胡蝶しのぶ

『鬼滅の刃』6巻/amazonより引用

この歴史漫画が熱い!

胡蝶しのぶと蝶屋敷はシスターフッドの世界なり『鬼滅の刃』蟲柱

2024/02/23

2月24日は『鬼滅の刃』の蟲柱・胡蝶しのぶが生まれた日です。

言うまでもなく物語での話ですが、そうだとしても彼女が現実社会に与えた影響は決して小さくないと感じます。

女性像のアップデートが画期的だったからです。

若い世代だけでなく、今まで違和感を抱いていた層にも支持されたゆえに、社会現象にもなったと思われるほど……と、まどろっこしいことはさておき、具体的に見て参りましょう!

【TOP画像】『鬼滅の刃』6巻(→amazon

 


毒殺する大正淑女・胡蝶しのぶ

『鬼滅の刃』の舞台となる大正時代は、婦人の権利にも注目が集まり始めた時代でした。

エンタメとは、作品の時代設定のみならず、連載期間の人物像や世界観も反映されます。

かつてミステリ小説の定番設定として【毒殺する女】がおりました。

当初は依頼人だったけれども、そのうち、殺す側に女が回る――。

とはいえ、腕力では男に勝てない。

その反面、台所に立つことは多い。

ならば毒殺だ!

と、こうなるわけです。

現代社会においては、女性の家事能力をバカにして、からかいのタネにする男性もおりますが、おそらく古典的ミステリとは縁がないでしょう。読んでいたら……ちょっと怖くなりますよ。

胡蝶しのぶは、大正の女性らしく、髪の毛を夜会巻き(※鹿鳴館時代に流行した束髪)にしております。

当時のドレスは、アップにした髪型が映えました。その姿で髪の毛を垂らすと、現代の夜のお店のようになりますので、これは重要です。

※以下は幕末お姫様たちの関連記事となります

幕末のお姫様
幕末維新のお姫様は自らの舞台で戦った! 鹿鳴館や籠城戦に北海道移住で開拓へ

続きを見る

髪型以外にも、しのぶは大正時代らしさも取り入れています。

「こんな女に何ができるっていうんだ」

そう思う敵を華麗に毒殺するのは、効率的なのです。

恋柱の甘露寺蜜璃は、狙って外しているキャラクターに見えます。

けれども、しのぶは一見、大正らしいヒロインに思えます。

その華麗な動きは、まるで鹿鳴館で踊っていた淑女のよう。女性でも学べる時代に、知的な彼女はピッタリ。おまけに髪型は夜会巻きだなんてステキ!

そう蜜璃のようにうっとりと褒めたいところですが、それだけでもありません。

 


女の学問、その可能性を超えて

作中屈指の知能の持ち主であるしのぶは、オーバースペック気味ではあります。

珠世もしのぶも、女性が知性のトップクラスであることが本作の特徴。

大正時代でありながら、彼女らの言葉や実験成果を受け入れるあの世界観は、先進的であります。

平成や令和の少年漫画でありながら、そんな設定にすることそのものが、やはり先進的ということです。

明治維新以降、政府はこれからは女子教育だと張り切りました。

けれども当時の西洋ですらこういう考え方が蔓延していたものです。

「淑女たるもの、良妻賢母になるために教育を受けねばならない」

女性本人が限界に挑み、可能性に挑戦することではない。

あくまで妻として夫を癒やし、母として我が子を導くために、その範囲内で学ぶべきだ。

江戸時代まで、日本の教育は男女別でした。

『礼記』の「男女七歳にして席を同じゅうせず」という考えが根底にあったのです。

男親が男子を教育し、女親が女子を教育する。それが基本でした。

炭治郎と禰豆子をはじめとして『鬼滅の刃』の描写にもその名残があります。

それが西洋では、母親が男女ともに育児をしている。父の指導よりも母の愛を重視する、マザコン社会が出来上がってゆきます。

男性の二世芸能人が犯罪を犯すと、母親が謝罪しますね。あの状況が戦国時代ならば、男性の傅役が切腹して謝罪するのが筋です。

平手政秀
平手政秀の生涯|自害した信長の傅役 その原因は息子と信長が不仲だったから?

