かつては『信長の野望』に集約された戦国ゲーム。
それが『戦国無双』や『戦国BASARA』などのアクションに拡大したかと思えば、刀が主人公のゲームが出たり、あるいはガチャも盛況を誇るなど、とどまるところを知りません。
とりわけ、古くからの戦国ゲームファンが驚かれるのが【乙女ゲー】ではないでしょうか。
戦国武将と恋に落ちる――。
なんじゃそりゃ!
そうツッコみたくもなるもので、こんな小言の一つも言いたくなるってもんです。
「月代(さかやき・禿げた頭頂部)も剃らないでどこが戦国武将なの?」
「彼ら本来の毒々しい逸話を知っても付き合いたいのかね?」
「そもそも上杉謙信が女性に恋をする?」
あの呂布が美少女になるよりOKだろう――そんな見方もあるかもしれませんが、ともかく実際は驚きながらも「ゲームって、そんなもんでしょ……」と受け流して終わりですよね。
しかし、こうした武将たちの中で、どうしてもツッコミたくなる人気イケメン武将がおります。
伊達政宗です。

伊達政宗/wikipediaより引用
冗談みたいなエピソードを連発し、戦国最後の面白花火をドッカンドッカンさせていた。
ゲームに登場すれば人気のキャラ武将。
だからこそ再度、問いたい――。
「キャーキャー言うてますけど、本当に政宗と交際したいですか?」
「正室・愛姫とすら色々あったのに?」
「彼氏宛のラブレターも残されていますぜ」
「普段は、酒乱気味だし……」
「そして……そして……ガチのマザコンなのにぃいいいい……」
「えっ?」
政宗がマザコンとは一体どういうことか。
本稿では、史実をもとに伊達政宗のマザコン度チェックやらその他いろいろに取り組んでみます。
不都合な史実その一「母の毒殺未遂どころか庇われていた!」
伊達政宗と母・義姫のエピソードといえば、小田原征伐における「毒殺未遂」があげられます。
小田原への参陣前夜。
我が子に失望した義姫が「手料理を振る舞う」と政宗を招いて毒を食べさせた。
それでも許した政宗は偉い。
そんな定番中の定番ストーリー。
『独眼竜政宗』のラストシーンは、母子和解の象徴のような抱擁であり、非常に感動的でした。
しかし現在、そのエピソードは「後世の捏造」ということで確定しております。
義姫の機転が素晴らしいというのは否定しませんが、政宗に情け容赦ないツッコミを入れるとこうなります。
・自分の私怨由来で蘆名を潰し、そのせいで睨まれた政宗とは?
・そしてその尻拭いを母親にさせた政宗とは?
・母が窮地に陥っているぞ?
結論:政宗はマザコン
不都合な史実その二「恨みというより逆恨みだよね?」
政宗はマザコンどころか、義姫に恨みがあるはず。
そうした見方の根拠として、政宗本人の言葉があげられます。
「母上には恨みがあるんだよね!」と書き残しているのです。
きっといろいろあったんだな……鬼母、毒親なんだな。
そう思いたくなりますが、ちょっとお待ちください。
政宗の怨恨基準はどこかズレていて、しばしば【逆恨み】をやらかします。彼の言葉だけを鵜呑みにするのは危険でしょう。
ターゲットその一:最上義光
伯父であり、領地が隣接しており、援軍を出し合うこともあれば共闘もしていた間柄です。
お互いに恨み辛みはあり、表面上は挨拶をしつつもギスギスした関係。
にしても政宗の挑発は突っ込みどころが満載でした。
その頂点が【慶長出羽合戦】です。

長谷堂合戦で直江兼続を追撃する最上義光『長谷堂合戦図屏風』/wikipediaより引用
政宗は、義光の戦略がいかにダメかを書状に書き残し、兼続の首を取り逃がしたことをしつこく
「最上は弱すぎィ!(二度繰り返す)」
と証言する等、大人気ない言動を見せつけておりました。
たしかに義光の嫡男・最上義康は素直に褒めておりますが、そこは切り分けていた模様です。
ターゲットその二:大内定綱
政宗がストーキングのようなことをしたせいで、大内定綱の態度が悪辣だったことが強調されがちです。
定綱にも挑発的な部分がある。
とはいえ、冷静に考えると政宗は執拗すぎる気がしてなりません。
というか、当時から父の伊達輝宗や家臣たちは、政宗に対して「しつこくうらみすぎィ!!」と突っ込んでいます。

