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【アンリ=クレマン・サンソン】
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ギロチンを質入れする
1836年、70歳を超えた五代目アンリは、高齢のため処刑に立ち会うのを辞めました。
アンリ=クレマンは、父の目という重圧がなくなると、仕事に身が入らなくなりました。
二十年で百人以上処刑してきましたが、仕事に慣れる――ということはついになかったのです。
父の思いのために仕事を続けていたものの、その目がなくなれば、もはや続ける理由はありません。
アンリ=クレマンはストレスから逃避するように、娼館と賭博場に入り浸るようになります。
翌年、五代目アンリが死亡すると、アンリ=クレマンはますます歯止めが利かなくなります。
処刑人の家では、副業として代々医学を行っていました。死体の構造を知る処刑人は、実践的な知識を生かしていたのです。
ところが六代目のアンリ=クレマンからは、医師法が制定されていたため、この副業がなくなりました。
そのため、収入は目減りしています。
かといってサンソン家の貯蓄が不十分ということはありません。
五代目アンリは「お前が働かなくても一生を過ごせるくらいの財産はある」と言っていましたが、それは事実。
その莫大な財産を、アンリ=クレマンは父の死後僅か数年間で使い果たすばかりか、さらに借金まで重ねてしまうのです。
ついにアンリ=クレマンは、債務不履行者用の監獄へ投獄。
獄中で彼は考えました。
「財宝も集めた絵画コレクションも、ほとんど借金のかたに売り払ってしまった。あと質に入れられるような物があるだろう? ……そうだ、ギロチンか!」
それだけは手放してはならない。
普通ならそう考える大切な商売道具を、彼はアッサリ放棄するのです。
しかし、少ないとはいえ、仕事はあるもので……。
「処刑の間だけでもギロチン台を請け出したい」
アンリ=クレマンは頼み込みますが、相手は首を縦に振りません。仕方なく法務大臣に説明したところ、大臣の命令でやっと請け出せたのでした。
そうして、ようやく処刑を終えた1847年3月18日。
処刑の重荷から解放されるようにして街中をうろつき、家に戻った彼の元に一通の手紙が届いていました。
また死刑の命令書か。
憂鬱で重い封を明けると、そこに入っていたのは予想もしないことでした。
【汝、処刑人を罷免する――】
死刑制度はいずれ終わりを迎えるだろう
ようやく処刑人を辞められる!
同時にそれは彼が無職になることを意味しておりました。
アンリ=クレマンは田舎に引っ越して悠々自適の暮らしを送りながら、新しい仕事・収入への道を模索することになります。
そんな彼の手元に残されていたのは、莫大な量の先祖たちの記録でした。
初代はナゼ処刑人になったのか。
ルイ16世国王夫妻を手に掛けた祖父・四代目の苦悩。
祖先も彼自身も、几帳面な記録を残すことになります。
無実の罪で処刑されたルイ16世なぜ平和を願った慈悲王は誤解された?
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アンリ=クレマンはこうした記録をまとめ、回想録を出版しました。
かなりの長さながら、この本は大ヒット――。
今もサンソン一族の苦悩が記録として残されているのは、彼の功績であります。
ギロチンを質に入れ、罷免された、一門の恥・アンリ=クレマンは、回想録出版により一族の光と影を残すことに成功したのです。
四代目サンソンは、死刑制度は廃止されるべきだと考えていました。
そして六代目サンソンことアンリ=クレマンは、必ず廃止されるはずだと確信していました。
死刑には多くの問題がつきまといます。
誤審。
当時は死刑相当とされていても、後世からすると不適切とされる事例。
死刑制度が贖罪になるとも思えません。
死刑になることをまるで反省しない死刑囚の姿も、彼は見てきました。
鼻歌を歌いつつ処刑台に引かれてゆくような者を殺しても、無意味ではないでしょうか。
むしろきっちりと罪と償わせ、罪の意識を持たせることの方が大事ではないでしょうか。
アンリ=クレマンは、百人を超える死刑囚を処刑したからこそ、死刑制度の矛盾に向き合うことができました。
そして確信をもって、死刑制度は廃止されるはずだと考えたのです。
1889年1月25日、アンリ=クレマンは89才という天寿を全うしました。
それからおよそ一世紀を経た1981年、フランスは死刑制度を廃止。
アンリ=クレマンが予測した未来の姿でした。
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文:小檜山青
※著者の関連noteはこちらから!(→link)
【参考文献】
安達正勝『フランス反骨変人列伝 (集英社新書)』(→amazon)