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その日、歴史が動いた アメリカ

悪名高き『アメリカの禁酒法』 なぜこんな法律が施行されたかご存知ですか?

更新日:

 

体に悪いとわかっていても、なかなか断ちがたいのが嗜好品というもの。
いくら体に良い食材や飲み物でも、それだけで生きていくことはできませんし、食べ過ぎ飲みすぎは毒にしかなりません。
何事も程ほどに……というのは「ついついやってしまう」側だけの話かと思いきや、それを止める側が行き過ぎることもごく稀にあります。今回はそんなお話です。

1920年(大正九年)の1月16日は、アメリカで禁酒法が施行された日です。
天下の悪法として有名ですが、そもそもなんでこんな法律を作ったのでしょうか。

飲みたい朝も昼も夜もあるじゃない/Wikipediaより引用

飲みたい朝も昼も夜もあるじゃない/photo by yoppy @flicker

 

酒は悪魔がもたらした最低な飲み物! 

元々アメリカ合衆国とは、ピューリタンが作ったといっても過言ではありません。その辺のお話は以前こちらの記事(関連記事:ここにアメリカの歴史始まりメイフラワー号の艱難辛苦終わる!?【その日、歴史が動いた】)でもお話してますので、よろしければ合わせてどうぞ。

ピューリタンとは、ものすごく大雑把に言うと、プロテスタントの中でもとても潔癖な人々です。さらに後の時代になって、メソジストと呼ばれ、より潔癖というか几帳面というか、心底マジメな人々が現れます。
どちらも大元は英国国教会なので、カテゴリの大きい順にまとめるとこんな感じ↓ですかね。

キリスト教→カトリック→プロテスタント→英国国教会→ピューリタン・メソジスト

テキストだけでまとめようとすると無理がありますね(´・ω・`)

まあそれはともかく、メソジストは「規則正しい」ことをとても重要視するため、お酒に酔った状態の人が見苦しすぎると考えていました。そしてその中には「酒は悪魔がもたらした最低な飲み物! この世に存在するべきではない!!」と考える人がいたのです。
今もいるかもしれませんが、当時どのくらいの人数がいて、どの程度世の中に影響力があるのかまではスイマセン調べ切れませんでした。

 

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まさかり担いで夜のバーで酒瓶壊しまくる(尾崎豊かいな) 

ともかく20世紀の前半にはこういう人々が無視できないほどの勢力を持っており、ついに法的に動いたというわけです。

最も強烈なエピソードを持っているのはキャリー・ネイションという女性で、まさかり(斧)を持ってバーに押し入り、酒瓶を粉砕したことがあったとか。

キャリー・ネイションさん、怖すぎです/Wikipediaより引用

まさかり担いだ頑固爺さん・・・ではなく、キャリー・ネイションさんです。女性です/Wikipediaより引用

……あれ、赤ワインってキリストが「これは私の血」って言ってませんでしたっけ?

まあキャリーはキャリーで、旦那さんが重度のアル中だったので酒を毛嫌いするのもわからなくはありませんが。にしてもまさかりってアンタ金太郎かよ。

当然、これは大多数の酒好きな人々にとっては大迷惑な法律でした。
それだけでなく、お酒を出す飲食店にとっても死活問題です。お酒を飲むと食が進みますし、おつまみやら口直しと思いながらしょっぱいものと甘いものを交互に食べて、お会計がどんどんかさんでいったりしますから……ワタクシだけですかそうですか。
何にせよ、ただの酒好きだけではなくお酒の関係する業種全てで売り上げが落ちることは確実ですよね。

 

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製造・販売は禁止 されど手元にある分はOK 

かくして導入された禁酒法は、その内容からしてなかなか徹底されませんでした。というのも【製造・販売・輸送はNG】、ただし【既に手元にあるお酒を飲むのはおk】というザルにも程があるものだったのです。なぜ誰も予測しなかった。
これは施行前に知られており、1月16日間際にはあらゆる酒を買い込む人々がたくさんいたそうです。

飲まない方や苦手な方からするとバカバカしいと思われるかもしれませんが、嗜好品ですからねえ。たまに無性に「今日はアレが飲みたい!」ってなるものなんですよ(´・ω・`)
「どうしても甘いものがほしい!」とか「今日はトンカツ食べたい!!」っていうのとほとんど感覚的には同じ……だと思います。個人的な印象ですが。

まあそれはさておき、結局この法律はその後いくつかの緩和を経てから、13年後の1933年に廃止されました。
酒の密造や密輸入が絶えず、むしろ治安が悪化するわ、テキトーに作られた酒を飲んで健康を害する人が増えるわ、と散々な状態になってしまったからです。中には酒を違法に取り扱うギャングと警察で銃撃戦が起き、市民を含めて数百人~数千人も死者が出たなんて話もあります。同時代のマフィアを描いた映画『アンタッチャブル』でも、物騒なシーンが続いておりました(あくまで演出だったようですが…)。

こうなると、アル中の方が迷惑かける人数が少ない分まだマシじゃないでしょうか。直接の原因を取り除いてうまくいくのはアレルギーだけってことですかね。


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酒好きには喜ばしい副産物も生まれた

しかし、この流れの中で唯一良かった……かもしれないこともありました。

現在シャレオツな飲み物として何千種類も存在するといわれている、カクテルの原型がこのとき生まれたという説があるのです(他にもカクテルの起源はいろいろな説があります)。
というのも、密造酒の多くはアルコール度数を上げることに気をとられ、味がサイテーだったからです。それを何とかして飲もうとジュースなどを混ぜて飲めるようにしたのがカクテルの始まり、という話ですね。

禁酒法以前に考えられたカクテルもあるので、全てがそうというわけではないのですが、何種類かのカクテルはそんな経緯で生まれたといわれています。
稀に「カクテルなんてまずい酒の味をごまかしてるんだろwww」なんて言う人がいますが、現在はきちんと製造されたお酒で作っているのでそんなことはありません。銘柄によって味の良し悪しというか合う合わないはありますけども。

時代は違いますが、老若男女問わずおおっぴらに酒合戦(関連記事:かたや薩摩ではチェストー!の時代に、江戸では酒の飲み比べ大会【その日、歴史が動いた】)がおkだった日本はのんきですねえ。

呑み助の一人としては、心の底からこの時代のアメリカに生まれなくて良かったと思います。

お酒を飲むほうも止めるほうもほどほどに。

 

長月 七紀・記

TOP画像 yoppy @flicker

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参考:アメリカ合衆国における禁酒法/Wikipedia キャリー・ネイション/Wikipedia

 

 





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