主人公の杉元佐一やアシㇼパさんをはじめ、個性豊かなキャラクターが人気の漫画『ゴールデンカムイ』
その中で、一風変わった特徴で人気を博しているのが白石由竹です。
「不死身の杉元」や、毒矢でヒグマを仕留めるアシㇼパさんに比べると、白石は誰かに尊敬されるような能力はなく、一見、平凡な人物像にも映りかねない。
しかし、決してそうではないことは読者の皆さんが最も知るところであり、だからこそ公式の人気キャラランキングでも鶴見中尉や谷垣を上回る堂々の6位に入っているのでしょう(→link)。
そう。白石由竹は凄い――。
単に脱獄に関する能力だけでなく、彼には独特の存在感もあって目が離せないし愛着も湧いてくる。
いったいそれは何処から来ているのか?
3月3日は物語上で白石由竹が生まれた日。
その人物像を徹底考察してみましょう。

『ゴールデンカムイ27巻』(→amazon)
『ゴールデンカムイ』はクライムサスペンス要素も魅力
『ゴールデンカムイ』は、網走監獄に収監された囚人が重要な役割を果たします。
彼らの皮膚に掘られた「刺青人皮」が、金塊のありかを示すキーアイテムとなっている。
そうなると、囚人を出さねばなりません。
自由民権運動による政治犯といった人物では、追いかけて皮を剥がすとなると不快感がどうしてもつきまといます。倒すべき敵としてもカタルシスが弱い。
そのためか、政治犯と呼べる刺青人皮の持ち主は、土方歳三くらいしかおりません。
プロットの都合上、囚人には凶悪凶暴な連中が揃っております。
連続殺人犯、強盗犯、毒殺魔……などなど。
個性豊かな彼らは、実在した当時の犯罪者がモチーフと推察できるものもいます。
蝮のお銀は、仮病を装い親切な男性に背負わせ、無防備な背後から千枚通しで脳を抉り殺します。
彼女のやり口は「鬼神のお松」をモチーフとしていると推察できる。
美女が川で男を殺すその様は、実に絵になる――言葉は悪いかもしれませんが、そんな見方はあながち的外れでもないでしょう。明治とは、高橋お伝のような毒婦による事件が耳目を集める時代でもありました。

月岡芳年『新撰東錦絵・鬼神於松四郎三朗を害す図』/wikipediaより引用
海外の殺人犯をモデルとした人物もいます。
切り裂きジャックの容疑者の一人とされるマイケル・オストログです。
野田先生の作風からは、かつて日本でもブームとなった異常殺人者ブームの影響も感じられる。
映画『羊たちの沈黙』のヒットもあり、1990年代は連続殺人犯や多重人格者が日本でも話題となっていました。
そんなクライムサスペンスのような攻防も『ゴールデンカムイ』の魅力でしょう。
そして、刺青囚人で最も重要な白石由竹にもモデルがいます。
「日本の脱獄王」こと白鳥由栄です。
日本の脱獄王・白鳥由栄
白石由竹のモデルとされる白鳥由栄(しらとりよしえ)。
名前からして近く、モデルにしているそうですが、両者は生誕の年代がかなり異なります。
実在する白鳥が生まれたのは『ゴールデンカムイ』の舞台と近い明治40年(1907年)のこと。
青森に生まれ、2歳で父が病死してしまうと、養子に出され、尋常小学校に通います。
それからは豆腐屋の仕事を手伝っていました。父の残した借金がある彼は働くしかなく、養子先を出ると蟹工船に二度乗り、過酷な漁業も体験しました。
21歳で結婚し、一男二女にも恵まれ、ささやかな豆腐屋を経営する面倒見のいい青年。
そんな平凡な小市民のようで、彼には裏の顔もありました。

白鳥由栄/wikipediaより引用
19の若さで蟹工船に乗ったとき、彼は博打を覚えてしまいました。
白鳥の妻は、夫が家に戻らず、何をしているのかわからないことに疑念を抱かなかったわけではありません。
しかし、まさか彼があんなことをしていたとは思いもよらず……白鳥は、博打の金欲しさに、土蔵のある家を狙い、金品を奪っていたのです。
そして昭和8年(1933年)のこと。仲間と二人で雑貨商に押し入った白石は、追いかけてきたその家の養子である竹蔵を殺してしまいます。
その場は逃げおおせたものの、共犯者が逮捕されたと知ると、白鳥は自首しました。
当時としてはありふれた事件です。
『ゴールデンカムイ』でも賭博の場面が出てくるように、そのころ道を踏み外す典型が賭博でした。
白鳥が、そのまま刑務所でおとなしく服役していたら、日本の犯罪史に名を残すことはなかったでしょう。
ギャンブルのため金を盗み、強盗のはずみで一人を殺した。平凡な小悪党でしかありません。
彼が名を残したのは、凄まじい脱獄歴のせいでした。
以下に年号と共に振り返ってみましょう。
昭和11年(1936年)6月:青森刑務所を脱獄し3日後に発見、逮捕される。後に、この脱獄により無期懲役となる。
昭和17年(1942年)6月:秋田刑務所を脱獄し、上京後に自首。
昭和19年(1944年)8月:網走監獄を脱獄し、2年間、洞窟で生き抜く。
昭和21年(1946年)8月:北海道空知郡砂川町(当時)で殺人事件を起こし、逮捕される。強盗と間違われて相手に殴られ、反撃したら殺してしまったとは本人の弁。これにより死刑判決がくだされるも、後に傷害致死とみなされ懲役20年とされた。
昭和22年(1947年)3月:札幌刑務所を脱獄し、300日ほど山中で暮らす。
昭和23年(1948年)7月:府中刑務所へ移送。
昭和36年(1961年):模範囚として釈放される。
昭和54年(1979年)2月:死去。享年71。
いかがでしょう?
「日本の脱獄王」という通り名は決してダテではなく、26年間の獄中生活で4度も脱獄に成功し、およそ3年間は外で暮らしていたのです。

