ダイド・エリザベス・ベル/wikipediaより引用

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ホワイトウォッシングを軽視するなかれ~歴史的差別の問題は根深し

ホワイトウォッシング」という言葉が最近聞かれるようになりました。

白いお肌に手入れしてくれる洗顔料のような名前ですが、もっと複雑な意味があります。

この言葉が話題になったのは映画『ゴースト・イン・ザ・シェル』公開時。

原作では日本人である草薙素子を白人のスカーレット・ヨハンソンが演じるということが「ホワイトウォッシング」だとして問題になったのです。

「何が悪いの? スカヨハが素子を演じるとか最高じゃん」
「どこが人種差別なの?」

そんな意見もありましたが、結論から言うとこれはダメです。

また反論として、舞台版の『ハリー・ポッター』でハーマイオニー役を黒人のノーマ・ドゥメズウェニが演じたことをあげて「これは駄目なのか?」と言う意見もありましたが、これも返しとしてはよろしくありません。

原作者のJ・K・ローリングがハーマイオニーは白人と明言していない、と述べているからです。人種を明言していないのに白人とみなすのはちょっと違うだろう、という話ですね。

ちなみに元々白人であった人物を他の人種が演じる場合は「カラー・ブラインド・キャスティング」と呼び、多様性の反映であるとして問題になりません。

「他のアジア人が日本人を演じるくらいなら、白人が演じた方がいい」という反論も駄目です。

実写版『美女と野獣』はフランスが舞台の話なのにイギリス人中心のキャストであり、英語で話しています。

また、日本でも過去に『西遊記』をドラマ化にして日本人キャストで作っています。

同一人種を国籍が違うキャストで演じることを禁止するのは問題になりません。

そもそもこのホワイトウォッシング問題は、最近より話題にのぼるようになり、映画を中心に論じられているため、歴史が短いように思えます。

が、そうではありません。
ホワイトウォッシングは昔から続いてきた問題であり、歴史的にみてもよくないことなのです。

 


絵画と歴史から消される人々

本当は黒人なのに絵画や芸術作品では白人にされてしまう――ということはよくありました。

有名なところでは、ギリシャ神話に登場するエチオピアの王女・アンドロメダーがあげられます。

アンドロメダーはエチオピアの王女でした。その母カッシオペイアが「娘の美貌は神々より美しい」と豪語したため神の怒りを買い、生け贄として捧げられることになります。そこへ英雄ペルセウスが通りかかり、救出したという物語です。

鎖で縛られ、岩につながれた裸の美女ということで人気の題材でしたが、芸術作品では白人の美女として描かれています。

こちらの絵には、美しい黒人女性と白人女性が描かれています。

ダイド・エリザベス・ベル/wikipediaより引用

左の黒人女性はダイド・エリザベス・ベル。右は彼女の従姉妹にあたるエリザベス・マレーです。

ダイドは白人のイギリス海軍将校ジョン・リンゼイと黒人奴隷の間に生まれた女性でした。リンゼイは彼女を叔父のマンスフィールド伯ウィリアム・マレーに預けたため、ダイドは伯爵家で育てられました。

ダイドは家族の一員として大切に育てられたものの、その存在は隠されており、来客時に同じ食事のテーブルにつくことは許されていませんでした。彼女を描いたこの作品は、当時のヨーロッパにおいては大変珍しい、白人と黒人を同じの目線の高さで描いた肖像画とされています。

この美しい絵画は2005年に注目を浴びるまで、ほぼ世間の目には晒されずに来ました。そして絵画の発見以来ダイドの人生は注目を浴び、小説、映画、演劇の題材に……。

そんな魅力的な女性であるにも関わらず、その存在は二世紀にわたって隠され続けていたのです。

彼女の肌が黒い、という理由で。

歴史上の場面から黒人の姿を消した例として、1810年に描かれたカイロの戦い(1798年)を題材とした絵画があります。

この作品からは、この戦闘で最も活躍したムラートのアレクサンドル・デュマ将軍が抹消されました。作品の依頼主であるナポレオンは人種差別的な政策を打ち出し、有色人種の結婚や居住を制限しました。

トマ=アレクサンドル・デュマ
ナポレオンに背いた猛将トマ=アレクサンドル・デュマはあの文豪の父だった

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そんな彼にとって、ムラートの男が自身の栄光を描く絵画に登場するなど、目障り極まりないことであったのでしょう。デュマ自身の軍人としての経歴もナポレオンによって妨害され、歴史の中に埋没してゆきました。

映画『ドリーム 私たちのアポロ計画』は、1960年代にアポロ計画の前身であるマーキュリー計画に関わった黒人女性たちの物語です。彼女らは計算助手として計画に貢献するものの、黒人であり女性であるということから功労者として注目を浴びませんでした。

このように、歴史の中には肌の色が白くないというだけで埋没してしまった存在がいるのです。

醜いから。
功績を認めたくないから。
優秀は有色人種なんて目障りだから。

そういうド直球の差別的理由で、そこにいたはずの人物を消してきた歴史があります。

「ホワイトウォッシング」はその延長線上にある問題としてとらえられているのです。

 


大英博物館最悪のスキャンダル 石像ホワイトウォッシング事件

ホワイトウォッシング――。
色のついたものを漂白したいという思いは、さらにとんでもない損失をもたらしたことがあります。

その事件が起こったのは1939年、場所は大英博物館。世界最大級の博物館であり、歴史ファンならば一度は訪れたい場所ではあります。

しかし大きな問題も抱えた施設でもあります。

ロゼッタストーンをはじめ、無断で他国から持ち去ったものが数多く含まれており、返還を要求されている所蔵品が数多く存在するのです。

博物館内において古代ギリシャの彫刻が展示されているのが、パルテノンギャラリー。

同コーナーは、画商であり古美術収集家であった初代デュヴィーン男爵ジョゼフ・デュヴィーンがコレクションを寄贈して始まりました。

この時、デュヴィーンはこう注文をつけたのです。

「なにこれ、彫刻の表面に色がついてる。こういうのはちゃんと白くないとダメでしょ。ちゃんと磨いて白くといてね」

この命令を聞いた学芸員はギョッ!としました。大理石の保存に関しては技術や手順が必要ですし、そんなことをしたら元の姿が台無しになってしまう。しかし……。
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