いかに出版不況の世の中といえども面白い本は面白いですし、タメになるだけでなくヒットする書籍もあります。
ここ数年、歴史分野で注目されたのが
・呉座勇一氏『応仁の乱』
・亀田俊和氏『観応の擾乱』
・藤村シシン氏『古代ギリシャのリアル』
あたりでしょうか。
いずれも歴史ファン以外の読者を巻き込むスマッシュヒットとなり、ちょっとした社会現象にすらなりました。
中国分野では、個人的に推し続けているのが佐藤信弥氏『中国古代史研究の最前線 (星海社新書)』(→amazon)です。
発売から約2年になろうとしておりますが、未だ“最前線”であることに変わりなく、キングダムファンやこれから史学を目指す方にもぜひ手にして欲しい一冊。
僭越ながら、その書評を送らせていただきます!
「漢方薬局で甲骨を買いました」伝説は嘘だった
本書はまず、あの伝説の否定から入ります。
それは
「甲骨文字は、漢方薬局で買った謎の骨から偶然見つかった!」
というものです。
wikipediaから該当部分を引用させていただきましょう。
逸話では、王懿栄は、持病のマラリアの治療薬として、竜骨と呼ばれていた骨を薬剤店から購入していた。その際、粉にする前のその骨に何か文字が書いてあることを発見し、驚いて薬剤店から竜骨を大量に買い集め、同じことを知った研究者たちも竜骨を買い集めたというのがよく言われる逸話である。この逸話が真実か否かは不明である。
私はこの逸話を、世界史資料集に載っていたびっくりコラムのようなコーナーで読みました。
資料集に載っていたから、それはもう頭から信じてしまいます。
それが嘘だったなんて!
言わずもがなショックでした。
なにせ私は、中国史に少しでも興味を持った人に対して、これまでトリビア的にこの逸話を喋っていた気がします。今回、本書を読んでいなければ、今後も危うく話を広め続けるところでした。
では、真実はなんだったのか?
と申しますと、王懿栄がそれっぽいものが発掘されたと知り、買い取って研究したという――ある意味妥当な流れです。
こうした導入部が本当に巧み。親しみやすい逸話を敢えて否定することで、こちらの興味関心をぐっと掴みます。
古代中国史――という歴史に興味がなければ学ぶ必要がない時代に、うまく引き込んでゆく構造を持っています。
古代中国史研究への入り口として
導入部から、俗説や大げさな言説をビシッと否定する本書。
まえがきでは、本書の目的として、原泰久氏の漫画『キングダム』、宮城谷昌光氏の小説作品といった、エンタメ作品から興味を持った読者に、新発見や研究成果を紹介することも目的としている――とあります。
帯にも【『封神演義』から『キングダム』まで】とあり、ひいては日本語版のリリースが増えている中国時代劇のファン層にも訴えかけていると思われます。
漫画やゲーム、小説といったエンタメ作品から入り、歴史を好きになるのはある意味、王道。本書は、古代中国史に関してもその視点から意識して書かれていると感じます。
あるいは……。
進路を意識し始めたor進路を決めたい、という高校生にも本書は最適かもしれません。
歴史に興味をお持ちの高校生ならば適切な難易度なのです。
ただし、将来の進路を考えるとなると問題がないワケではありません。
中国を舞台にした歴史エンタメが好きだからといって、その歴史をアカデミックに研究するほどまで関心が持てるかどうか。
中国史を研究するべきか?
ドラマの元にもなった中国文学の世界に進むべきか?
そもそも学問の教育に適性があるのか?
そうした「自分の芯」についてまでは、なかなか把握できてないワケです。
そこで、その見極めに、本書がある程度有用ではないか? 中国史研究に向いている人が読んだら、ピンと来るものが絶対あると思います。
自分が中国の歴史をモチーフとした文学作品が好きなのか。
それとも史実の探究がしたいのか。
読んでいくうちに、そのあたりが把握できるようになるはずです。
「史学を専攻しようかな」と思い始めた受験生に是非とも手に取っていただきたい一冊です。
歴史研究にロマンは必要か?
なぜ私が、進路を決めたい高校生に本書を全力で進めるのか?
僭越ながら申し上げますと、歴史に対するアプローチについても学ぶことができると感じたからです。
現代の日本では、古代中国の研究というと、書物そのものが少なく、アクセスもしにくい状態です。そうなると、比率的には【話を盛ったテレビ番組】あたりで触れる機会が多くなります。
例えば最近日本でも知られるようになってきた、殷第23代王武丁の妻の一人・婦好(ふこう)は、女性の軍事指揮官です。
女将軍という像が、物語ありきで語られがちで、どこまで実態に近いのか、かえってわかりにくくなってしまいます。本書では、そんな彼女に関する最新調査も掲載されています。
※中国の人気女優リウ・タオ(劉涛)によって「女戦神」というイメージで演じられる婦好
イメージやストーリーが、エンタメ作品に反映されるだけならば、まだ問題もないでしょう。
しかし、歴史研究ではそうはいきません。本書はある実例で示します。
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