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2/14は聖なる「ふんどしの日」だゾ!細川忠興の小言から感じる武家の魂

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本日は毎年恒例のそわそわする日です。
が、もっと大切なことを忘れちゃいませんか?

2月14日は「ふんどしの日」でもあります。

2=ふ(ん)
10=ど
4=し
という語呂合わせなんだとか。よく考えたものですね。

というわけで、本日はこの日本古来からの下着のお話です。

 

ガチで「勝負下着」だったのか

ふんどしはいつ頃生まれたのか?
残念ながらハッキリしておりません。

漢字で書くと「褌」です。
衣へんに軍であることから、戦に行くときにつけるものとされていたようです。

ガチで「勝負下着」だったわけですね。

「ふんどしを締めてかかる」ということわざは「気合を入れてやる」という意味ですし、そりゃ戦のときには気合が入ってないと勝てないですから、理にかなっているというか何というか。
気合が入ってても負けるときは負けますが。

というわけで、武家にとってふんどしはただの下着ではなく、とても大切なものでした。

 

著名な「越中ふんどし」は忠興発案!?

ふんどしに関する逸話を複数お持ちなのが、戦国屈指のネタの多さを誇る細川忠興さん。

有名なふんどしの種類として「越中ふんどし」というものがありまして、あれは忠興が作った(作らせた)ものが発祥になっているという説があります。

忠興が一時期「越中守」だったので、それにちなんでこの名称になったのだとか。
他にも忠興が考案した具足を「越中具足」と呼んだりしますね。

また「越中富山の薬売りが発祥」説や、「越中という名の遊女が作った」説もあるのですが……忠興説には「妻(もちろん細川ガラシャ)の下着を改良して作った」という経緯までついているあたりが信憑性を感じます。

さすがに、忠興の激・愛妻ぶりをおちょくるためにこんな話が作られたというわけでもないでしょうし……そっちだったらどうしましょう。

細川忠興/wikipediaより引用

 

「昔は首からふんどしまで紐をつけ……」と忠興ボヤく

もう一つ、忠興とふんどしの話があります。

「最近の若者は戦の時にふんどしの正しい締め方も知らない。
戦場でもし斃れたら、いずれ体がやせ細ってふんどしが脱げ、見苦しい姿を晒すことになる。
昔はそうならないために、首からふんどしまで紐をつけていたというのに」

例によって超訳。
だいたいこんな感じのことを大坂の陣後に言っていたそうです。

越中ふんどし考案者説と矛盾するようですが、
「平時は越中ふんどしを使って、戦時には首から下げるタイプを使い分けなければならない」
というように考えていたとしたら、それはそれで納得できる気がします。

他にも、「徳川家康は汚れが目立たないように、淡黄色のふんどしを愛用していた」とか、そのふんどしは今も水戸徳川家に保存されているとか、戦国武将とふんどしの逸話は多々あります。

そのくらい大切なものだったので、一部の地域では男子の成人祝いとしてふんどしを贈るという習慣があるそうで。

現代の基準だとセクハラになりそうなギリギリのラインですかね。

 

最近は、バレンタインの贈り物などにも選ばれる!?

ちなみに、ふんどしは機能的な意味でとても優れた下着なんだそうです。
ゴムを使っていないので足の付け根に食い込むことがないですし、素材・構造的に通気性も良いとか。

男性はお手洗いのときに難しくなっちゃいそうですけどね。そのせいであまり普及しないのかもしれません。

トイレに篭もるのが趣味だった武田信玄伊達政宗あたりが、ふんどしを汚さずに済むコツを書き残してくれてたりしないんですかね。まあ、踏ん張った状態で考え事してたわけじゃないか。
加藤清正は高下駄はいてこもってたそうですから、体制的には参考になりそうですが……真似はできなさそうです。

最近はそうした機能性がウケているのか、バレンタインの贈り物にふんどしを選ぶ人も増えているそうで。
愛の告白に下着を贈るというのはなかなか勇気が要りそうですけれども、既にカップルだったり夫婦である場合は「健康に気を使ってくれる素敵な女性」ということになるのかもしれませんね。
ぜひそのまま人口を爆発させてください。

ふんどしの日

ふんどしの普及にチカラを入れている一般社団法人ふんどし協会より引用

長月 七紀・記

【参考】
国史大辞典
一般社団法人ふんどし協会
いらすとや

 



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