続きを見る

おしゃべりをしたら返事が知的、良妻賢母、西洋諸国にアピールができる。

その程度の半端な知性を求められた明治以降の女性たち。

アメリカ留学しながら、ダンス要員にされた大山捨松は、教育の道を閉ざさて失望の日々を送ります。

そんな捨松の学友たる津田梅子は、女子教育実現を目指して奮闘を重ねました。

大山捨松
会津藩家老の娘・山川捨松が辿った激動の生涯|留学後に敵だった大山巌の妻へ

続きを見る

山川浩&山川健次郎&捨松たちの覚悟を見よ!賊軍会津が文武でリベンジ

続きを見る

津田梅子
6才で渡米した津田梅子が帰国後に直面した絶望|女子教育に全てを捧げて

続きを見る

しのぶは、そんな津田梅子タイプの女子教育を突き進んできたように思えます。

医者としても大成できる可能性を感じさせる彼女は、現代においても先進性のあるヒロイン。

姉ともども、鬼に襲撃される前は女子教育に理解があり、医学に関わる家の御令嬢として育ってきたのでしょう。

珠世のように、女医として歩めたかもしれない。

その夢が絶たれたからこそ、『キメツ学園!』で学ぶ姉妹の姿がまぶしく思えます。

 

心を開きたいカナヲ

胡蝶姉妹に救われ、継子となったカナヲ――。

そんな彼女は、ニヒル、ミステリアスであるとされます。

アルカイックスマイルを浮かべ、自分の意見をはっきり言わない。コイントスで決めてしまう。確かに個性があります。

辛い幼少期のトラウマ由来なのか?

それとも生まれつきなのか?

カナヲの言動を見ていると、本人も好きでそうしているわけではなく、どうしたらよいのかわからない戸惑いを感じます。

ずば抜けて性格がキラキラしていて、時にまぶしいほどの炭治郎だから、そんな彼女の心をすくいとれました。

カナヲを漫画やアニメで見ているぶんには、魅力的かもしれません。

けれども、学校や職場で彼女のような誰かと出会ったとき、拒絶していなかったか、そこを考えて欲しいとも思います。

ニコニコしているけれど、雑談をできそうな気がしない。何を考えているのかよくわからない。嫌なことがあっても何も言ってくれないような……。

自分の考えを出せない。意図的に我慢しているというより、出し方すらわからない。

心を開けたのは、前述の通り、炭治郎あってのこと。

「なんかあの子、感じ悪いよね」

「つまんなーい」

そう言わずに、彼女のような誰かの意見に耳を傾けて欲しいと思います。話してみれば、良い人かもしれないのだから。

『鬼滅の刃』には特徴があります。

周囲にいたらめんどくさそうだな……このひと友達少なそうだな……ぼっちゴハン食べてそう……(義勇は実際にそうでしたっけ)。

そういう人だって、偏見を捨てて心を開けば、友達になれるかもしれない。

そう促すのだから、本作は優秀で考えさせられます。

カナヲの対比としては、アオイがいると思います。

アオイはビシビシと指摘してくる、正反対の性格です。善逸ですらちょっと苦手、そんな仕切り屋。

どちらがよいか、それは人それぞれ。個性もいろいろあります。

 


女の園は陰湿?【ミソジニー】も超えてゆけ

蝶屋敷は、女子寮状態です。

しのぶとカナヲだけではなく、アオイ、なほ、きよ、すみが暮らしています。平和でいいですね……ウフフ……で終わる話でもなく。

『大奥』ものが典型ですが、こういう偏見があります。

「女同士は陰湿だよなぁ〜」

「女子校っていじめがひどそう〜」

「嫁と姑の争い!」

「ママ友のマウンティング!」

「女性専用車両ってギスギスしてるんだろうなぁ〜」

こういう偏見は、時に歴史観まで歪める危険性があります。

その典型が、豊臣政権の崩壊でしょう。

北政所と淀の方が対立していたから――そんな見方がありますが、その前に石田三成を集団襲撃して、西軍を見限ったのは男性です。

石田三成の肖像画
日本史随一の嫌われ者・石田三成を再評価|豊臣政権を支えた忠臣41年の生涯

続きを見る

男同士だってギスギスしているのに、そこをスルーというのは理不尽でしょう。

なぜそんなことになってしまうのか。

原因はミソジニー(女性嫌悪)です。

◆女同士の罵り合いショーにされる「女性専用車両に乗りたくない女性」の声(→link

女同士の争いを見て、陰険だとニヤニヤする。あいつらは低劣で、団結もできないと高みの見物。

そういうのは女性嫌悪であり、性差別です。

特に、価値観を歪め、事実誤認まで招くのであれば有害でしかなく、そういう意識の形成を担っているのがエンタメだったりします。

残念ながら、かつての少年漫画もその一つ。

同じジャンプ作品『るろうに剣心』でも、薫と恵が「タヌキだキツネだ」と周囲から言われたり、料理の腕前をジャッジされたり、助長するものがありました。

『るろうに剣心』高荷恵|色っぽい大人の女設定は会津女性としてどう?

