2020年1月現在、中国・武漢から発した「新型肺炎」で世間は大騒ぎです。
テレビや新聞、インターネットでは止むこと無くニュースが報じられ、重症化しやすいのか? 死亡率は高いのか? 世界的流行ではないか? などなど心配が尽きない状況になっています。
たしかに怖いですよね……なんというか、得も言われぬ恐怖……。
にしても、なぜそれ程まで恐ろしいのか?
それは「新型肺炎がまだ良く分からないから」なのです。
そこで私(馬渕まり・医師)がオススメしたい一冊が『人類と感染症の歴史―未知なる恐怖を超えて─(著:加藤茂孝/丸善出版)』(→amazon)。
本書は、人類が感染症にどう対処していったかを国立予防衛生研究所やアメリカの疾病対策センター(CDC)に勤務されていたウイルスの専門家が書いた本です。
読み物としても大変面白いのですが、今回の肺炎流行を受けて、特に読んで頂きたいのが以下の3章。
第1章「人は得体の知れないものに怯える」
第8章「インフルエンザ」─人類に最後まで残る厄介な感染症」
第10章「ネットワークで感染症に備える─今日りんごの木を植えよう」
書評というカタチにて紹介させていただきます。
SARSは経済停滞を起こすほどの脅威だったか?
まず第1章から。
ページをめくると2003年SARSの流行とパニックについて記されています。
SARSの原因、対策は数ヶ月間で確立されました。これは今までの感染症に比べ画期的な速さです。
しかし、その短い期間、世界は著しく混乱しました。
北京ではSARSの治療担当となった医師や看護師が恐怖の余り病院から逃げ出すほど。医療関係者ですらこの有様ですから、一般人は言わずもがな。疾病の規模から考えると、あまりに大きい「経済の停滞」が起こりました。
今回の肺炎に目を向けて見ましょう。
原因は何でしょうか?
実は最初の死者が出る2日前には既に「新種のコロナウイルス」と特定されています。
書評ですので詳しい説明は本書に譲りますが、コロナウイルスについて説明させていただきますと……風邪――特に肺炎など、呼吸器に症状を出すウイルスです。
人に感染するコロナウイルスは今まで6種類知られていました。
そもそも風邪の10~15%(流行期は35%)は、比較的病原性の弱い4種のコロナウイルスを原因とします。
「効く薬がないから怖い!」と思われる方も多いと思いますが、風邪をおこす原因のほとんどはウイルスで、インフルエンザなど一部のウイルスを除き治療薬はありません。
残りの2種類がSARSとMERSをおこすウイルスでこちらは重症化しやすく、日本では二類感染症に指定されています。
詳しくは以下、国立感染症研究所のサイトへ。
『国感染疫学センターヒトに感染するコロナウイルス(→link)』
確かに一時的な不安は抑えられないが
今回の新型肺炎を起こしたウイルスは、ヒトに感染する7種類目のコロナウイルスとなります。
詳しい感染経路や感染力、重症化率はまだまだ不明な部分がありますが、従来の風邪をおこすウイルスの仲間ですので手洗い、うがい、マスクなどの対応が効果的なことは間違いありません。
日本政府も適宜情報を発信しておりますのでチェックして下さいね。
首相官邸HP『新型コロナウイルス感染症に備えて ~一人ひとりができる対策を知っておこう~』(→link)
さて、本に話を戻しましょう。
「得体の知れないもの」を可視化することで科学は人々の恐怖を著しく減少させてきました。
しかし、アウトブレーク(大流行)の際には一時的とは言え不安を完全に抑えられないことが述べられています。
例えば2009年、新型インフルエンザ流行の際、初期の感染者が出た高校に電話やメールなどで抗議や嫌がらせが殺到しました。21世紀の話ですよ? 決して中世のペストではありません。
恐怖のペスト 日本上陸を食い止めた柴三郎~細菌学の父は義にも篤い
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では、今回の肺炎の場合どうでしょうか?
web上にはデマが流布しております。マスクを買い占め、価格を釣り上げて利ざやを狙う方もいますね(涙)。
感染症に国境はなく、研究者に国境はある
お次の第8章「インフルエンザ」は、紀元前からのインフルエンザの歴史+2009年の流行について書かれています。
厳密な分析ではありませんが、2009年の流行時、日本での死亡率が低かった原因を読むと、医療インフラの充実、保健所の努力などにありがたさを感じます。
一方でマスメディアの報道姿勢や官僚体制における専門性などを含んだ問題点も挙げられており、社会背景が現在と近いことから、今回の肺炎を考える上で役に立つ内容となっています。
スペインかぜは米国発のインフルエンザ~なぜそんな名称になった?
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第10章「ネットワークで感染症に備える」はこの先の新興感染症に対する備えの話です。
交通網が発達した今、昔であれば1つの村、町で終息したであろう感染症があっというまに世界に広がる可能性があります。
「感染症に国境はない。しかし、研究者には国境はある」というパスツールの言葉。1日で地球を1周できる迅速な交通手段は感染症の伝播も速いものにしてしまいました。世界を結ぶ情報網も歴史上類を見ないほど密なものになっています。しかし……。
個々の研究者には国籍があり、感染症対策の国家予算にも国籍があります。
今回の肺炎に関して中国がどこまで情報を開示しているかわかりません。しかし、2003年SARS流行の際は、発生当初に中国が情報を隠蔽したことが後々まで尾を引く結果となりました。
世界規模での情報の共有と協力が新時代の感染症対策に不可欠――著者はそう述べています。
私は今日林檎の木を植えよう
本書の最後はマルチン・ルターの言葉で締められています。
「たとえ明日、世界の終わりが来ようとも、私は今日林檎の木を植えよう」
感染症対策や危機管理はまさにこのりんごの木であると作者は述べています。
植えたすぐのりんごの木にはすぐに実はならない。水を与え育て初めて実りが期待できるものである。
しかし、この努力は危機が来ない場合は表に出てきません。
本の発行は2013年です。
SARS、新型インフルエンザの際に私たちはりんごの木を植え、育てることができたのでしょうか?
今からでも遅くはありません。
今日、りんごの木を植えましょう!
文:馬渕まり(忍者とメガネをこよなく愛する歴女医)
本人のamebloはコチラ♪
連載『馬渕まり先生の歴史診察室』やってます!
※以下の『戦国診察室』は歴史上の人物を診察した、馬渕まりの書籍です
【参考】
『人類と感染症の歴史―未知なる恐怖を超えて─(著:加藤茂孝/丸善出版)』(→amazon)