それが『戦国無双』や『戦国BASARA』などのアクションに拡大したかと思えば、刀が主人公のゲームが出たり、あるいはガチャも盛況を誇るなど、とどまるところを知りません。
とりわけ、古くからの戦国ゲームファンが驚かれるのが【乙女ゲー】ではないでしょうか。
戦国武将と恋に落ちる――。
なんじゃそりゃ!
そうツッコみたくもなるもので、こんな小言の一つも言いたくなるってもんです。
「月代(さかやき・禿げた頭頂部)も剃らないでどこが戦国武将なの?」
「彼ら本来の毒々しい逸話を知っても付き合いたいのかね?」
「そもそも上杉謙信が女性に恋をする?」
あの呂布が美少女になるよりOKだろう――そんな見方もあるかもしれませんが、ともかく実際は驚きながらも「ゲームって、そんなもんでしょ……」と受け流して終わりですよね。
しかし、こうした武将たちの中で、どうしてもツッコミたくなる人気イケメン武将がおります。
伊達政宗です。
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冗談みたいなエピソードを連発し、戦国最後の面白花火をドッカンドッカンさせていた。
ゲームに登場すれば人気のキャラ武将。
だからこそ再度、問いたい――。
「キャーキャー言うてますけど、本当に政宗と交際したいですか?」
「正室・愛姫とすら色々あったのに?」
「彼氏宛のラブレターも残されていますぜ」
「普段は、酒乱気味だし……」
「そして……そして……ガチのマザコンなのにぃいいいい……」
「えっ?」
政宗がマザコンとは一体どういうことか。
本稿では、史実をもとに伊達政宗のマザコン度チェックやらその他いろいろに取り組んでみます。
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不都合な史実その一「母の毒殺未遂どころか庇われていた!」
伊達政宗と母・義姫のエピソードといえば、小田原征伐における毒殺未遂があげられます。
小田原への参陣前夜。
我が子に失望した義姫が「手料理を振る舞う」と政宗を招いて毒を食べさせた。
それでも許した政宗は偉い。
そんな定番中の定番ストーリー。
『独眼竜政宗』のラストシーンは、母子和解の象徴のような抱擁であり、非常に感動的でした。
しかし現在、そのエピソードは「後世の捏造」ということで確定しております。
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義姫の機転が素晴らしいというのは否定しませんが、政宗に情け容赦ないツッコミを入れるとこうなります。
・自分の私怨由来で蘆名を潰し、そのせいで睨まれた政宗とは?
・そしてその尻拭いを母親にさせた政宗とは?
・母が窮地に陥っているぞ?
結論:政宗はマザコン
不都合な史実その二「恨みというより逆恨みだよね?」
政宗はマザコンどころか、義姫に恨みがあるはず。
そうした見方の根拠として、政宗本人の言葉があげられます。
「母上には恨みがあるんだよね!」と書き残しているのです。
きっといろいろあったんだな……鬼母、毒親なんだな。
そう思いたくなりますが、ちょっとお待ちください。
政宗の怨恨基準はどこかズレていて、しばしば【逆恨み】をやらかします。彼の言葉だけを鵜呑みにするのは危険でしょう。
ターゲットその一:最上義光
伯父であり、領地が隣接しており、援軍を出し合うこともあれば共闘もしていた間柄です。
お互いに恨み辛みはあり、表面上は挨拶をしつつもギスギスした関係。
にしても政宗の挑発は突っ込みどころが満載でした。
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政宗は、義光の戦略がいかにダメかを書状に書き残し、兼続の首を取り逃がしたことをしつこく
「最上は弱すぎィ!(二度繰り返す)」
と証言する等、大人気ない言動を見せつけておりました。
たしかに義光の嫡男・最上義康は素直に褒めておりますが、そこは切り分けていた模様です。
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ターゲットその二:大内定綱
政宗がストーキングのようなことをしたせいで、大内定綱の態度が悪辣だったことが強調されがちです。
定綱にも挑発的な部分がある。
とはいえ、冷静に考えると政宗は執拗すぎる気がしてなりません。
というか、当時から父の伊達輝宗や家臣たちは、政宗に対して
「しつこくうらみすぎィ!!」
と突っ込んでいます。
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政宗の粘着性はやはり否定できないのです。
ターゲットその三:蘆名家はじめ歴代会津統治者
政宗の会津への執着は半端じゃありません。
とにかく粘つく。
会津を統治していた蒲生氏郷は、隣接する政宗から何度もオラつかれて、心の底から面倒くさかったと思います。
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ここまで考えると、政宗の怨恨や性格は何か特殊なものがあると思えるのです。
あの細川忠興は、能公演で暴れまくった政宗の話を聞いて、こう評しました。
「あいつマジやばいわ。狐憑きじゃね……」
細川ガラシャに対する異常愛ゆえに、エキセントリックな行動を重ねたという細川忠興から見ても、そんな風に言われてしまう政宗。
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これでもまだ交際したいと思いますか?
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