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【ドラガ・虐殺されたシンデレラ】
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武装した一団が国王たちの宮殿に迫ってくる
このロイヤルウエディングを祝福する者はいませんでした。
「結婚歴のある女を王妃にするとは! しかも12才年上だなんて!!」
教会も、内閣も、国王の両親も、皆あきれて反対しました。
しかし肝心のアレクサンダルもドラガも耳を貸しません。
ドラガは敵意を一身に浴び、ため息をつきました。
「平民から王妃になったのよ。なぜ、ロマンチックだと褒め称えないのかしら? 他の国ではシンデレラストーリーって言われるのに、この国の人は頭が固くて野蛮なのよね」
その野蛮さが彼女の身にそう遠くない将来降りかかることは、このとき予測すらできなかったことでしょう。
もしもドラガが世継ぎに恵まれたならば、国民の怒りもおさまったかもしれません。
しかし妊娠の兆候かと思われたものは、想像妊娠でした。
「あの嘘つき女め!」
国民はますます激怒します。
そして、結婚から三年後。1903年6月10日、深夜。
武装した一団が、国王夫妻の眠る宮殿に迫りつつありました。一団の中にはアレクサンダル・マシンという名の軍人もいました。
「俺の兄貴は、あのアバズレに殺されたんだ」
彼の兄はドラガの前夫でした。
ドラガが事故にみせかけて、兄を階段から落として殺したのだと、彼は信じていたのです。
武装集団は宮殿に乗り込むと、阻止しようとした首相を殺害。電気系統を破壊し、国王夫妻の寝室を目指します。
ただならぬ物音に目を覚ましたアレクサンダルは、ドラガにこう言います。
「相手だって話せばわかるはずだ。侵入してきたら話してみよう」
「駄目よ! そんなのは絶対に無理。それより小部屋に隠れましょう」
ドラガは夫よりも現実的でした。
寝室には隠し扉があり、その奥は小部屋になっています。
「今はまだ暗いわ。ここにいれば気づかれないはず」
夫妻はちぐはぐな格好をして、小部屋に入り込むと息を潜めました。
やがて武装集団は寝室に侵入し、破壊の限りを尽くす音が聞こえてきます。
しかしあきらめたのか、彼らは罵りの言葉だけを残し去ってゆくのですが……。
「なんとかなったな……」
胸をなで下ろす夫妻。やがて足音が近づいて来ます。
「誰かが助けに来たのよ! よかったわ」
夫婦はそう喜びましたが、それが間違いのもとでした。
足音は、小部屋のありかを使用人から聞いた侵入者たちのものだったのです。
「二十世紀のヨーロッパでこんな野蛮なことが起こるとは」
小部屋から出た国王夫妻の前に、十人ほどの武装した男がたちふさがりました。
相手は銃をちらつかせながら、国王を脅迫します。
「このろくでもねえ国王め。退位する決心はついたか?」
「余は臆病者ではない! 貴様らの卑劣な脅しになぞ屈するものか」
対話はここまでです。
侵入者は「射撃」でもって国王の勇気に応えました。
次は王妃の番です。
彼女に恨みを抱く義弟が暴徒の中にいるのですから、助かるはずはありません。
ドラガの美しい肉体はたちまち銃弾によって、ズタズタに引き裂かれました。
「このアバズレめが!」
殺しただけで怒りがおさまらない暴徒たちは、ドラガの遺体を裸にし、滅多刺しにし、腹を割いて窓から投げ捨てました。
アレクサンダルの遺体もすぐに同じ扱いを受けました。
6月11日、早朝。
小雨が降る中、国王夫妻の遺骸は、バラの茂みの中で横たわっていました。
国民たちはその周りで、暴君とその王妃が去ったことに対して喜びの声をあげるのでした。
二人の結婚式の日よりも、彼らは喜んでいたことでしょう。
国王と王妃の惨殺事件は、世間に衝撃をもたらしました。
「まさか二十世紀のヨーロッパで、こんな野蛮なことが起こるとは……」
彼らはまだ二十世紀が、他の世紀よりもはるかに野蛮で残忍な時代になるとは知らなかったのです。
ドラガの死から11年後。
セルビア人青年が、オーストリアの次期皇帝夫妻を暗殺します。
このとき殺された妃ゾフィーは、ドラガと同じく低い身分から妃になった「シンデレラ」でした。
このシンデレラの死は、第一次世界大戦のきっかけとなります。
シンデレラはベリーハードモードの無理ゲーです
「政略結婚なんてひどいわ。好きでもない人と結婚するなんて!」
出来の良くない歴史ドラマですと、登場人物の中にはこんな台詞を口にする人物が出てくることがあります。
しかし、政略結婚よりも恋愛結婚を選んだ代償が極めて高くつくことを忘れてはなりません。
ディズニーすらシンデレラ路線を否定する現在の風潮を「夢がない時代になったもんだ」そう嘆く方もいるでしょう。
しかし、そもそもシンデレラストーリーは夢よりも、悪夢に近い道なのです。
そんなベリーハードモードの無理ゲーを「女の子の永遠の夢!」と偽るよりも、修正パッチをあてて軌道修正した方が親切だとは思いませんか。
ハロウィンで『アナと雪の女王』コスプレを楽しむ少女たちが大人になった時、彼女たちはシンデレラストーリーを鼻で嗤うかもしれません。
それはきっと、よいことなのです。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
ジャン=クリストフ・ビュイッソン/ジャン・セヴィリア/神田順子/土居佳代子『王妃たちの最期の日々 下』(→amazon)