
千賀はどこかおかしい娘の様子が気になりだし、なんとか次郎と直親をめあわせたいと直盛に訴えます。
直親は救っても次郎は捨て石にするなんてあんまりにも酷な仕打ちだと訴える千賀。
しかし直盛の言葉通り、周囲は直親に一日も早く結婚し世継ぎを作って欲しいのでした。
次郎は南渓の、饅頭の謎かけを思い出して何故なのか理由を探ります。
そして自分は井伊家の跡を継ぐ名「次郎」をもらったこと、井伊家を継ぐと思っていた幼少時代を思い出すのでした。
翌朝、朝日が差し込む中、次郎と直親は井戸の前で再会します。
次郎は「おとわは死ねない」と決意を語ります。直親と自分はそれぞれひとつの饅頭、ふたつ同時に食べたら全部なくなってしまうが、とっておけばスペアになると説明する次郎。
直親に何かあった場合、次郎すらいない状況では井伊家にとって危険性が増すのだと語る次郎。
ここで情に流されて選択をあやまってはいけないと語る次郎と、「娘としての幸せを捨てて、あるかどうかわからない家の危機のために生きてそれでよいのか!」と迫る直親。
次郎の決意は変わりません。自分が「カビた饅頭」になることこそ、井伊家安泰の証だと語るのです。
別れを告げる次郎を、直虎は後ろから抱きしめます。
少女漫画的な動作ではあるのですが、なかなかこれは辛い状況です。置き去りにしてすまぬと謝る直親。二人の縁は、彼が井伊谷を逃れた時に尽きていたのでしょう。
直親は次郎に先に行って欲しい、己の心を葬らねばならないと告げます。去りゆく次郎と、一人残り恋心を弔う直親なのでした。
次郎本人は腹を決め、同じく結婚に踏み切る直親
千賀は直盛にも頼んで「そのうち還俗させるつもりだ、我慢させてすまない」と次郎に謝ります。
が、次郎本人はふっきれています。
次郎は、竜宮小僧として生きていく、このままがよいとすっきりした顔なのでした。
直盛は直親に気を遣い、数年の間は嫁を迎えるのを控えるよう告げますが、直親は「誰よりも井伊を思う竜宮小僧だから、待っても無駄です」と苦渋の決断。
かくして今川に頼むことは「直親の帰参のみ」と決まります。
直平は直親を結婚させておかなければ今川に正室を押しつけられるぞ、さっさと結婚させろと迫り、奥山朝利の女(むすめ)と直親の縁談が決まるのでした。
あっさりと一方的に縁談を決められた直親に、それでよいのか、腹は立たないのかと尋ねる政次。
その政次に、「お前もそろそろ結婚しろ、いくら待とうとおとわはそなたのものにはならんぞ」と釘を刺す直親。政次はそんなことを考えたことはないと言いつつも、若干動揺した顔を見せるのでした。
駿府では、瀬名が雀を飼い慣らした竹千代に驚いています。
「嘘でしょ」と動揺する瀬名ですが、阿部サダヲさんがファンタジック過ぎて、ここは私もそう言いたい気分でした。
直親は妻を娶ります。
直親は止まっていた井伊谷の時間を動かし、運命をめまぐるしく変えてゆくことになります。
MVP:井伊直親
熱血爽やか完全無欠のイケメンプリンスとしての顔と、それ以外にチラチラと見え隠れする強引さのギャップが萌えるどころか恐ろしい存在です。
愛する自分と結ばれるためならば、相手に社会的な死というおそろしい境遇を選ばせかねない強引さ。
直親の提案を受け入れていたら、次郎は両親とも引き離され、ひっそりと隠れ住む道しかなかったわけです。
そんな不自然な夫婦生活が周囲から認められるとも思えませんから、直親は別の女性も妻とせねばならなくなるでしょう。
次郎は、今の境遇ならば井伊家当主の娘として保護されているわけです。
しかし、直親の策を用いたら彼女は頼れるものは直親の愛だけという、極めて不安定な立場に置かれるわけです。
還俗すらままならないのに、そんな状況から社会復帰できるとも思えないわけです。
心から愛した女に、一方的なリスクを押しつけて、相手が悩み苦しんでいることにもはじめは気づかず、自分を愛しているならできるはずだと迫る直親。これはなかなか怖い男ですよ。
さらに彼は、笑顔でさらりと幼なじみの政次にも「おとわを狙っているだろう」とマウンティングしています。
直平や直満の暴走気質に、お菓子を食べたり作ったりしている系大河ヒロインよりも甘いロマンチックラブイデオロギーをかけあわせ、さらにひとさじ腹黒さをくわえたプリンス、井伊直親。
こんな火薬庫のようなキャラクターをしれっと出してくるあたり、本作の底しれぬおそろしさを感じるのでした。
総評
男女の哀しいすれ違いという見方もできるかとは思いますが、何故かカラッとしていて清々しいのは、ヒロインが自我をはっきりと持ち、それを通した結果だからではないかと思います。
苦い結果とはいえ、ヒロインが自ら選びとったものであり、誰かの妻や母となる以外の道もあると示したわけで、これはこれで新しいあり方を示したと言えるのではないでしょうか。
以前、昨年の主人公・信繁は「魔法の鏡」のようなもので、その時々影響を受ける人によって行動や考え方でも変わると書きました。
今年はその真逆で、たとえ最愛の人であってもヒロインの信念を変えることはできないのでしょう。
生涯独身ヒロインとして、身を捨ててでも守る道を貫く「竜宮小僧」として、ぶれない彼女の生き方が今後も見られるはずです。
あわせて読みたい関連記事
井伊直虎が今川や武田などの強国に翻弄され“おんな城主”として生きた生涯46年
続きを見る
井伊直親(徳川四天王・直政の父)が今川家に狙われ 歩んだ流浪の道
続きを見る
武田の赤備えを継いだ井伊直政(虎松)徳川四天王の生涯42年とは?
続きを見る
直虎のライバル 小野政次が奪い取った天下 わずか34日間で終了したのはなぜか
続きを見る
徳川家康はなぜ天下人になれたのか?人質時代から荒波に揉まれた生涯75年
続きを見る
井伊直孝~家康に見込まれ赤鬼直政の跡を継いだ~3代目は大坂夏の陣で名誉挽回
続きを見る
著:武者震之助
絵:霜月けい
【TOP画像】
『おんな城主 直虎 完全版 第壱集 [Blu-ray]』(→amazon)
【参考】
おんな城主直虎感想あらすじ
NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』公式サイト(→link)