アーサー王といえば、日本でも人気ゲームキャラとして有名な人物。
彼が主役の映画『キング・アーサー』の公式サイトには、こう記載してあります。
「アーサーの正体は、イングランド王の一人息子」
これが大変ややこしい問題でして。
伝説はさておき史実として、
アーサー王は「イギリスの王様」とは単純に言えないんじゃないか、
という問題が出て来るのです。
それはどういうことか?
ちょっとスッキリさせたいと思います。
もくじ
ローマの守備兵が去ればやってくる悪魔のようなあいつら
4世紀初頭。
ヨーロッパ大陸の西にあるブリテン諸島から、ローマ帝国の人々が、船でガリアへ向かいました。
前55年にユリウス・カエサルに征服されて以来、ブリテン諸島はローマ領。
当初は反発があり、戦士女王ブーディカによる叛乱等もありましたが、次第に人々はローマ人の支配に慣れ親しんでゆきます。
そしていざその支配が終わり、一体これからどうなってしまうのか、と人々は不安になり始めたのです。
ローマ人が去った国に残されたのは、ブリトン人と呼ばれるケルト系の人々でした。
彼らブリトン人は悩んでいました。
『ローマの守備兵が去ってしまったら、奴らが来る――』
“奴ら”とは、ゲルマン系の侵入者たちです。
・アングロ人
・サクソン人
・ジュート人
これに加えてピクト人。スコットランドに住み着いた一族で、体中に色を塗りつけている薄気味悪い連中。
船に乗って襲来する彼らから、どうやって領土を守ればよいのか。
サクソン人戦士を傭兵に雇って対抗じゃ!
ブリトン人は、一応、無策ではありませんでした。
「ローマの兵士が頼れないならば、我々も武装するほかあるまい! しかし我々だけではあまりに数で劣る。そこで、傭兵を招き入れてはどうだろうか」
そんな頼もしいことを言い始めたのは、ブリトン人諸侯のヴォーディガン。
彼が頼りにした傭兵は、サクソン人戦士でした。
さらに彼は、ジュート族の長・ヘンギストにも「味方について欲しい」と使者を送ります。
同盟を強固なものとするため、ヴォーディガンはヘンギストの娘であるロウィーナを娶りました。
もちろんヴォーディガンなりに、一族を守ろうとしたのでしょう。
しかし、彼の策はことごとく裏目に出ます。
「野蛮な連中をみすみすブリテン諸島に引き入れた愚策!」
後に、ヴォーディガンの行為は、ギルダスといったブリトン人の歴史家たちから非難を浴びることになります。さらに彼の名は、アーサー王伝説においても暗君として登場します。
史実の彼は奸悪というより、かなりのオッチョコチョイなだけですが。
銀貨が、ない!ってヽ(・ω・)/ズコー
結婚も済ませ、ヴォーディガンは約束の銀貨をヘンギストに支払おうとしました。
そこで驚愕の事実に気づきます。
「銀貨が、ない!」
ズコーッ、とこけそうになりますが、実際そうなのでした。
ローマ人が鋳造し流通させていた銀貨は、彼らが去ったのと同時にブリトン人の元から消えてしまっていたのです。当然ながらローマから新たに届く銀貨ももはやありません……。
やむなくヴォーディガンは家畜や農具、武器をかき集めてヘンギストの元に送ります。
しかしヘンギストは怒りました。
「なんじゃこりゃ、銀貨はどうした! 全然足りんわ!!!!」
ヴォーディガンの使者は「いやいや、これで十分ですって!」と交渉しますが、ヘンギストの怒りは収まりません。
「上等じゃねえか。こうなったら直接お前らの所に乗り込んで搾り取ってやるからな!」
こうして、ヘンギストと弟ホルサ率いる一団はブリテン諸島に上陸します。
そしてブリテン諸島は地獄と化した……
恐ろしい事態になりました。
ローマ時代以来の町も、城壁も、塔も、民家も、破壊され尽くしました。
人々は大量虐殺の憂き目にあい、ありとあらゆる町が炎と殺戮にあふれました。
「ヘンギストさんよぉ、抜け駆けとはずるいじゃあねえか!」
ここで他のアングロ人、サクソン人も便乗。
ブリテン諸島は地獄の島と化したのです。
【助けてください。
ブリトン人は、このままでは殺されるか、逃げて海に落ちて溺死するかしかありません……】
殺戮が始まってしばらくして、ブリテン諸島から、悲痛な手紙がローマの名将フラウィウス・アエティウスに届きました。
この手紙は「ブリトン人の苦悶」という名で知られることになります。
しかしローマもフン族のアッティラらとの死闘を繰り広げており、悲痛な訴えに応じることはできません。
「すまんが、現地で対処してくれ……」
ブリトン人は戦下手でした。
ここぞとばかりに、敵のヘンギストとその子オイスクは、ブリテン諸島も思う存分荒らし回ります。
もはやどうにもならず訪れたブリトン人受難の時代。
彼らの中には、ウェールズの山中やコーンウォールに逃げた者もいました。
大陸に渡り、のちに“ブルターニュ”と呼ばれる土地に住み着いた人々もいました。
略奪の中で息を潜め、嵐が過ぎ去るのを待つしかない弱き民たち。
そんな絶望の時代、一人の男が登場するのです。
アンブロシウス・アウレリアヌス――。
通称アーサー王です。
英雄アーサーとは何者なのか
ローマ貴族の末裔か。
それともローマ風の名を持つブリトン人か。
当時のブリトン人は、我が子にローマ風の名付けをすることが多かったため、出自はハッキリしていません。
わかっているのは、彼が卓越した戦術を持つ名将であり、ブリトン人の希望の星となったことです。
西暦500年頃(493年説等)。
ベイドン山の戦いで、アンブロシウスはサクソン人の軍勢相手に大勝利をおさめます。
この戦いによって、サクソン人の侵略は停止することになりました。
そしてブリトン人たちは英雄の出現に喜び、希望を見いだしたのです。
アンブロシウスの名は、文献によっては“アーサー”と記載されています。
ブリトン側で戦った名将アンブロシウスを元に伝説化された王が、アーサーではないかというのが定説です。
アーサー王は、ブリトン人のみならず、アングロ・サクソン系の人々にも愛されました。
「アーサー王は俺たちの王様だ!」と、敵対した相手の子孫まで言うようになったのだから、なんともまあ皮肉と言いますか、興味深いと言いますか。
溶けあうブリトン人とアングロ・サクソン人
ブリトン人とアングロ・サクソン人の抗争は、長らく続きました。
しかしだんだんと混血が進み、次第にとけあってゆきました。
アングロ・サクソン人がキリスト教を受け入れると、対立も弱まってゆき多民族の国として、ブリテン諸島はゆるやかにまとまってゆくのでした。
このあたりの名残は名前にも残っています。
◆Great Britain 偉大なるブリトン人の国
◆England アングロ人の国
日本語に直すとどちらも「イギリス」に含まれるため、余計にややこしくなるのです。
ただし、「アーサー王はイングランドの王」としてしまうとおかしいということは、おわかりいただけたでしょう。
彼はアングロ人ではなく、アングロ人の敵であったブリトン人の王なのです。
アーサー王――。
それは追い詰められたブリトン人の希望が、伝説と化した人物なのです。
文:小檜山青
【参考文献】
『図説 蛮族の歴史 ~世界史を変えた侵略者たち』(→amazon)