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西郷どん特集 島津家

薩摩隼人が怖すぎる!ドリフターズやゴールデンカムイなどで強烈すぎる彼らを検証

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2018年大河ドラマ『西郷どん』の感想に、
「主人公はじめ薩摩藩士が軟弱だ」
というものがしばしば挙げられます。

確かにそうでしょう。
ドラマにおける彼らの行動を見ておりますと……。

・本来ならば男尊女卑思想が厳しい薩摩藩士のはずが、女性である岩山糸とつるみ、はては女装までする西郷

・男色を好み、鹿児島では遊郭すら少なかったというのに、江戸で磯田屋という遊郭に入り浸る西郷とその仲間たち

とまぁ、薩摩藩士が得意とする薬丸自顕流もほとんど出てきませんし、猛烈な郷中教育の様子もさほどありませんでした。
描写がぬるいと言われても致し方ありません。

ただ、それだけが原因とも言い切れぬ部分があるんではないか?と思いまして。

『西郷どん』以外の近年のフィクションで描かれる薩摩出身者は、異常なまでに強烈、人間離れした描写をされているのです。

そのギャップから、
「こんなおとなしいのは薩摩じゃない!」
という印象が生まれてしまうかもしれません。

なんせ最近では、現代が舞台の『3月のライオン』鹿児島編、『ポプピピテック』でもパワーあふれる薩摩描写が出てくるほどですから。

そこで考えてみたいのですが。

『実際の薩摩隼人たちは、フィクションで描かれるほどパワーあふれるだったのでしょうか?』

最近人気の作品から、史実と照らし合わせて検証したいと思います。

 

『ドリフターズ』の島津豊久

「関ヶ原の戦い」における島津の退き口において、壮絶な戦死を遂げた島津豊久。
ところが本作では、命を落としたと思われる瞬間、異世界にワープしてしまいます。

異世界にいても薩摩隼人らしい剽悍さで、敵と渡り合います。

 

◆人生はっぱ隊。薩摩が生んだ殺人マッシーン。薩人マシーン。(作者談)→ 戦国時代の薩摩武士ならば、妥当なところではないでしょうか。首は誰でも欲しかっただろうし

◆妖怪に首おいてけと呼ばれるほどすぐ首を求める「大将首だ!!大将首だろう!? なあ 大将首だろうおまえ 首置いてけ!! なあ!!!」→戦国時代の薩摩武士ならば、妥当なところではないでしょうか。首は誰でも欲しかっただろうし

◆牛馬を食べる→獣肉を食べたがらない織田信長に対して、豊久は薩摩では肉を食べると説明します。これはその通りです。薩摩では、豚肉が【歩く野菜】と呼ばれたほど

◆犬肉を食べる「戦場でんえのころ飯ちうて 腹ば減ったら野犬をばひっつかまえ」→これについては詳細を後述します

豊久のキャラクターは強烈そのものですが、戦国時代の薩摩武士と言うことを考慮すれば、ありではないかと思います。
だって島津は戦国最強だから。

アニメ:ドリフターズ公式サイト

 

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『ゴールデンカムイ』の鯉登少尉

主人公の敵である「第七師団歩兵第27聯隊」所属の新任少尉です。優れた運動能力の持ち主である反面、軍人としてはやや注意力に欠けています。

◆自顕流の使い手→妥当な設定です

◆興奮すると「猿叫」する→「猿叫」とは自顕流の攻撃する際の声をこう呼びます。「チェスト!」と叫びながら攻撃するフィクションでの描写がありますが、あれは間違いです。鯉登の場合は、攻撃動作以外でもやたらと猿叫しますが、それは薩摩隼人が一般的にそうなのではなく、彼自身の性格によるものです

◆興奮すると早口の薩摩弁になってしまい、周囲が聞き取れなくなる→興奮して訛りがきつくなるのは、ただの彼の性格です。薩摩弁が難しいという点は、妥当な設定です

難解な薩摩ことばを理解するコツは? 西郷どん字幕ONで劇的に変わる!

◆背が高い→妥当な設定です。豚肉をよく食べていた薩摩藩士は、幕末の時点で長身揃いでした

個性の強いこの作品の登場人物の中で、彼も埋没しない性格を持っていますが、薩摩隼人であるからというよりも、個人の資質によるところが大きいといえます。
他作品の薩摩隼人と比べてややマイルドなのは、明治時代の人物ということもあるでしょう。

実は、彼は2019年大河ドラマ『いだてん』において生田斗真さんが演じる【三島弥彦】と以下の共通点があります(モデルではないと思いますが)。

・運動能力抜群でどの競技でもこなす
・背が高い
・親が薩摩出身
・実家がお金持ちのお坊ちゃま
・年齢

鯉登は軍人としては若干詰めの甘い性格です。
三島のようにアスリートになった方が向いているのかもしれません。

※鯉登少尉の猿叫は、コレの青年バージョンですな

アニメ:ゴールデンカムイ公式サイト

 

