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【飲んだくれのイギリス人】
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RPGが酒場で仲間を集める理由も
さて、パブという名は「パブリックハウス(公共の家)」の略です。
酒を飲むわけではなく、様々な役割を果たしてきました。
かつての「イン」は宿場としても機能しました。
旅の途中で休む人々に、酒と食事と宿泊場所を提供していたわけです。
しかし、パブの時代となると鉄道の発展により、そうではなくなっています。
パブは集会所としての役割を果たしました。
照明、新聞、暖房のあるパブは、立ち寄って皆で会合を開くのにはうってつけのわけです。
庶民の社交場として、パブは機能していたのです。
なぜRPGが酒場で仲間を集めるのか疑問に思ったことはありませんか?
酒場は社交場であるからなのです。ゾンビ襲来から逃げてパブに逃げ込むのも、理にかなった行動と言えるかもしれません。
社交の場としてのパブ全盛期は、19世紀でした。
生活が変化すると、以前ほど人はパブに向かわなくなります。
博物館、図書館、遊園地、動物園、映画館、喫茶店……そうした場所と娯楽が増えるにつれ、パブだけが人の居場所ではなくなったのです。
酒以外の娯楽が増えた方がよいのでは
どんな街にも教会とパブはある――かつてはそう言われたイギリス。
昨今は転機を迎えています。
全国でパブは減少傾向。
ビールの消費が減少し、宅飲みが増え、パブ需要が急激に減りつつあるのです。
パブといえば煙草の煙がつきものでしたが、世界的な流れで禁煙の店も増えつつあります。
不景気や酒税増税の影響だけでなく、去年から今年にかけてはコロナが直撃して、人々のパブ離れに拍車をかけています。
個人経営が立ちゆかなくなり、大手チェーンに買収される店も増えてきました。
「最近のパブはチェーンばかりで、個性がなくってねえ」
そう嘆く人々も多いとか。
パブ全盛期には酒量が社会問題になり、パブがその一因として敵視されていました。
しかし現在、減少傾向にあるというのは寂しい話ではあります。
イギリス人のライフスタイルの変化ですかねえ。
ここで思い出していただきたいのが、ジンブームの頃の悲惨な労働者の姿です。
安酒に逃げるしかなかった彼らよりも、酒以外の娯楽が増えて、そちらに消費できるようになった現代イギリス人の方が豊かな生活なのではないでしょうか。
ジンブームはそう示しているように思えるのです。
コロナ禍下でパブはどうなるのか?
2020年、世界的なコロナ禍はイギリスをも襲いました。
チャールズ王太子、ジョンソン首相が感染したことは、衝撃的なニュースに他なりません。
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そんな中、パブもまた苦境に立たされています。
客の距離を取るため、なんと電気柵を設置する店まで登場したとか。
◆イギリスのパブ内に電気フェンス 酔客の社会的距離を確保(→link)
隣の人とは1メートル距離を開け、音楽もひっそりと流すだけ。
盛り上がって笑いあいながら話すこともできないし、スタッフとの接触も最低限にしなければいけない。
注文はオンラインでもできるっていうけど……。
出会った相手を覚えていて、その行動を確認しないと感染した場合に困る。出会った人と一晩だけ楽しんで飲むなんて、もうできない。
こんなことでパブに行く意味あるのかよ!