網走監獄の脱獄再現シーン/wikipediaより引用
真面目に勤め上げていた方が、より早く自由の身になれたとは思います。
脱獄のたびに罪が重くなるのに、なぜ繰り返したのか?
どうしてそんなことができたのか?
味噌汁の塩分で鉄格子を腐食させる手口など、興味深い事例は多くあります。
出所後の本人や、当時の刑務所関係者が取材に応じたことも好条件でした。
そのため、彼はフィクションに取り上げられます。
吉村昭作『破獄』は複数回映像化されています。
そうしたフィクションにおける最新の像が、白石由竹と言えるでしょう。
ただし、「名前」と「脱獄王」という要素を除くと、キャラクター性としてどこまで似ているかどうか?というのは別の話。
小柄で寡黙、生真面目だった白鳥由栄と、トリックスターである白石由竹は、当然のことながら別人物です。
では、その経歴を見てまいりましょう。
白石由竹は明治らしい小悪党
白石由竹は南関東で生まれた孤児。寺に預けられていたと明かされています。
誕生日(3月3日)は判明しているので、親に捨てられたとはいえ、何らかの手段で生年月日を残していたか、あるいは戸籍を作るときに設定された日付なのでしょう。
明治以降、日本は近代国家へと突入してゆきます。
近代国家は人口増大が使命。
ナポレオン戦争以来、徴兵制度により強い軍を作らねばならない状況に追われていました。
そのため家庭を持ち、子を多く産むことが奨励され、江戸時代までならば一生結婚することのなかった層も、家庭を持つこととなったのです。
そんな人口増大の時代は、育てられずに捨てられる子も増えます。
明治以降の日本は、増大する人口に対し、それを受け入れる国家開発がどこまで進んだのか?というと、なかなか答えに窮する状態です。
それができなかったからこそ、植民地獲得や移民という手段が取られました。
そうした国家規模での話は横に置き、当時の庶民は子を捨てるしかありません。
北海道では、困窮した和人がアイヌのコタンに赤ん坊捨てていくこともしばしばありました。

