イギリス

吾輩は「首相官邸ネズミ捕獲長」である イギリスで働くニャンコ公務員である

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フルネームは「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国首相官邸ネズミ捕獲長」。

立派な肩書きを持つイギリス政府の公務員、その正体は猫です。

冗談ではありません。
イギリス首相官邸公式サイトには紹介コーナーもあります。

歴史ある建物を改築しながら使用しているイギリス・ダウニング街において、住居を食い荒らすネズミの被害は深刻です。

イギリス政府の脅威を効率的に排除するため、彼らは「殺し屋としての本能」を認められ、雇用されています。たたのマスコットではなく、かの有名なジェームズ・ボンドと同じく「殺しのライセンス」を持つ、歴史と由緒ある役職なのです。

この役職、なんと創設は16世紀。ヘンリー8世の時代、トマス・ウルジー枢機卿が執務室に猫を伴っていたことが起源だそうです。4世紀の歴史を誇るわけですね。
今回は世間のネコノミクスに便乗して、イギリス公務員版ねこあつめ、あるいは歴史ネコ歩きをしてみたいと思います。

※猫画像は引用元の明記があるものを除いてイメージです

 

トレジャリー・ビル(1924)

起源は16世紀までさかのぼるとはいえ、ネズミ捕獲長は記録に残されていませんでした。

トレジャリー・ビルが記録上最初に認められた「ネズミ捕獲長」です。

ラムゼイ・マクドナルド時代の捕獲長。彼は猫にありがちな行動である、成果=ネズミを上司に見せに行く癖がありました。しかしこれまたありがちな行動ですが、見せられた側はゴミ箱に捨ててしまいます。そこで彼は、上司に報告せずにきっちりとネズミを並べて置くようになったそうです。

 

ミュンヘン・マウザー&ネルソン(1940年代)

「私は豚が好きだ。犬は人を敬愛し、猫は見下すが、豚は我々を平等に扱う」
こんな名言を残したウィンストン・チャーチル。彼の宿敵ヒトラーは愛犬家ですが、チャーチルはかなりの猫好きでした。彼はクリームや最高級サーモンを愛猫に与えていました。

チャーチルは、自邸チャートウェルをナショナル・トラストに寄付する際には「ジョックというマーマレード色(日本の茶虎猫)で腹と足下が白い猫が、いつまでもこの邸宅で快適に暮らせるように」と条件をつけたほどです。現在でもチャートウェルにはジョック6世が暮らしています(公式サイト)。

ジョック6世/公式サイトより引用

そんなチャーチルの元で捕獲長をつとめたのが、ミュンヘン・マウザーとネルソンです。

ミュンヘン・マウザーは本名不明。「ミュンヘンのネズミ取り」という不名誉な愛称は、チェンバレンの代からこの職についていたため、つけられました。チェンバレンといえば、ナチスドイツの台頭を許すことになる宥和政策を取ったため何かと評判の悪い首相です。いくらチェンバレンが憎いとはいえ、猫に八つ当たりをするのは気の毒な話ではあります。

ネルソンはチャーチルが連れてきた彼自身の家族でした。

ある日、チャーチルは海軍本部の外で、一匹の黒猫が大きな犬を猛然と追いかけている姿を目撃しました。
「素晴らしい猫だ。こんなに勇敢な猫を見たのは初めてだ!」
チャーチルは黒猫の勇敢さに強い感銘を受け、引き取ることにしました。

彼はその黒猫に、勇猛果敢な海軍提督ホレーショ・ネルソン(1758-1805年)から取って「ネルソン」と名付けました。

ネルソン提督英海軍が世界最強!カリスマ&勇敢さに男も女も惚れてまうやろ

提 ...

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ネルソンはチャーチルにとって信頼のおける存在であり、閣議に参加したこともあるそうです。
時は第二次世界大戦中。空襲を恐れてネルソンが逃げ回ると、チャーチルはこう叱責しました。
「情けないぞ、ネルソン! この程度で怖がっていたら名前負けするじゃないか」
ミュンヘン・マウザーとネルソンは縄張り、もとい居住地域が重なっていたため、しばしば確執があったそうです。

 

ペトラ(1960-70年代)

彼女は血統書付きの優美なマンクス種です。

先代のピーター3世の後継としてマン島から公式に派遣されたものの、職務にはまったく興味を示さないどころか、やたらと騒ぎ立てると同僚公務員から不評を買いました。職務解任の声すらあがったのですが、世間を騒がせることをおそれたのか、こっそりと引退させられています。

彼女はハロルド・ウィルソンの家族であったシャム猫のネモとの不仲もささやかれていました。代々のネズミ捕獲長は野良猫から出世したたたき上げが多いのですが、ペトラの場合は深窓のご令嬢でした。そうした生まれのためか、職務遂行能力に欠けていたのかもしれません。

 

ウィルバーフォース(1970-88)

奴隷解放運動につとめた博愛主義的な政治家、ウィリアム・ウィルバーフォース(1759-1833)がその名の由来です。

白黒猫の彼は、まだ幼いうちに着任。怠惰な前任者と違い、彼は賢く優秀であり、最高のネズミ取りと評されました。

かの「鉄の女」ことマーガレット・サッチャーも、ウィルバーフォースに魅了された一人です。

サッチャーは外遊先のモスクワのスーパーマーケットで、イワシの缶詰を彼のために買いました。サッチャーと彼がテレビ出演したところ、彼にはファンレターが送られるようになりました。歴代最長の任務期間を誇った彼が死去した際には、多くのマスコミからも哀悼の意が示されたとのこと。

 

ハンフリー(1989-1997)

白と黒の長い毛並みを持つハンフリー。名前の由来はイギリスの政治コメディドラマ『イエス、ミニスター』、『イエス、プライムミニスター』に登場するハンフリー・アップルビーです。

彼の代から「首相官邸ネズミ捕獲長」は公式な役職とされました。

落ち着いていて気さくな態度の持ち主であり、優秀な職務遂行能力を持つ彼は多くの人から愛されます。
そしてハンフリーの輝かしいキャリアには、予期せぬアクシデントがつきものでした。

アメリカ大統領クリントン来訪の際には、あやうく巨大なキャデラックに轢かれそうになりました。
コマドリの雛4羽殺害容疑を、マスコミからでっちあげられ、メジャーに庇われたこともありました。

活発なハンフリーは、セントジェームズ公園等自然豊かな場所にしばしば散策に出かけました。
1995年6月、彼は行方不明となり、3ヶ月後には生存は絶望的と報じられました。するとその直後、王立陸軍医科大学から通報がありました。
彼は大学構内で「PC(パトロールキャット)」と呼ばれ、暮らしていたのです。

ハンフリーが無事任務に復帰すると、クリントン大統領のファーストキャット・ソックスから祝賀メッセージが届いたとか。

そんなハンフリーにも受難の時が訪れます。政権交代後、首相官邸に着任したブレア夫人の妻が猫嫌いだと囁かれたのです。当初は噂は否定されたものの、結局ハンフリーは首相官邸から姿を消します。

「労働党め、保守党政権では任務を全うしていたハンフリーを邪険に扱うとは、残酷な連中だ!」

激しい怒りが保守党政治家からわき起こります。政府の猫は政治にも巻き込まれる、ということですね。
さらには「労働党はハンフリーを謀殺したのではないか」という噂まで流れる始末。その打ち消しのため、政府はハンフリーの生存を発表しなければなりませんでした。

ハンフリーは引退後穏やかな日々を送り、2006年、内閣府職員の家で息を引き取りました。
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