続きを見る

連載当時は、そういうしょうもないキャットファイト(女性同士の争い)が、エンタメの味付けとして楽しまれていたということですね。

では、なぜそれがエンタメとして成立していたか?

というと、男性読者の中には、こういう快感も生じたらでしょう。

「やっぱ女は男なしじゃダメなんだよな〜」

「ハーレム状態だなぁ、ムフフ」

「俺の愛を競って女どもが争うなんて哀れよのぉ〜」

それを善逸のダメすぎるセクハラと、女たちの一致団結した反撃が描かれるのですから、本作『鬼滅の刃』は考え抜かれています。

女の園に入り込んできて、ウハウハしている善逸状態の男は、ただの邪魔でしかないと……。

◆ 馳氏ら自民視察の回答書「言い訳の典型」「質問に答えてない」、少女支援団体が憤り(→link

 

蝶屋敷は【シスターフッド】の世界

蝶屋敷の少女たちは、そこで生活しているだけです。

男を楽しませるためにいるわけではない。せっかく丁寧に治療しているのに「ウハウハ〜」と迫られたら、そりゃ怒りますよね。

『鬼滅の刃』には、進化があります。

セクハラをされても顔を赤らめ、快感すら覚えているような、そんなしょうもない漫画を大人が読んでいる一方で、子どもたちはこの漫画を読んでいます。

「そっか……この女子ばかりのところで浮かれたら、俺は蝶屋敷の善逸だな」

そう無意識下に刷り込まれるのだとすれば、バッチリ大成功です。

女の子たちを守るだけでもない。

強引なハラスメントまがいのアプローチは、男性にとっても「キモい……」と思われるだけ。

そういう悲しい未来から『鬼滅の刃』は少年も守るのです。

そしてそんな【ミソジニー】に対抗する、現代にピッタリな概念もあります。

【シスターフッド】です。

◆ 2020年大豊作!今“シスターフッド映画”が見逃せない理由 (→link

彼氏であるジョーカーのせいで、ああなってしまったハーレイ・クイン。

そんな彼女が、とっとと彼氏を捨てて、女の仲間と活躍する。そういう時代です。漫画のヒロインも変わってゆきます。

 

カナエとしのぶ。そしてカナヲ、アオイ、なほ、きよ、すみ……姉妹同士で受け継がれてゆく思いは、まさしく【シスターフッド】です。

「女同士って陰湿そうだよな〜」

そう言いながら頭の更新をできない人がいたら、しのぶやカナヲのような笑顔で、こう言い返しましょう。

「ふふ、それって古いんですよ。【シスターフッド】って知ってます? 人気の『鬼滅の刃』にも出てくるんですけど」

古いようで、現代社会の流れを取り入れてゆく『鬼滅の刃』――少女も、少年も、これからを生きる人々を救ってくれる作品となるでしょう。


あわせて読みたい関連記事

珠世
『鬼滅の刃』珠世を徹底考察|大正の女医が現代リケジョの呪縛を打ち砕く

続きを見る

禰豆子
さらば妹萌え『鬼滅の刃』禰豆子は漫画史に残る特別なヒロインとなった

続きを見る

『鬼滅の刃』が少年漫画を変えた!善逸・沼鬼・伊之助らで変えたのだ

続きを見る

五感組
もしも『鬼滅の刃』五感組が現代に存在したら 一体どんな職が向いてるか?

続きを見る

鬼滅の刃舞台大正時代
『鬼滅の刃』舞台となる大正時代はあまりに過酷|戦いを生き延びても地獄は続く

続きを見る

【参考】
吾峠呼世晴『鬼滅の刃』6巻(→amazon
アニメ『鬼滅の刃』(→amazonプライム・ビデオ

TOPページへ


 



リンクフリー 本サイトはリンク報告不要で大歓迎です。
記事やイラストの無断転載は固くお断りいたします。
引用・転載をご希望の際は お問い合わせ よりご一報ください。
  • この記事を書いた人
  • 最新記事

小檜山青

東洋史専攻。歴史系のドラマ、映画は昔から好きで鑑賞本数が多い方と自認。最近は華流ドラマが気になっており、武侠ものが特に好き。 コーエーテクモゲース『信長の野望 大志』カレンダー、『三国志14』アートブック、2024年度版『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『覆流年』紹介記事執筆等。

-この歴史漫画が熱い!
-,

右クリックのご使用はできません
目次