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M7クラスの大地震は過去に何回発生したか? 日本の【地震歴史まとめ】 古墳~平安時代編

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私たちは地震の歴史を軽視してきた?

2011年3月11日は、言わずもがな東日本大震災の起きた日です。

警察庁によれば、この未曾有の大災害で15,884名もの尊い命が奪われ、現在も2,633名が行方不明のまま。

我々には、この悲劇を後世に伝えなければならない義務がありますが、では過去の日本人たちは何をやってきたの?というと、彼らがこうした作業を怠ってきたワケじゃありません。

東日本大震災震度分布450

東日本大震災の震度分布図/気象庁HPより引用

むしろ、それを軽視してきたのは我々の方かもしれません。

歴史書には数多の地震(他の災害も)記録が残されており、東日本大震災と同じ三陸沖での大地震や関東での大震災、南海トラフ巨大地震などもキッチリと記されているのです。

そこで今回は、次のようなテーマに着目してみました。

M7クラスの大地震は過去に何回発生したか?

『日本書紀』に初めて地震が記載されてから約1500年。

「そんな大袈裟な・・・」と一笑に付していた【歴史書の地震記録】も、東日本大震災を体験した今なら、とても無視できません。

平安時代や鎌倉時代には何回起きて、はたまた江戸時代にはどんな揺れが発生したのか?

本日から5日間にわたり、地震歴史の特別連載をお送りします。

 

Contents

第一章 古墳・飛鳥・奈良・平安(本記事)
第二章 鎌倉・室町・戦国(3/12掲載)
第三章 江戸(3/13掲載
第四章 明治・大正(3/14掲載)
第五章 昭和・平成(3/22掲載)

※過去の地震記録は、内閣府の地震調査研究推進本部の資料や『理科年表』(国立天文台編)を元に進めて参ります。

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第一章 古墳・飛鳥・奈良・平安

M7規模の大地震・・・20回(416-1191年)

最初の地震が416年に記録されてから、平安時代が終わるまで、約770年間で記録されたM7クラスの地震は20回です。

ここで大切なのは、あくまで「記録」された回数であり、「発生」した回数ではないということ。

記録設備が稚拙というほかなかった当時は、地方で起きたことを中央に届けるだけでも一苦労で、「記録されなかった大地震」も相当な数にのぼると思われます。

今後、2040年台までに60~70%もの高確率で発生すると予測されている【南海トラフ巨大地震】も、この時代に最初の記録が残されております。

それが【684年白凰地震】です。

規模はM8.25とされており、震源域は東海・東南海・南海域(いわゆる三連動地震)でした。

記録によると、山が崩れ、川が氾濫し、家や神社が倒れて、土佐(高知県)には津波も襲来。多くの船が沈没し、約12平方kmの田んぼが水没しております。

おそらく、高知県以外(和歌山県や大阪府、三重県、愛知県など)も襲われた可能性はあります。

興福寺仏頭

白凰時代を代表する興福寺仏頭(旧山田寺仏頭)/wikipediaより引用

 

この次に記録されているメガクェイクは、古代最大クラスの【869年貞観地震】 であります。

東日本大震災と同じ三陸沖で発生したものであり、地震規模はM8.3。

当時の東北政庁であった多賀城の周囲を津波が遅い、城郭や倉庫、櫓などがことごとく崩れてしまい、溺死者は1,000名を超えました。

津波堆積物から、東日本大震災と同規模だったとする研究もあります。

再現された多賀城の復元模型/宮城県多賀城跡調査研究所HPより引用

再現された多賀城の復元模型/宮城県多賀城跡調査研究所HPより引用

そして、変わった記録では、夜間に昼間のように明るい光が発生したとされています。

大地震のとき発光現象が起きるのは世界中でも確認されており、ナショナルジオグラフィックでも『予知に使えるのではないか?』という観点からその記事が掲載されておりますが、おそらくやそれに近い現象だったのでしょう。

科学の発達していない当時の人々には、神の怒りか、悪魔の咆哮にも見えたかもしれません。

 

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古代2度目の南海トラフ大地震が発生

地震災害で恐ろしいのは、それが単発で終わらなかったときでしょう。

大地震の後は、余震の規模も大きくなり、「プレートの動きが他の断層やプレートに影響を与えない」と考える方が難しい。

つまり、何かしらの誘発災害は、【起きる】のが自然だと思われます。

特に、古代最大クラスとされる869年の貞観地震には、その前後には度重なる災害が発生しております。

ざっと眺めてみると、850年は山形・秋田で、863年には新潟、868年が兵庫、869年奈良、869年熊本、878年南関東、880年島根などなど。

記録が【残っている】だけでもこれだけの多数にのぼります。

そして白凰地震から約200を経て、再び南海トラフ巨大地震が起きます。

それが【887年仁和地震】です。

 

後に詳しく触れますが、南海トラフ地震は100-200年ほどの周期で【必ず発生】しており、仁和地震のときも圧死者が多数発生。

特に、大阪での津波被害は酷く、京都でも官舎や家屋が倒壊しました。

 

864年には富士山の大規模噴火も起きている

さらに忘れてならないのは、【864年富士山の貞観大噴火】 でしょう。

この噴火は、800年や802年の延暦大噴火と比べても規模が大きく、当時、大きな湖だった『剗の海(せのうみ)』の半分を埋め立て、それによって精進湖や西湖は出来たと言います。

また富士の樹海も、このときの噴火によって流れ出た大量の溶岩が青木ヶ原を形成し、現在のように木々が生い茂る深い森になりました。

さほどに大きな噴火が、古代最大とされる869年貞観地震とほぼ同時期に起きているのです。

その関連性を完全に無視するほうが無理がある気がします。

なお、この時代は地震が頻発する【大変動期】と呼ばれており、現代も同様の時代に突入したとする懸念が囁かれております。

上記でも触れましたが、869年貞観地震と前後して850年から880年まで幾度も大地震が発生しております。

次は鎌倉・室町時代の【地震歴史】について見ていきたいと思います。→つづく

Contents

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第一章 古墳・飛鳥・奈良・平安(本記事)
第二章 鎌倉・室町・戦国(3/12掲載)
第三章 江戸(3/13掲載
第四章 明治・大正(3/14掲載)
第五章 昭和・平成(3/15掲載)
 





1位 直虎の後を継ぐ井伊直政とは?


2位 わろてんか主人公
吉本せい波乱の一生


3位 西郷隆盛49年の生涯!


4位 史実の真田幸村とは?


5位 最上義光 名将の証明


6位 ホントは熱い!徳川家康


7位 意外と優しい!? 織田信長さん


8位 毛利元就の中国制覇物語


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注目! 史実の井伊直虎とは?


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徳川家 徳川家康 結城秀康 徳川秀忠 松平信康 酒井忠次 榊原康政 本多正信 水野勝成
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毛利家 毛利元就 毛利隆元 吉川元春 小早川隆景 毛利秀元 陶晴賢
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