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イギリス その日、歴史が動いた

Mad Dr.ジョン・ハンター 遺体入手のため他人を付け回す執念は外道か天才か

更新日:

 

人生何が起きるかわからない――。なんて今更言うまでもない話ですけども、時と場合によっては手段を選ばないというか常識を捨てた行動に出なくてはいけないこともあります。

歴史の場合はそもそも「常識」の変遷が何度もあるので、今の感覚では非常識・犯罪でも、当時は合法だったとか問題なかったとかいうケースはたくさんあります。極端な例で言えば、現代でミイラを作るのは当人の希望でも(多分)犯罪ですが、昔は即身仏といって生きたままミイラ化するという仏教の修行がありましたし。

カギは「やむにやまれぬ事情があるか」「当事者が納得しているか」といったところのような気がしますが、これが学問の世界になると「研究のため」という一言だけで済んでいたケースが多々あるのが恐ろしいところです。

1728年(日本では江戸時代の享保十三年)2月13日に誕生した、ジョン・ハンターという医師は多分そうした中のわかりやすい一例ではないでしょうか。

ジョン・ハンターさん/wikipediaより引用

ジョン・ハンターさん。一見、普通の肖像画ですが・・・詳細はのちほど/wikipediaより引用

 

では、一体どこで遺体を手に入れたのか? 

ジョン・ハンターは、もともとスコットランドの農民で、先にロンドンでお医者さんをやっていたお兄さんの元で医学を学び、助手として働いていました。元からそこそこ知力やお金のある家だったんでしょうね。でないとロンドンに出てこられないですし。

お兄さんのウィリアムは今で言う医大の講座のようなものを開いており、解剖をすることも多々ありました。
しかし、現在のように献体などの合法な制度がなかった時代です。解剖用の遺体が手に入ることはそうそうありませんでした。

では、一体どこで遺体を手に入れたのか? 不思議になりますよね。

まあ大方のご想像通り墓場だったらしいですが、詳細な描写は伏せておきます。キリスト教って復活のために体を大事にするんじゃなかったんかい、とかいろいろツッコミたいですけども。

 

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巨人症の男性を付け回す 目的は医学のためなれど・・・ 

他にも、ジョンは目的のためには手段を選ばない人だったらしきことが記録されています。

チャールズ・バーンという巨人症という異様に体が大きくなってしまう病気の人物がロンドンにいることがわかると、人を雇ってまで執拗に付け回したというのです。
諸々の健康トラブルを起こしやすく、寿命が短かいことをジョンは知っていたので、珍しい人体標本を作るためチャールズを追い回したのでした。

ジョンの肖像画の後ろに描かれている大きな足の骨格がチャールズのものだといわれており、それを知ってからこの絵を見ると空恐ろしささえ感じてきますね。

ちなみに今もロンドンのハンテリアン博物館というところにあるそうです。が、他にも人間を含めたあらゆる標本がありまして、苦手な方にはかなりドギツイかと思うので画像やリンクは差し控えさせていただきます。
ご興味と度胸のある向きはググる先生にお尋ねください。

背景をご覧いただければ・・・/wikipediaより引用

肖像画の右上をご覧いただければ・・・/wikipediaより引用

 

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世界初の人工授精に成功も、詳細は不明なり

そんな感じでここだけ見るとかなりのキ印ですが、普段の講義や手術中のジョンはとてもまともな人だったそうです。
それまで主流だった水銀による治療や、「悪いところは全部切っちまえ」的なやっつけ外科手術などを否定し、できるだけ自然治癒を助けるような形で投薬や治療を行うよう生徒にも指導していました。

先日ご紹介した吉益東(過去記事:病気の原因はすべて一種類の毒! 吉益東洞のトンデモ理論は西洋医学的だった!? 【その日、歴史が動いた】)とは対照的というか、東洋と西洋が入れ替わったかのような感じがしますね。時代的にも近いですし。もし会えていたら気が合ったかもしれませんね。

が、彼の考え方は当初異端とされていたので、功績についても詳細がよくわからないものがあるようです。

例えば、ジョンは世界で初めて人間の人工授精を成功させた人物なのですが、それに関する経緯や方法がよくわかりません。注射器を使ったということはわかるのですけども、そもそもこれ自体が彼の死後に公表されたものだったからか、はっきりした記録が見つかりませんでしたすみません。

日本だったら安産の神様か何かとして祀られていそうですね。自害しての死に際に「女性の産みの苦しみもこのように辛いに違いない。俺は安産の神になろう」といって本当にそうなった戦国武将もいますから。

ジョンの方針は後々弟子達によって広められ、医学の主流になっていきます。

しかしそれが国に認められたのは、彼が亡くなってから80年ほど経ってからでした。そのとき王族や政治家の墓所であるウェストミンスター寺院に改葬されているので、粗略な扱いではなかったようですが。

ある意味彼のおかげで今日の医学や不妊治療があるとも言えるわけですが、性格というかやったことが両極端すぎてどうにも素直に感謝していいのかどうか迷いますねえ。

 

長月 七紀・記

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参考:ジョン・ハンター (外科医)/wikipedia

 

 





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