アイヌの人々(1904年撮影)/wikipediaより引用
『ゴールデンカムイ』では、稲妻強盗とお銀の遺児がアイヌのコタンに預けられましたが、ああした事例は実際にあったことなのです。
白石も、そんな明治という時代が生み出した男といえます。
幼くして寺に預けられた彼は、それなりの読み書きはできるので、尋常小学校程度は出たのでしょう。
そこからなぜ囚人となったのか。
明治という時代は犯罪も横行しました。
白石のような後ろ盾もない貧しい青年は、(酒を)飲む・(博打を)打つ・(女を)買うという悪事に耽溺しやすい。こうした悪事には金がどうしたっている。
ならば強盗だ!
そんな短絡的思考で罪を犯したのでしょう。
ここまではよくいるケチな小悪党です。それが脱獄を繰り返したことで、キャラクター性が生まれてゆきます。
実はスゴイ!白石の特異体質と技能
脱獄王となるために、白石はなかなか凄いスキルを身につけています。
尾形の狙撃。鶴見のピアノ。牛山の柔術。
といったように、誰かに自慢できる類のものではなく、脱獄でしか使い道のない、わけのわからない能力が彼の持ち味です。
ざっと見てみましょう。
◆全身の関節を脱臼できるッ!これでどこにでも出入りできるぞッ!
→モデルにも同じ特技があったとか。
◆体力はあるッ!杉元らマッチョな連中に引けを取らぬ体力だ!
→これもモデルと同じ特技です。
◆観察眼や工夫する能力が高く、頭の回転も速い。
→これもモデルに通じています。
◆粘り強い
→たとえエッチな目的だろうと、シスター宮沢目当てに脱獄する根気は素晴らしい!
やはり、なかなかスゴイ男だと思えてきますね。
戦闘力は低い。
されど彼もまた超人であることがわかります。
よくも悪くも、明治生まれらしい男
2024年4月、明治生まれだった最後の男性が亡くなりました。
白鳥由栄と同年代の男性ですね。
白石由竹はモデルより上の年代であり、よくも悪くも、彼もまた明治らしさを体現した人物でした。
金塊探しが終わったあと、白石はとある大胆な行動をとります。
杉元とアシㇼパの前からそっと姿を消した3年後、二人のもとに手紙が届く。
と、そこには白石の顔が刻まれた金貨が同封されているのでした。
連載時はどこかの国家の「王様」となり、単行本では微修正され、「無人島で移民を募り王様となった」とされています。
それがなぜ修正されたのか?
実在する南洋のどこかで王様となるとすれば“侵略”ということになってしまう。それを避けるため、移民を募り新国家建国まで果たした設定とされたのでしょう。
この白石の夢は、刺青人皮囚人の一人である海賊房太郎の構想を引き継いだものともいえます。
孤児となった房太郎は、王国を築き上げ、その王となる夢があったのです。
この構想は、明治生まれなら抱いてもおかしくない夢といえます。
明治という国家は、西洋列強の夢をトレースしているともいえる。
当時の西洋列強は、アフリカ大陸や南洋に進出し、そこを植民地化して巨利を得ていた。出遅れた日本も、そんな夢の後追いをしたい。
そこで、こんな壮大な夢が庶民にまで刷り込まれていったのです。
その担い手はエンタメでした。『ゴールデンカムイ』では、当時の少年少女雑誌から杉元が知識を得ていると思われる箇所があります。
下はこうした雑誌から、上は毒々しい小説まで。
白石はこうした当時の通俗小説を愛読していたのか。下劣で軽薄な話を振ってきます。
周囲からそれをしばしば嗜められておりますが、当時のチンピラとしてはごく当たり前、極悪非道ともいえぬ人物像だといえます。
白石はユニークで愛すべき個性があります。
けれども、明治時代のアルバムを見たり、逸話を聞いていると、彼に似たチンピラ兄ちゃんの話がチラリと顔を覗かせます。
なまじチンピラだけに、まっとうな文学作品やらドラマには出てきません。
学校で習う明治時代の文学であれば夏目漱石が定番。その小説に出てくる人物は、博打で大負けして強盗をしたりはしません。
恋愛関係にせよ、謎めいた女性に胸を熱くしたと思ったら、いつの間にか終わっているような淡いものであり、遊郭のどんちゃん騒ぎを教科書に掲載するわけもありません。
当時、夏目漱石以上の人気を博していた押川春浪の小説は、

『快男児 押川春浪』/amazonより引用
そこまでどぎつい内容でなくとも、教科書には掲載されません。押川の作品を読んでもさして教訓は得られませんので。
白石のような人間は明治時代にわりといたのです。
しかし、教育的によいわけでもない。語り残す意義もない。ゆえに消えていく。そして忘れられた。
そんな消えたワルい明治人を誇張し、おもしろく味付けしたら、とてつもなく魅力ある人物像ができた。
白石とはそういうキャラクターに思えます。
『ゴールデンカムイ』読者のご先祖様とその交友関係を辿っていけば、白石に似た男は一人や二人いることでしょう。
そんな愛すべき小悪党が白石由竹という男でした。
実写版で極められた白石の個性
白石由竹は、実写版映画でひとつの到達点に達したと思えます。
私にとって実写版で一番おそろしいと思えたのが、この白石でした。
なんせ白石は、他のキャラクターとは異なり、一見すると平凡な男です。
それが北海道で冬の川に浸かり、ドタバタを繰り広げ、なんだかんだで死ぬこともなく存在している。
どうして白石は死なないのだろう?
そう唖然としたものでした。
そんな白石を実写で演じるとすれば、往年の名優である田中邦衛さんや川谷拓三さんが適役ではないか?と、私は漠然と思っておりました。
美男でもなく、目立つわけでもない。
けれども抜群の存在感と演技力で画面を引き締める。他にはない個性が彼らにはあったのです。
いわば非常に難しい役どころ――それを演じた矢本悠馬さんは、往年の俳優を彷彿とさせてくれました。
殺伐とした空気を引っ掻きまわし、コメディタッチでありながら卓越した身体能力も垣間見せる。
これぞまさしく白石ではないか!

『ゴールデンカムイ27巻』(→amazon)
実写版をみて、私の中で白石は腑に落ちたと言えます。
ああいう脇役がいてこそ、物語は引き締まる。白石は、偉大なる凡庸の存在を再認識させてくれたのです。
教科書には載らないけれども、家庭のアルバムに顔を出している。そんな人物がいてこそ歴史なり物語は成立する。
場を和ませ、笑わせ、力を与えてくれる。
そんな小悪党を主人公チームに入れる『ゴールデンカムイ』はやはり魅力的な作品です。
👉️『ゴールデンカムイ』の登場人物・アイヌ文化・時代背景を史実からまとめた総合ガイド
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【TOP画像】
野田サトル『ゴールデンカムイ27巻』(→amazon)
【参考文献】
斎藤充功『日本の脱獄王』(→amazon)
山下泰平『「舞姫」の主人公をバンカラとアフリカ人がボコボコにする最高の小説の世界が明治に存在したので20万字くらいかけて紹介する本』(→amazon)
他





