『日本国紀』(著:百田尚樹/幻冬舎)

文化・芸術

もしも史学科の大学生が『日本国紀』スタイルで卒論を書いたら?

2019/05/18

百田尚樹氏の『日本国紀』が依然として話題ですね。

歴史本では異例の大ヒットとなった『応仁の乱』。
その著者・呉座勇一先生をはじめ、多くの方が百田氏の記述に疑義を呈しております。

騒動は、発行元の幻冬舎社長・見城氏にも飛び火し、今ふたたび何かと騒がしくなっております。

兎にも角にも『日本国紀』は
【参考文献の提示がない】
ということで、発行当初からその内容の是非が問われておりました。

大手版元を通じて、教科書的信頼性を伴った「歴史書」や「通史」をアピールする以上、社会的責任も小さくありません。

だからこそ数多のサイトやTwitterで検証が行なわれているのでしょう。

論壇net
LITERA
弁護士ドットコム

細かい考証については、上記に譲るとして……。

本サイトでは少し趣向を変え、
「もしも史学科の大学生が『日本国紀』スタイルで卒論を書いたらどうなる?」
という視点で本書を考えてみたいと思います。

なお、私は大学で東アジア史を専攻し、卒論テーマは『清代の政治』でした。

結論だけ先に言っておきます。
もしも今回の執筆スタイルで論文を書こうものなら、教官から真顔でこってりと叱られ、まず卒業出来ません。

 


歴史研究は「ストーリー」に引っ張られがち

歴史にロマンを感じ、いざ大学で学び始めた学生たち。
彼らはまず、教官から笑顔で一撃くらいます。

「きみたちが学びたい、ロマンあふれる歴史と、学問は別です」

遡れば教官だって『信長の野望』や『横山三国志』に触発されたっていうのに、いざ教える立場になったら「それとは別ものだからね」と釘を刺さねばなりません。

まぁ、当たり前ですよね。
例えば、藤村シシン先生は『聖闘士星矢』から入って、古代ギリシャの研究者になりました。

藤村シシン『古代ギリシャのリアル』が空前絶後の極彩色!聖闘士星矢の世界観を再び!

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北村紗衣先生も、映画がきっかけでシェイクスピア研究者になっています。

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日本史については、大河ドラマをはじめとした人気の歴史コンテンツ。
そのお陰で歴史の道が開かれた――という方がいれば、辛い思いをする研究者もおられます。

例えば最上義光。

最上義光の研究者は、大河ドラマ『独眼竜政宗』の視聴者……だけでなくコーエーゲームのファンから、かつてこう言われることがありました。

「あんな悪党の研究をして、得られることはあるんですか?」

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悪党とは何の冗談を?
と思われるかもしれませんが、それでも可愛い表現を選んだほうです。

最上義光が一般の方から酷く思われていた理由。それは、大河ドラマにおける原田芳雄さんの怪演が、あまりにもインパクトで、強烈なイメージが定着してしまったんですね。

司馬遼太郎氏は偉大すぎる作家です。
それゆえ彼の創作が史実扱いされて、トンデモナイ誤解が流布しているという現状もあります。

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作家の創作をもとに銅像が建てられてしまったこともあるのですから、こりゃあ大問題です。

学問ではなく一般社会では、もともと
【ヒストリーはストーリーに侵食されやすい】
という構造的問題があるのですね。

 


海外でも昔からある問題でして

同問題は、なにも日本だけのことではありません。

「曹操はずるい奴だから墓を大量に作っただろう!」
そんな話が流されてしまい、トンデモナイことになっていた中国。

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イギリスでは、シェイクスピア作品の影響で、
「リチャード三世なんて最低最悪の男でしょ!」
なんて長いこと誤解されてきました。

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偉大なストーリーはあくまで文学の枠内で楽しまれるべきであり、ヒストリーと混同することは危険なのです。

こうした意識は良質な大河ドラマでも反映されつつあり、『八重の桜』や『真田丸』のような作品では、過去作品のあやまちを正し、ストーリーに組み込むことをやってのけてもおります。

前述の中国やイギリスでも同じこと。
『ローグ・ワン』に出演していた名優・姜文(チアン・ウェン)主演の曹操映画が制作中です。

 

イギリスでは1951年ジョセフィン・テイの『時の娘』発表以来、リチャード三世は見直されております。

フィリッパ・グレゴリ原作『白薔薇の女王』およびそのドラマ版では、史実ベースのリチャード三世像が反映されています。

 

かように世界的に見ても、
【ストーリーにしっかりとヒストリーが反映される時代】
になりつつあり、同時に、創作物と歴史の峻別も進んでいるのです。

そんな状況の最中、作家が歴史書だとして名のある版元さんから本を出す……この時点でプロの研究者さんや一般の歴史ファンの方々が『日本国紀』に対して複雑な思いを抱くのは致し方ないことでありましょう。

 

漢文なくして日本史なし

作者の百田氏は漢文廃止論を唱えたことがあると、今回の騒動を機に知りました。

百田尚樹氏「中国文化は日本人に合わぬ。漢文の授業廃止を」

その記事の中で百田氏はこう述べています。

そもそも、なぜ学校で「漢文」の授業があるのか。英語と違って使う機会なんてないし、あれは趣味の世界だと思うんです。子供の頃から誰でも知っている「中国4000年」という言葉も、あの国への無意味な憧れを生んでいます。

そうじゃないんですよ……。

なぜ、国語で漢文を習うのか?

