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井伊の井戸で直虎と政次が真正面から
その夜、「敵を欺くにはまず味方から」という言葉を『孫子』から見つけた直虎はあることに気づいてしまいます。
慌てて寝ている南渓とその猫を叩き起こし、「私は政次に欺かれていたのですか!」と叫ぶ直虎。朝まで待てないんですかい!
やっと直虎は政次の真意に気づき、南渓にやっぱりそうなのだろうかと聞きだそうとします。南渓は「そうかもしれんけど、政次本人に聞いてみないとなあ」と答えるにとどめます。遅いぞ、遅いんだぞ、直虎! そして、それに気づいてもなお「政次は家中から毛虫のように嫌われて」とは酷いぞ、直虎!
南渓はもうひとつ重要なことを言います。
そのことがわかったからと仲良しごっこをしたらば、政次の思いを無にするぞ、と釘を刺します。直虎は政次は思い違いをしている、それを伝えねばならないと言うのでした。
政次は井伊の井戸の横で、直親に向かって「今後、井伊はますます危険な立場に立たされる、夢枕に立って下がれと言ってくれないか」と、ぼやいています。あの政次が、よりによって井伊直親に頼っているとは。
そこへ直虎がやって来て、去りゆく彼の袖を掴み、二人で話そうと持ちかけます。
「今更、嫁にもろうて欲しいなどと言うてきても願い下げですが……戯れ言です」
そうさらりと言う政次。
直虎はむっとしますが、本題を切りだします。
「そなたは敵も味方も欺いて守ろうとしているのだな」
そなたなら井伊を守る策はあるはずだ、と話を続ける直虎。
「そなたは井伊を手に入れることを考えてきたわけだ。ならば守らねばならぬ。そなたのことだ、つけいる隙もないまことにいやらしく策を考えているのだろう」
直虎は政次から策を聞き出そうとします。それにしても直虎はブレないというか、結構酷い言葉を使いますね。南渓から「なれ合いしたら駄目だ」と釘を刺されているとはいえ。
それからこう政次に念押しします。
「我は己で選んだ。直親のうつしみとなることを。我は己で決めたのじゃ。我が女であるから守らねばならぬとか、辛い思いをさせてはならぬとか考えているのならばお門違い、無用の情けじゃ。我をうまく使え。我もそなたをうまく使う」
どこかほっとした様子の政次は、戦わないで済む策を考える、と答えを告げます。
大国に挟まれた小さな井伊が生き残るには、臆病者だ、卑怯者だ、と言われても戦わないで済むようにすると答えます。さらに武田と今川の同盟は崩れてきている、いずれ武田は今川に牙を剥く、と指摘。今後は武田と松平に注意を払うべきと助言する政次でした。
試行錯誤しながら『孫子の兵法』を学ぶのがイイ
直虎に対して南渓は、武田、松平、今川につながりがある松下常慶と接触すべきと言います。
続けて南渓は松平への遺恨はないのか(第11回)と尋ねますが、
「私には恨みを後生大事に抱える贅沢などゆるされますまい」
そうきっぱりと直虎は答えます。
完全に覚悟ができあがっていますね。いずれ瀬名にも文を書く、と直虎。
「百戦百勝は善の善なるものに非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」
直虎は直之にこれを目標にすると言うと、直之は笑います。
戦うことに全力を賭けているかのように見える彼ですが、実はそうではなく、直虎を支えることに全力を注いでいるのでした。武士ならば戦をしなければ名誉とならないだろうに、それよりも彼は直虎の決断を尊び、殿がしくじった場合の備えをすると笑い飛ばすのでした。
戦うことを学んだからこそ、敢えて戦わない
今週の『孫子』の使い方はよいと思います。
【ダメなドラマでの『孫子』の使い方例】
A:そなたは賢いのう
B(主人公):「孫子曰く“兵者詭道也(兵は詭道なり)”と申します(ドヤ顔、仰々しいBGM)」
A:流石はBじゃ!