伊達輝宗/wikipediaより引用
政宗の粘着性はやはり否定できないのです。
ターゲットその三:蘆名家はじめ歴代会津統治者
政宗の会津への執着は半端じゃありません。
とにかく粘つく。
会津を統治していた蒲生氏郷は、隣接する政宗から何度もオラつかれて、心の底から面倒くさかったと思います。

蒲生氏郷/wikipediaより引用
ここまで考えると、政宗の怨恨や性格は何か特殊なものがあると思えるのです。
あの細川忠興は、能公演で暴れまくった政宗の話を聞いて、こう評しました。
「あいつマジやばいわ。狐憑きじゃね……」
細川ガラシャに対する異常愛ゆえに、エキセントリックな行動を重ねたという細川忠興から見ても、そんな風に言われてしまう政宗。
これでもまだ交際したいと思いますか?
母への恨み なぜ抱いた?
そんな政宗が、どうして母へ恨みを抱いたのか?
周囲の状況等や当人の気持ちに歩み寄って、理由を考えてみました。
推測理由その一:「母上は疱瘡に罹ったとき、お見舞いしてくれなかったんだもん!」
政宗が独眼竜になってしまった。
そのきっかけは恐怖の病・疱瘡(天然痘)。義姫はお見舞いには来ませんでした。
冷たい?
酷い?
そう思いますか?
もちろん考えられる理由はあります。
まず大名夫人ともなれば、その身を危険に晒してまで見舞いができなくてもおかしくはありません。
しかも彼女は妊娠中だったようなのです。
先に生まれた我が子のために、流産するわけにはいきません。当時だって、そのリスクを背負うことが愛情とはならないでしょう。
義姫にしても辛い事情があったんですね。
それでも恨んで良いもの?
事情がわかる大人になってまで、幼児期のことをネチネチ言われても困りものです。
推測理由その二:「母上は岩出山から実家に戻ったあッ!」
政宗が上洛したあと、義姫は米沢から岩出山へと移りました。
ここで何らかの不愉快な事態が発生し、実家の最上家に戻ってしまいます。
このタイミングが虚しいものがある。
政宗がウキウキワクワクしながら母上様にお土産を買って送ったのに、それが届いた頃にはいなかったのです。
うーん、これは切なく哀しい。
とはいえ、義姫の性格からすれば、よほどのことがあったと思うんですよね。
毒殺未遂事件にしても、全くの根拠がないわけでもない。
工作の結果、義姫に白い目を向ける家臣がいてもおかしくはない状況です。
それに政宗自身も、そもそもが濃い性格でして。
伊達成実は出奔するわ。

