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幕末・維新 その日、歴史が動いた

水戸藩や薩摩藩が「ビスケット」に興味を持ったナルホド!な理由、ご存知ですか?

更新日:

今日よく知られているものが、かつては全く違う目的で使われていた……という話はよくありますよね。
用途そのものは変わっていなくても、意味合いが異なっていたりとか。
本日はその一例である、とある食べ物のお話。

2月28日は、「ビスケットの日」です。

語呂合わせではない、ということはすぐわかりますけれども、一体どんな由来があるのか?
安政元年(1854年)、柴田方庵という水戸藩出身の医師が、藩のお偉いさんの依頼でビスケットの製法を手紙で送った日とされています。
当時、方庵は長崎で蘭学と西洋医学について学んでいたので、西洋の食品に関することを調べてもらうにはうってつけ、と思われたのでしょう。

水戸城

 

戦争に備えて「日持ちする兵糧」が必要だった

ビスケットといえば、今日の日本では「ちょっと固めの焼き菓子」をイメージしますよね。
なぜ水戸藩は、そんなものに興味を持ったのか?
これには、当時の国際情勢が関係しています。

1854年と言えば、日米和親条約の年。つまりその前年は、黒船の来航によって、江戸幕府は西洋諸国と外交をするか、戦争をするかという岐路に立たされていたときでした。
そして、国内でも外国とお付き合いをすべきか・それともはねつけるべきか、と意見が割れたこともよく知られた話ですよね。
となると、どちらにせよ「誰かと戦をする可能性が高い、キナ臭い状況」だったわけです。

戦になれば、いろいろと必要なものがあります。
兵や武器を集めるのはもちろん「腹が減っては戦はできぬ」といいますよね。
水戸藩も同じように考え、「日持ちする兵糧」の情報を集め始めます。
そこで「西洋には、一年以上も日持ちがする食品があるらしい」という話から、方庵に調査を依頼したのでした。

もちろん、この時代でも兵糧に限らず、日本人の主食は米です。
しかし、中国や日本の戦争では「敵の炊煙(米を炊いたり調理をするときの煙)で◯◯を判断した」という話がよく出てきます。米は、腹持ちや栄養価に優れていても、調理に手間がかかり、敵に居所その他を知られてしまう・その他状況がバレる、というのはとても不都合なことでした。
そこで、ビスケットやパンの「事前に焼けて携帯しやすく、日持ちがする」という特性が注目されたのです。

 

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二度焼いた……だけでなく4回焼く製法もあったとか!

そもそもビスケットはフランス語の「ビスキュイ」(二度焼いた)が語源。二度焼いて水分が少なくなれば保存がしやすくなりますから、ヨーロッパ諸国でも長距離航海の食糧として採用されていました。
さらに保存性を高めるため、四回焼く製法もあったとか。四回も焼いたら、いったいどんな見た目と味になるんでしょうね。

これをどこからか聞いたのか、薩摩でも島津斉彬が「蒸餅」という「兵糧パン」の開発をさせていたそうです。
斉彬は倒幕の前に亡くなりましたが、薩摩藩は研究を続けたらしく、戊辰戦争のときに東京・風月堂へ「金は出すから、1~2年は保存できるように作ってほしい」と依頼し、乾パンの原型のようなものを5000人分作らせたとか。

島津斉彬像

兵糧としてのビスケットはやがて乾パン開発に枝分かれしていきましたが、今日の軍用食糧(レーション)でも、ビスケットを採用している国は多いようです。
水戸藩や薩摩藩の目のつけどころは良かったんですね。

余談ですが、アーミーナイフに缶切りや栓抜きがついているのは、「レーション開封に銃器や銃剣を使わせない」という目的があります。缶切りが開発されたのも、缶詰ができてかなり経ってからのことだったので、戦場では銃をぶっ放して(!)開けることも多かったとか。おいw
もしも、その時代の缶や瓶の中身がビスケットだったら悲惨ですね。食糧調達が難しい状況で、自ら&文字通り食べ物を粉砕してしまうわけですから。

現代でも、非常食として品質保持期限をかなり長くしたビスケットが売られていますね。
乾パンだけだと飽きてしまいますし、追いつめられたときほど食事はレクリエーションの比率が高くなるもの。少し遊び心や嗜好性の高いものも入れておくと、いざというときの癒しになるかもしれません。

長月 七紀・記




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参考:ビスケット/wikipedia 全国ビスケット協会 柴田方庵/wikipedia




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