と、上記のような流れではなくて、きちんと直虎が学んで、試行錯誤しながらどこを抽出すべきか、何が一番現在の井伊にふさわしいか熟考して引用している点がよいと思うわけです。
同じ『孫子』でも、大国の大名・武田信玄は戦う時の戦法ともいえる「風林火山」を選びました。
それに対して小国の城主直虎はそもそも戦うべきではないという語句を選んだのです。
信玄の影が見えた今週に、直虎が『孫子』を学ぶ設定なのは偶然ではないと思います。
また、直虎が戦わないこと選んだ理由が、ありがちな優等生ヒロインテンプレ「戦はいやでございまする!」という動機ではなく、兵法書を読んだ結果であることもポイント。戦うことを学んだからこそ、敢えて戦わない。結論は同じでもそこへのプロセスが全く違うわけです。
駿府では息を吹き返した寿桂尼が、武田信玄に向けて義信を釈放するべきだと文を書いています。
彼女は危機に際して死の淵から甦りました。瀕死の老女が死亡フラグをヘシ折って甦るというのは、昨年のとりに続いて二年連続です。昨年と違って今年は悲壮感が漂っていますが……。
この年の秋、ついに井伊では綿の収穫が行われました。歌いながら綿花を摘み、糸を紡ぐ様子がよいです。こういうほんの数秒の場面でも手を抜かずに時代考証をしていると感じさせるのが好きです。
その頃、どこかの山では賊の集団がうごめいています。その頭は直虎と顔をあわせていた、旅の男なのでした。
MVP:直虎VS政次
政次一人にしたい、とも思いましたがこの良さは二人がぶつかってこそ出たと思います。
理由は総評で。
総評
今週の中心は、人知れず直虎を守ろうとしていた政次の意図が、一番知られたくないであろう直虎に知られてしまうという回でした。
正直言って予想外です。政次退場後か寸前に判明し、直虎が「お前だったのか……」と愕然とする、スネイプ先生かごんぎつねパターンかと思っていたのです。
それはちょっと甘いんじゃないの、政次が苦しんだまま退場してこそ美学じゃないの、と思っていたら二段構えで本作は殴ってきたから半端ない。恐ろしいコンボをくらいました。
本作は政次が退場しながら「でも俺はおとわを守りきった……」と自己陶酔することすら許さないスパルタっぷりです。
本作を「恋愛大河」と呼ぶのはとんだ勘違いだと再三にわたり主張してきましたが、むしろ従来の恋愛パターンを拳でブン殴るのが本作だと思います。
いや、だって、幼なじみが人知れず守ってきた、とヒロインが知ったらそこは感動するのがお約束じゃないですか。オスカルだってアンドレの気持ちに気づいたら結ばれていたわけじゃないですか。
それがこの直虎の冷たさはなんなのだ!
どの道を選んでも結局政次は針のむしろなのか。厳しい。甘さが全然ない。ハバネロスナックと濃すぎるコーヒーを出されたようだ。せめてスプーン一杯の砂糖をくれ、と懇願したくなる気分です。
ただし、これが直虎のブレなさです。
直虎は最愛の直親に秘密結婚をしようと迫られた時、悩みに悩みぬいて断りました(第6回)。いくらそれが愛ゆえの行動だろうと、自分を束縛して制限するような相手の行動は絶対に断るのが直虎です。
今回、政次の思いも、守るつもりであろうと自分の行動を制限するものだから、きっぱりと「お門違い、無用の情けじゃ」と断るわけです。私を大事に思うなら、お前の背中に隠して守るより、私の背中を押せ、というわけです。
直虎は亀と鶴という大事な二人に、こう言い切ったのです。
「お前が愛と呼ぶその気持ち、それはエゴってもんだろう」
相手のためだ、愛しているからと言ったところで、相手の意志を無視したのであればそんなものはエゴに過ぎない。自己満足のためだろう、と容赦なく突きつける直虎。
「お前は俺が守る!」と言って壁ドンするような、そんな甘ったるいパターンだって、結局は相手がそれに胸キュンするというお約束がなければ成立しません。私は守ってもらわなくてもいいと考える直虎のような相手ならば、むしろつっぱねられるわけです。
「お前は俺が守る、って言えば女が胸キュンするとか、そういうお前たちのお約束なんか知ったこっちゃないからな」
そうクリティカルに突きつける直虎は、恋愛大河どころか男の騎士道ロマンや女のプリンセス願望を粉々にぶっ壊してきます。
同時に政次は、そんな型破りなヒロインに、己の甘いロマンス願望を破壊されてもなお嬉しそうなのです。それはきっと、政次はいきいきとありのままにブチ壊す直虎が好きで仕方ないからでしょう。
こういう状況を演じきった直虎の柴咲コウさんも、政次の高橋一生さんも、MVPにふさわしい演技です。
守る男と守られる女という構造を壊しているのは、氏真と寿桂尼での関係でも示されています。
信玄は己の死を三年隠せと言い残しましたが、寿桂尼はゾンビになってでも三年無理矢理寿命を延ばしたかのようでした。それは全て、氏真と今川を守るため。
以前、「本作は新しい、むしろ五年は先を突っ走っているかもしれない」と書きました。今週改めてその思いを強くしました。
地味なようで意外性の宝庫なのが本作です。
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【参考】
おんな城主直虎感想あらすじ
NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』公式サイト(→link)