伊達成実/wikipediaより引用
乳母の喜多(片倉小十郎景綱の姉)すら、キレた政宗によって国許での蟄居を命じられるわ。
政宗がエキセントリックな性格であったことは確かです。
そこを踏まえると「恨みと言っても逆恨みでしょ?」と突っ込みどころ満載ではあります。
政宗だからそこはもう、仕方ないのです。
結論:政宗はやっぱり逆恨みをする
不都合な史実その三「キレやすいよね、しかも酒癖最低」
政宗は自筆書状が多く残っており、そのため言動がわかりやすい人物といえます。
そしてその行動の中身が、わりとしょうもないのです。
酔っぱらった挙句、一方的に家臣をぶん殴るようなことは割とあったようでして。
あるとき、政宗は傍の家臣にイラつき、脇差で頭をぶん殴りました。
鞘だろうがそこは金属。
鉄棒で殴ったようなものです。
その言い訳がこうです。
先日酒を飲んだとき、家臣・蟻坂善兵衛の口の利き方がムカついたから殴った。
若いのに小姓頭にしておいて、ぶっちゃけ脇差で殴るのはよくなかったと思う。
でも酒を飲むと上下関係なんてどうでもよくなるからさ、もうしょうがないよね。
怪我治ったらまた仕事して欲しいから、出勤するよう伝えといてね。
反省しているようでいて、実は酒だから!と開き直る……って最悪じゃないか!
政宗は酒癖が悪かったようで、
・酔って暴れる
・殴る
・絡む
・忘れる
・二日酔いのために午前中仕事を休む
等々、色んなことをやりすぎていて、弁護の余地はありません。
結論:たちの悪い酔っぱらいです、しかも本気で反省していない
もういい!
政宗の短所はわかった。
うっすら気づいているから「むしろ彼氏にしたい理由」を言ってくれ。
そう問われることを見越しまして、「素敵な史実」も探しておきました。
素敵な史実その一:「胸キュンなこともする」
政宗が酔っぱらって問題行為をしてばかりというわけでもなく、微笑ましい逸話もあります。
政宗は小姓たちと鮎漁を楽しむことがありました。
その後、酒宴の席で酔っぱらった小姓二人が、政宗の膝枕で眠ってしまったのです。
確かに酒の席では上下関係がラフになってしまうものですね。
前髪姿の小姓が眠り込んでいる。
その愛くるしさに胸キュンとなった政宗は狂歌を詠みました。
春の影 秋の夕に習ひ来て 月と花とに身をやつすかな
これを詠んだときの政宗は、こんな気持だったのでしょう。
小姓の二人は月と花の化身みたいだね❤️
そうたとえてウキウキしちゃう政宗です。
酔っぱらって膝枕して、さらに狂歌を詠む。胸キュンですね。
これは是非ともゲームに取り入れていただきたい!
ちなみに、このとき膝枕された磯野右近は、臆病であったために政宗から解雇される悲しいオチがつくのですが、そのことはとりあえず忘れましょう。
まだまだ素敵な一面はありますよ!
素敵な史実その二「愛は深くて細やかです」
政宗は無茶苦茶なこともしますが、愛は本物です。
いろいろあった母にもプレゼントを贈りますし、それは他の家族に対してもそうなのです。
庶長子・伊達秀宗には、金の使い方から家臣の扱いまで、細やかにアドバイス。
息子の狩の成果を褒めたり、
「手紙は自分で書こうね! そうすると思いやりが伝わるぞ」
と伝えることもある。
なんだかんだで愛情重視なんですよ。
松平忠輝と結婚したばかりに苦労した娘・五郎八姫のことは胸を痛めていたようです。
実家に戻ってからは細やかな気遣いをして、母・愛姫との面会も細やかにセッティングしています。
愛されれば、政宗は素晴らしい相手だとは思うのです。
素敵な史実その三「風流です」
政宗のマザコンぶりを取り上げて来ました。
実際、母子の間に愛はあります。母の菩提寺である保春院からは、そんな敬愛が感じられるものです。
寛永13年(1636年)。
この1~2年前から、政宗は食事中にむせるようになっていました。
健康に気遣っていた政宗は、己の死が近いことを悟るようになったのです。
死因は消化器系のがんと推察されております。
この歳の春、政宗は完成したばかりの保春院を参詣し、ホトトギスの初音を求めて領地を巡ります。
これが人生最期の、ホトトギスの声なのか……。
そう悟っていたのか。
ようやくホトトギスの声を耳にすると、そのまま江戸へと向かってゆきます。
将軍はじめ多くの恩人に別れを告げたのです。
そしてその夏、江戸で世を去りました。
辞世には、彼の満足感が伺えます。
曇りなき 心の月を さきたてて 浮世の闇を 照らしてぞ行く
これが驚くことに、臨終の際、【ホトトギスが屋根に飛んできて、ずっと鳴いていた】という記録もあるのです。
こういう逸話が語り継がれたのも、ホトトギスの初音を求める風流な心があればこそ。
そんな政宗と恋をするなんて最高ですよね!
独眼竜よ、このまま世界の恋人になるのだ
言うまでもなく、政宗と恋愛したいかどうかは、個人の自由であります。
そもそもゲームのシナリオはライターさんの力量であって、史実は二の次。
史実云々を言って、個人の嗜好を嘲笑うのは無粋でしょう。
それに乙女ゲー以前に、こういう問いかけはよくありました。
「上司にしたい戦国武将は?」
「父親にしたい戦国武将は?」
「一緒に酒を飲んでみたい戦国武将は?」
どう思います?
私はあまりそうなって欲しくありません。あっさり成敗されそうですし……。
でも、居酒屋トークの定番でもありますよね。
こういうことは結局、ざっくりしたイメージ像で答えているだけの話で、今さらとやかく指摘することこそ無粋ってものでしょう。
とはいえ、史実を踏まえてみると、そうした雑談にも深みをもたらし、楽しくなったりするわけで。
私からのイチ押しは、
【膝枕で寝てしまう相手を前に歌を詠む政宗】
ですね。バッドエンドにも対応できます。
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【参考文献】
佐藤憲一『素顔の伊達政宗~「筆まめ」戦国大名の生き様 (歴史新書)』(→amazon)
小林千草『伊達政宗 最期の日々』(→amazon)
小林清治『人物叢書伊達政宗』(→amazon)
他





