こちらは2ページ目になります。
1ページ目から読む場合は
【アレクサンドル1世】
をクリックお願いします。
お好きな項目に飛べる目次
父を殺す陰謀に一枚噛んでいたのか?
この事件をふまえて、毒舌で知られるフランスの政治家タレーランはこうコメントしました。
「暗殺というのは、ロシアでもっともよく用いられる免職方法ですなァ」
暗殺団はアレクサンドルの元を訪れ、帝位に就くよう促します。
しかし、このあとのアレクサンドル1世の言動が不可解であるため、歴史家は今に至るまで混乱させられるのです。
「ああ、クーデターだなんて、なんということだ、おそろしい!」
アレクサンドル1世は父の暗殺を深く嘆き悲しみ、強烈なトラウマすら抱えたものの暗殺団を処罰しません。
そしてそのまま、23才の新皇帝になったのです。
もしかして父を殺す陰謀に一枚噛んでいたのか?
家臣の単独行動か?
気弱な性格が災いし、陰謀を黙認してしまったのか?
父の死を望んでいたのか?
そうではなかったのか?
そうといえるし、そうともいえない。答えはそんなところかもしれません。
なんせややこしいものを抱えているのです。
アウステルリッツで敗北
即位したアレクサンドル1世。
彼は自由主義思想を重んじ、啓蒙君主らしさを持つ若き君主でした。
そのころ、ヨーロッパはナポレオンが台頭し、ロシアもその脅威に怯えていました。
彼は父の中立路線外交を転換させ、ナポレオン包囲網に参加することにします。
アレクサンドル1世は凛々しい軍服と、きらびやかな閲兵式を好みました。
しかしその一方で、血みどろの戦争は考えるのもおぞましいとも思っていたのです。
戦争で勝利する英雄にも憧れるし、平和をもたらす名君にも憧れる。
彼の理想は、ナポレオンを倒し、ヨーロッパを救う若き英雄王となることでした。
そしてその機会は、1805年に巡ってきます。
イギリスの誇る英雄ネルソン提督が、その命を散らしながらもトラファルガーの海戦で破った、その年の冬。
「アンチキリストの暴君、コルシカの食人鬼、ナポレオンを倒す機は熟した!」
12月2日、オーストリア帝国とロシア帝国の連合軍が、ナポレオン率いるフランス帝国と激突します。
三つの帝国、三人の皇帝がぶつかった「アウステルリッツの戦い」は、別名「三帝会戦」とも呼ばれました。
当初、数で勝る連合軍は勝利を確信していました。
アレクサンドル1世も勝利を確信していました。
しかし、相手は全盛期のナポレオンです。彼の配下の元帥たちも名将揃い。
勝てる――という確信はすぐまた苦い涙に変わってしまいました。
アレクサンドル1世は、涙のつたう頰をハンカチでぬぐいながら敗走したのです。
トラファルガーの戦いにおける大敗北もなんのその、ナポレオンの復活です。
トルストイの名著『戦争と平和』の主要人物でもあるアンドレイが参戦したのも、この戦いでした。
※BBC製作2016年版『戦争と平和』より、アウステルリッツの戦い。灰色の騎兵がロシア軍、青い歩兵がフランス軍
ナポレオン大好き! ティルジットの和約を結んじゃえ
「ここのところずっと考えていたんだけど。ナポレオンってそんなに悪い男じゃないかもしれない。ここは和約を結んではどうかな?」
這々の体でロシアに戻り、連敗を重ねたアレクサンドル1世はそう考えるようになりました。
のちの行動を考えると「嘘つけ」と突っ込みたくもなるのですが、これもまた本心であり、そうではないのかもしれません。
祖母エカチェリーナ2世を愛しながら憎んだように、強大な名君に対して相反する感情があったのでしょう。
1807年、アレクサンドル1世とナポレオンは「ティルジットの和約」を結びました。
両者は対称的でした。
ナポレオンは小柄で肥満し始めており、粗野で、叩き上げで、極めて実務的な男。
一方のアレクサンドル1世は長身でスタイル抜群です。
優雅で、祖母の愛にくるまれて育ち、理想主義者でもありました。
「あなたはイギリス人を憎んでおりますが、それは私も同じこと。貴殿の行動に対して、私が援助を惜しむことはありません」
「おはんなアレクサンドルさぁか。和平は成立したよなものござんで。すっぱいがうまくいくんそ」
この二人のうち、流暢なフランス語を話すのは、アレクサンドル1世でした。
彼は家庭教師から美しいフランス語を習っていたのです。当時のロシア貴族は、フランス語を話せることが嗜みでした。
一方のナポレオンは、きついコルシカ訛りが抜けませんでした(ここでは薩摩弁で表現しています)。
今ではおなじみの「ナポレオン」という名前も、当時は「なんかダサいローカルネーム」とみられていたのです。
何かと正反対の二人でしたが、たちまち意気投合。二時間ぶっ通しで会話し合い、熱い抱擁すら交わしたのでした。
ナポレオンは、アレクサンドルが自分の虜になったと確信したのです。しかし……。
※続きは【次のページへ】をclick!