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イギリス その日、歴史が動いた

王侯貴族に愛される英国陶器ウェッジウッド 250年の歴史はいかにして始まったのか

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日用品は実用性が第一ですけれども、一つや二つくらいは気に入ったデザインのものを使いたいですよね。
会社で使うマグカップや、飲み物を持ち歩くタンブラー、はたまたいつもお世話になるパスケースなどには、使う人の好みがうかがえることが多い気がします。
本日はそんな感じの「必需品ではないけれど、こだわると楽しい気分になれる」ものの中から、とある有名メーカーの成り立ちをお話しましょう。

1730年(日本では江戸時代・享保十五年)7月12日は、陶器メーカーウェッジウッドの創設者であるジョサイア・ウェッジウッドが誕生した日です。

日本でもファンの多いメーカーですし、特に人気のワイルドストロベリー柄を見れば「ああ!」と思い出す方もいらっしゃるのではないでしょうか。
本日は彼の生涯とともに、ウェッジウッド社の食器について見ていきましょう。

【TOP画像】ジョサイア・ウェッジウッド/Wikipediaより引用

 

天然痘で足が不自由になるも仕事への情熱を加速させ

ジョサイアは、代々陶器職人を営んできた家の末っ子として生まれました。両親の第13子だそうで、いやぁ、お母さん、タフですね。
9歳のとき父を亡くしましたが、年の離れた兄が家業を継いだため、兄に陶芸を教わりながら成長していきました。

11歳のとき天然痘という大きな不幸に襲われ、右足が不自由になってしまいます。しかしこれは、ジョサイアが持つ仕事への情熱を加速させることになりました。

「歩けないのなら頭を使えばいい」

と彼は陶器に関する調査と研究に邁進していきました。

10代半ばごろから作品を作らせてもらえるようになり、24歳の時には知人とともに事業を起こしています。
その後、28歳でウェッジウッド社を立ち上げます。

そこから七年後、35歳の時には王妃シャーロット(ジョージ3世の妃・ヴィクトリア女王の父方の祖母)から食器を絶賛され、「クイーンズウェア」の名乗りを許可されたときから、ウェッジウッド社の躍進が始まりました。

日本でいえば「皇室御用達」みたいな感じでしょうか。

 

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ロシアの女帝・エカチェリーナ2世からも注文が

さらに、リバプールの有能な商人トーマス・ベントレーが共同経営者になったことで、ウェッジウッド社は急速に事業を拡大していきます。
ロシアのエカチェリーナ2世からも、50人分の食器を注文されたことがありました。
「ケケレケクシネンスキー宮殿」という舌をかみそうな名前の宮殿で使うために、特別にオーダーしたのです。

もっとも、これは外交上の理由からでもあります。
少し前にロシアがトルコとの戦争に勝ったとき、ロシアの脅威を感じたプロイセン王フリードリヒ2世から、ベルリン製の食器セットが贈られたことがありました。
その精緻さや絵付けのセンス、戦勝祝いらしい数々の意匠を見たエカチェリーナ2世は「こういう外交の仕方もアリね」と考えます。

そして、「フリードリヒ2世が自分用に、プロイセン国内の風景を描いた食器を作らせている」ということを聞きつけました。

当時のロシアはまだまだ発展途上で、そこまでの技術はありません。しかし、そこで諦める女帝でもありません。

「ロシアでは作れないけど、最近イギリスにできたウェッジウッドという会社は腕がいいそうだから、そこに頼んでみましょう。私が情報通なことを外国に示すチャンスだわ!」

史上最強(?)の女帝・ロシアのエカチェリーナ2世/Wikipediaより引用

 

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ケケレケクシネンスキーはフィンランド語でカエルの沼

またしても王侯、しかも女性のお眼鏡に適ったウェッジウッド社は、俄然張り切って制作にとりかかります。同社が得意としていたクリーム色の陶器(クリーム・ウェア)に、イギリスの風景を描き、「ケケレケクシネンスキー」がフィンランド語で「カエルの沼」を意味することから、カエルの紋章をつけました。
そのため、この食器は「グリーン・フロッグ・サービス」と呼ばれています。「サービス」はこの場合食器セットのことです。

今はロシアの観光名所として有名なエルミタージュ美術館に保管されているので、同館の展覧会が行われる際に展示されることもあるようですね。日本にも何回か来ています。元は952点(!)もあったそうですが、さすがに全ては現存していません。
王侯用というのもあるでしょうが、ワイルドストロベリーとは一味違う、セピア調の絵が美しい食器たちです。

そんなこんなで着実に事業を拡大していったウェッジウッド社は、工場を移転し、さらに資金繰りを改善して成長を続けていきます。

イタリアの地名にあやかって「エトルリア」と名付けられた新しい工場からは、「ブラック・バサルト」や「ジャスパーウェア」など、現在に至るまで同社の主力製品となるものも多く生み出されました。

ブラック・バサルトはつや消しをした黒の陶器で、当時の流行だった古代ギリシアなどのモチーフが多く使われました。

ジャスパーウェアは、マットなパステルカラーとカメオのようなレリーフが特徴の食器です。中でも「ウェッジウッド・ブルー」と呼ばれる青色が高い評価を受けています。

この二つの技術を使って、ジョサイアは古代ローマの「ポートランドの壺」を再現することに成功しています。亡くなる5年前、59歳のときのことでした。
ジョサイアが生涯、経営者というよりも職人であったことを示すようなエピソードですね。

西暦25年頃に古代ローマで作られたカメオ・ガラスの作品・ポートランドの壺/Wikipediaより引用

 

ジョサイア2世は「ボーン・チャイナ」を制作

ジョサイアが亡くなった後、同名の息子(以下「ジョサイア2世」)が跡を継ぎ、父に負けない優れた食器を作っています。
「ボーン・チャイナ」と呼ばれる、中国の陶器を模した製品です。「チャイナ」はこの場合は陶磁器のことです。ついでにいうと、漆器のことは「ジャパン」といいます。何となくわかるようなわからないような……。
こんな名前だと「パクリ乙wwww」と思った方もいるかもしれませんが、実はこれ技術的に結構スゴイ話だったりします。

というのも、イギリスでは中国のような白い陶器に適した土が手に入らなかったのです。そのため、中国産の食器は非常に珍重されました。
「シノワズリ」と呼ばれる中国趣味の流行もあり、この時代は食器だけでなく建築などにも中国風の設計や趣向が多く凝らされています。

ただ、いつまでも輸入に頼っていては費用がかさむ一方。そこで、中国製と似た食器が手元で作れないものか……と考える職人たちが増えてきました。

そこで、ジョサイア2世が考えたのが「牛の骨を砕いた粉を入れて、焼いてみたらどうだろう?」というものでした。

これが見事的中し、美しい白の陶器を作ることに成功します。牛の骨を使っているから”ボーン”とつく名前なんですね。

ちなみに、ウェッジウッド社のボーン・チャイナにはカップ4つで乗用車を1台支えられるほどの強度を持つものがあるそうです。すげえ。

会社としてのスタートが王侯の庇護を受けたこと、品質はもちろんネーミングにも高級感を重視したこともあって、なかなか庶民向けの製品は伸びず、現在では経営がアレな感じになっていますが……。それでも、ジョサイア親子が生み出した食器の数々は、何かしらの形で残っていくでしょうね。

今はイギリスという国自体がそんな感じですけど……まあ頑張れ。

長月 七紀・記

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参考:ジョサイア・ウェッジウッド/Wikipedia ウェッジウッド/Wikipedia ウェッジウッド公式オンラインショップ

 





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