イギリスも、そんな悩みに直面しています。
そもそもパブには、コロナ対策が難しい要素が揃っていたのでした。
◆酒を提供する場です
理性が吹っ飛び、コロナのことすら考えられなくなる客は当然出て来ます。
◆ソーシャル・ディスタンスがなかなか取れません
社交の場ですから、そこは苦しい。距離を開けて楽しめと言われてましても。
◆密集しています
これは従来から指摘されるパブの欠点。なまじ歴史が長いだけに、段差があり、狭い店も多い。
バリアフリー対応ができないことは弱点として指摘されていました。天井が低い店も多く、距離を取ることもなかなかできないのです。
◆経営が苦しいことは指摘されておりまして……
伝統のあるパブが潰れて、大手チェーンだらけになってしまう。
このままでは閉店するパブが続出する――そう戦々恐々としているんですね。
パブとはイギリスの歴史そのもの。最古の部類のものとなれば十字軍や百年戦争に向かう前の兵士が、ビールを飲んだ店もあるわけです。
数百年の歴史とされますが、「パブ」という名称や概念ならばそうでも、それ以前の旅館や酒場としてまで遡ればもっと古い。
パブは、歴史の目撃者でもあります。
味わいのある看板や店の名前も愛されてきました。
中には「バケツ一杯の血亭」という名前のものまであります。
血の入ったバケツにショックを受けるおじさんの看板ともども、愛されているお店で、なんでも過去にあった殺人事件を元ネタとしてるとか、していないとか……。
グレンコーのパブには「行商とキャンベルはお断り」という看板があります。
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ただ酔っ払いが集まってウェイウェイしている場所ではなく、立派な歴史的な遺産です。
地球の裏側で、酔っ払いたちが困っているだけ。そんな他人事でいてよいのでしょうか。歴史的存亡をかけた攻防であり、学べることもあると認識する必要があるのではないでしょうか?
パブをどうするのか?
どう守るのか?
この歴史的な戦いを、今後も見守りつつ応援したいと思います。
コロナの前から、ジンは、酒は、変わっていた
コロナ禍とは、既存の社会問題を悪化させたものであるとは指摘されています。
若者のアルコール離れとは、日本のみならず世界的な問題です。イギリスでもそれはあてはまります。
21世紀、イギリス人の飲酒量は急激に低下したのです。
パブでナッツをつまみにビールをガブガブ飲んで、時には殴り合いの喧嘩。はしご酒のシメにインド料理を食べる。
そんな飲み方はおっさんのすることになりました。飲みニケーションなんてもう滅びつつあります。
ジムで運動して、帰りにスムージーで水分と栄養を接種。
その様子をSNSにあげる。それが今時の若者のライフスタイルです。
◆若者の飲酒離れ「ソーバーキュリアス」に打つ手はあるのか(→link)
そうなると、あのジンも変わってゆきます。
今の流行は【フレーバードジン】です。
甘いフレーバーと色をつけて、ソーダで割って、スライスしたフルーツを添えて出す。
カクテルよりも気軽でインスタ映えもバッチリ! アルコール消費量が低下する中、女性向けに売り始めたワケです。
イギリスの老舗ジンといえば、ビーフィーターがあります。これはロンドン塔の衛兵ヨーマン・ウォーダーズの愛称です。
イギリス人は牛肉を食べて気力を養うという伝統があります。このジンのラベルと名前からは、イギリス人のマッチョさが伺えます。
それが今や、そのビーフィーターにピンクストロベリーがあります。
いかついおっさんの背景に、かわいいイチゴが描かれ、ボトルはピンクなのです。
不道徳であったジンが、歴史を経て、こんなに愛くるしい飲み物になって、若い女性に好まれているなんて!
これぞ歴史の面白さでしょう。
そしてこうしたお酒の流行は、国境を超えたものがあるといえるのです。
アメリカでは、フレーバードウイスキーが2010年代から定番となっています。これも女性向けの需要を開拓するものとして導入されました。
ボトル入りで、フルーツの香りと甘みをつけた韓国のソジュ(韓国焼酎)も、大人気です。
日本の酒売り場にも、オシャレで、フルーツのフレーバーつきで、かわいらしい缶に入ったチューハイが並んでいます。
あのストロングゼロだって、甘さと香りがあるから飲みやすいのです。
ジンも、ウイスキーも、ソジュも、そして焼酎も……蒸留酒とは、おっさんがカーっと飲むものでした。それがここまで変わったのです。
歴史は興味深いもの。それはアルコールひとつとってもそうなのです。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
角山栄/川北稔『路地裏の大英帝国』(→amazon)
フレッド・ミニック『ウイスキー・ウーマン: バーボン、スコッチ、アイリッシュ・ウイスキーと女性たちの知られざる歴史』(→amazon)