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メアリー女王(Wikipediaより)




イギリス その日、歴史が動いた

日本では戦国時代…その頃イギリスの女王メアリースチュアートの面倒な人生

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「女性は怖い」とよく言われますよね。多分「嘘がうまい」とかその辺について、特に男性にとっては豹変振りに驚いてしまうことも多いからでしょう。
これは完全に私見ですが、多分大昔、男性が狩をしに家を空け、女性が残って子育てをしていた頃の名残なのでしょうね。女性ばかりで固まっていれば当然同調しなくてはやっていけないわけで、そのためにはスケープゴートやおべっかが必要になってくるのでしょう。
これが一国の君主、つまり女王同士であればいわずもがな……。

1542年(日本では戦国時代・天文十一年)12月9日は、スコットランド女王メアリー1世が誕生した日です。ほぼ同時代に”イングランド女王”のメアリー1世がいますので、メアリー・スチュアートといったほうがわかりやすいでしょうか。
祖母がエリザベス女王のトーチャン・ヘンリー8世のお姉さん、お母さんはフランスの大貴族、もちろん父親はスコットランド王ですから、まあヨーロッパにはよくある話ですが各国王侯貴族のハイブリッドですね。
その代わり面倒ごとの起こし方もハンパなかったですが。

メアリー女王(Wikipediaより)

メアリー女王(Wikipediaより)

うまれながらにしてスコットランド女王VSイングランド女王エリザベス

父王・ジェームズ5世が彼女の誕生直後に亡くなったため、メアリーは生まれながらにしてスコットランド女王として生きていくことになってしまいました。
が、物心つく前から周囲のさまざまな思惑によって波乱万丈の生涯を送ることになります。
当時はまだヘンリー8世が存命中で、その息子エドワード6世と婚約するはずだったのですが、カーチャンが阻止したため実現しませんでした。
その代わり、カーチャンの実家同然のフランス王家と縁を結ぶことになります。お相手はフランス王太子フランソワ、後のフランソワ2世でした。

そのため一度はフランスに渡りフランス式の教育を受けたのですが、肝心の旦那さんが夭折してしまったため、早々にスコットランドへ帰国します。二人とも十代半ば、しかも新婚二年目でしたので子供もおらず、メアリーにはフランスに留まる理由がなかったのです。

もしエドワード6世と結婚していたら、この時点で問題がほとんど解決していたかもしれません。何でかというと、メアリーの人生のほとんどはヘンリー8世の後を継いだエリザベス1世との確執によるドタバタだからです。
女王様同士の対決って書くと字面が何だかアレですね。わからない方はどうぞそのまま純粋でいてください。わかってしまった方も人前で口に出すのはやめましょうね。

エリザベス女王(1世)Wikipediaより

まあ汚れた大人の思考回路はさておき、上記の通りメアリーにはイングランド王家の血も入っていますから、一応「私が正当なイングランドの王なのよ!!」と主張する根拠はあるわけです。
しかもエリザベス1世のお母さんはヘンリー8世に身勝手な離婚(&処刑)をされていたため、一時期「エリザベスは庶子」とされていました。庶子には王位や財産の継承をさせないのが当時のセオリーでしたから、この考えでいえばエリザベス1世は正当なイングランド王ではないわけです。ぶっちゃけ屁理屈です。

メアリーはこの屁理屈を根拠として「私が正当な(ry」と言い出したわけですが、意外に賛同する人もたくさんいました。
今でこそ「エリザベス1世=イギリスを代表する絶対的君主」ですが、当時はまだ王になったばかりで不安定な状態でしたから、いつひっくり返るかもわからなかったのです。
これまたヘンリー8世が離婚をしたいがためにカトリックと大ゲンカしてしまったのが尾を引いていました。あれ、だいたいトーチャンのせいじゃね?

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カトリックVSイギリス国教会の代理戦争

そしてメアリーは熱心なカトリック信者でしたから、当然ローマ教皇はエリザベス1世よりもずっと気に入ります。となると「教会はメアリーこそ正当なイングランド女王であると認めます^^」といったことになり、さらに他の国も同調し、メアリーは自信満々になるという悪循環が起きました。
そのためエリザベス1世が(#^ω^)になるようなことを度々やります。二人の共通の親戚・ダンリー卿ヘンリー・スチュアートとの再婚もその一つ。彼もまたイングランドの王位継承権を持っていたからです。
後々ヘンリーがとてつもなく傲慢な人だとわかると、メアリーが冷めていったためあまり良い結婚ではありませんでしたが。一応後のジェームズ6世となる男の子が生まれたものの、両者の関係が改善することもなく、メアリーは愛人を作ったりまた別の男性に惹かれたりと、トラブルの種を蒔き続けます。

ヘンリーにはメアリーだけでなく他の貴族たちも反感を持っており、彼は現在のエディンバラ大学で殺害されてしまいました。これを機にボスウェル伯ジェームズ・ヘップバーンがメアリーに結婚を申し込み、二人めの夫が殺されてたった数ヶ月で、彼女は三人めの夫を迎えることになります。
このため「メアリーとジェームズが共謀してヘンリーを殺したに違いない」と考える貴族たちもおり、反乱を起こされてしまいました。これに対しメアリーも兵を挙げましたが、反乱軍に敗れてなんとイングランドに亡命します。
よく上記のようなイザコザを起こした相手の下に逃げ込んだものです。頭が柔らかいってことですかね。
ちなみに子供は置き去りにされました。可哀相に(´・ω・`)

亡命先のイングランドで処刑

しかも、命を助けられたからといって大人しくしていたわけではありません。
エリザベス1世の廃位を目論む物騒な陰謀に度々加担したため、家主はともかくイングランド貴族達が先にプッツンしてしまいました。物的証拠を集めた彼らは、正式に裁判をしてメアリーに死罪の判決を下します。
さすがに従姉妹でもあるエリザベス1世は死刑執行命令を躊躇ったそうですが、証拠があっては庇い続けることもできず、メアリーは処刑されました。
置き去りにされた男の子が後々スコットランド王になったため、スコットランドが直ちに滅亡するということがなかったのは不幸中の幸いでした。ついでにいえばその頃エリザベス1世が独身のまま危篤になっていたため、彼がイングランド王も兼ねることになります。
「カーチャンが一番欲しかったものが偶然息子の懐に転がり込んできた」と見ると、なんとも皮肉なオチですね。イギリス名物・ブラックジョークとしてはなかなかのものかもしれません。

長月 七紀・記

参考:http://ja.wikipedia.org/wiki/メアリー女王




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