漢文知識がないと日本史を勉強するうえで、壁にぶちあたるから。
江戸時代以前、上流階級および知識人は漢文をマスターしないと話になりませんでした。

むしろ武士でありながら俳句を詠んでいると、
「エー、そんな町人みたいな趣味ありえなくね?」
ってなります。

鬼の副長・歳三はどんな俳句を詠んでいた? 今ならオシャレなインスタ派

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何かと小馬鹿にされがちな儒教だって、江戸時代までは武家の必須教育でした。

湯島聖堂大成殿
日本史に欠かせない「儒教」とは一体何なのか 誰が考えどう広まった?

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会津藩の藩校である「日新館」は、清から贈呈された孔子像が自慢の種だったほどです。

授業中でもケンカ上等だぁ!会津藩校「日新館」はやはり武士の学校でした

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漢文のルーツは中国かもしれません。
その中国渡来のものを尊いと思ってきたのは日本の歴史です。

実は漢文は、中国史を学ぶ上で、役に立たないこともあります。なぜなら時代の変遷に添って文法も変化しているのです。

例えば日本の漢文の授業で習った内容は、確かに唐や宋あたりまではカバーできます。

ところが明、清あたりの史料を読むとなると、
「これはむしろ、現代中国語の知識で読んだほうがてっとり早いわ……」
ということになったりします。

中国の方からも
「日本人の習う漢文って何あれ? あんなもん中国人でも意味わからん」
という意見があるようです。

それでも日本の史料が漢文に依存している以上、歴史を学ぶ上で必須。

「漢文廃止論を唱えてしまう方」が日本史の歴史書を出版するというのは、大きな矛盾を孕んでいるのです。
【次ページでは本書最大の問題点・参考文献について】


参考文献ナシでは何も成立しない

そして本書最大の問題点。

「参考文献がない」

これは本当にいただけません。

大学で歴史学を学ぶ上で、最初に叩き込まれることは、
「出典はあるのか?」
ということです。

曹操が兵士に、
「あの先に梅の木があるぞ!」
と言ったところ、唾液が湧いて来て喉の渇きが癒えたというエピソードがあります。

「梅林止渇」という四文字熟語にもなりました。

これに対して中国史専攻の学生が、
「横山光輝『三国志』でもありましたよね〜、だからありってことじゃね? 曹操ならキャラ的にやりそうじゃないですか」
と真顔で回答をしたら、教官から容赦ないダメ出しされるのはご想像がつきましょう。

模範解答はこうです。
「この逸話の出典は、『世説新語』【仮譎】ですね」
ちゃんと元ネタに当たり、ソースを示すことが必須です。

それなのに『日本国紀』にはそれがない。
出典や参考文献なしで何かを主張しようと無効扱いされる――それが歴史の学問というより、一般社会でも常識でしょう。

「それは、誰の功績なのか? 誰がドコで言ったのか?」
という裏付けが常に求められるハズです。

小説ならば作者のオリジナルで問題ありません。
が、歴史書として発売するのでしたらこれはまずい。
もちろん卒論だってアウト。普段のレポートさえ受け付けてくれません。

本サイトでも、記事末には必ず【参考】という形で文献名やWEBサイト名が提示されています。
※現在は『国史大辞典』を基本に取り組んでおります

 

エンタメとしてか 学問としてか

「いいじゃん! 専門家でなくても歴史を語りたいよ!」

そんなご意見もありますし、実際に多くの書籍も販売されています。
エンタメで歴史を楽しむ分には、将来的に研究者を増やすキッカケにもなりますし、実際、これまで『信長の野望』や『横山三国志』が与えてきた影響は計り知れないものがあります。

しかし、です。
学問としての歴史となると話は別です。

「いいじゃん! 専門家でなくても手術したいよ!」
「いいじゃん! パソコンの使い方わからなくても、ITセキュリティ担当したいよ!」
「いいじゃん! ライセンスなくて、カーレーサーになりたいよ!」

なんてことを真顔で言われたら、違和感しかありませんよね?

学問としての歴史だって同じです。
その道のプロが、史料をあたり、論文を書き、実地調査する。

一つのテーマだけで何年もやらなければいけません。

その積み重ねの一つ一つが結晶となり、教科書に反映されているのです。

それを漢文廃止論を唱えながら、日本の歴史全体を網羅している――というスタンスは、やっぱりおかしい。
素人が手術にチャレンジするようなもので……。

なお、武将ジャパンは、学問としての歴史もエンタメとしての歴史も、楽しくわかりやすく皆さんと共有したい――それが基本姿勢であることはサイトの立ち上げ(2013年)から記してきました(以下に引用)。

エンターテイメントとしての歴史とアカデミックな歴史の間には大きな隔たりがあります。この2つの歴史に「橋」をかけ、もっと楽しもうではないか、一緒にワクワクしようじゃないの、と人の輪を広げていくのが武将ジャパンのミッション。(本サイトより

最後に、
【学問としての歴史学を学びたい人】
には、どんな一冊がオススメなのか?

私がコレだと思う一冊は
中国古代史研究の最前線 (星海社新書)』(→amazon link
です。

『中国古代史研究の最前線』キングダム好きにも受験生にもオススメの理由

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歴史学とはどういう学問か?
どうアプローチすべきか?
思想信条が歴史研究に反映されることもある。

そういったことがコンパクトにぎゅっとまとまっておりまして、これぞまさしくお値段以上の価値アリです。

文:小檜山青(学生時代は東アジア史を専攻・卒論テーマは『清代の政治』)

【参考】
中国古代史研究の最前線 (星海社新書)』(→amazon link
『日本国紀』


 



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小檜山青

東洋史専攻。歴史系のドラマ、映画は昔から好きで鑑賞本数が多い方と自認。最近は華流ドラマが気になっており、武侠ものが特に好き。 コーエーテクモゲース『信長の野望 大志』カレンダー、『三国志14』アートブック、2024年度版『中国時代劇で学ぶ中国の歴史』(キネマ旬報社)『覆流年』紹介記事執筆等。

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