『衛府の七忍』の薩摩のぼっけもんたち

鬼才・山口貴由先生の豊かなイマジネーションが生み出した薩摩。
そのあまりに強烈な薩摩ぼっけもんの暴れぶりは、インターネットを中心に話題となりました。

人気漫画およびそのアニメ化作品である『ポプピピテック』の、
「チェスト竹書房ォ゛ーイ゛!!」
は、本作が元ネタです。

徳川家康がロボット超人である本作は、実在人物が飛躍した設定になっているため、史実について考証をする意味があまりない気がします。
が、一応やってみましょう。

「チェスト関ヶ原」とは、島津家の隠語で「ぶち殺せ」との意である→実は「チェスト関ヶ原」という言い回しはあります。
「チェストいけ 関ヶ原」という使い方で、島津義弘の「関ヶ原の退き口」を思い出して、頑張っていこうと鼓舞するニュアンスです。「妙円寺参り」で言われたりするようです。
当たり前ですが、本来「ぶち殺せ」という意味ではありません

「誤チェストにごわす」「またにごわすか」→チェスト(いきなり相手に斬りかかりぶち殺す行為)して間違うこと。そもそもチェストはそんな意味じゃないです

「チェスト種子島!」→刀ではなく種子島(銃器)で攻撃すること。そもそもチェストはそんな意味じゃないです

「それが薩摩だろう チェストとは“知恵捨て”と心得たり」→薩摩ぼっけもんに感化された宮本武蔵の台詞。ちがう、チェストはそんな意味じゃない!

「臓物抜いて腹の中空にすっで 飯詰めて炊いて食ってにもし!」→失敗を恥じて、切腹しようとした中馬大蔵の台詞。これから切腹するから、腹の中に米を詰めて炊いて食べてください、の意味。元ネタは「えのころ飯」と思われます。いや、そんな食べ方流石にしないから

ぼっけもん→本作では「武家者」という字をあてて、バーサーカーのような薩摩武士をこう呼んでいますが、どうしてそうなった!
鹿児島弁では豪胆な者、向こう見ずな人を指します。
「木強漢(ぼっけもん)刀ん尖端で髭を剃っ」
という薩摩狂句がありまして。
豪胆な薩摩の男性が、刀の切っ先で髭を剃っている様子を詠んだものです。このように、愛すべき豪胆な男性を指す言葉なんですってば

ひえもんとり→本作における薩摩武士の処刑方法にして鍛錬。武器を携帯せず、褌のみを身にまとった若者たちが死刑囚に群がり、内臓を引き抜くこと(詳細後述)

数々の誇張されている薩摩武士の習慣。
まぁ、前述の通り、薩摩ネタでは現時点で頂点だとは思います。
漫画として大変面白いですし、是非お読みいただければと。

※本来のチェスト関ヶ原はこんなかんじ

こうした強烈な薩摩描写。
流石に信じる人はいないと思うのですが……しかし、無から作り出されたわけではなく、一応元ネタはあります。

ここからは、こうした創作作品は史実として正しいのか、という検証です。

 

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犬を食べる

『ドリフターズ』では、島津豊久が織田信長に対して、「えのころ飯」の作り方を説明します。
まとめるとこんなところです。

1. 犬を捕まえる
2. 腹を切開して内臓を抜く
3. そこに米をつめる
4. 針金でくくって焼いて食べる

大田南畝の『一話一言補遺』に記載があります。

実は「犬を喰らう薩摩人」というイメージは、江戸時代からありました。
川柳では薩摩武士といえば、やたら犬を食べる連中というお約束があったのです。

赤犬か 紛失したと 芝でいい
【意訳】赤犬がいなくなったと、芝の薩摩藩邸付近で言っているよ。きっと薩摩藩士が食べたんだね、やーねー

幕末に来日したロシア人の記録にも「薩摩人は死んだ犬を食べる」とありますので、実際にあったことなのでしょう。

ただし、犬食文化そのものが日本各地にあったのです。
縄文時代の遺跡からは、犬を食べたあとの骨が見つかります。

戦中戦後の食糧難の時機も食べられており、映画『仁義なき戦い 広島死闘編』でも犬の肉を食べる場面が出てきました。
※ただし映画では積極的に食べるというより困った顔をしている設定でしたが

こうした犬食のタブーは、江戸時代の「生類憐れみの令」以降広まったようです。
そんなものをものともせず、未だに犬を食べている薩摩武士って怖いよね〜、というのが江戸っ子の感覚だったようで。

結論から言いますと、
【犬を食べる薩摩武士怖いよねえ〜、は江戸時代からあった感覚】
ということになります。

戦国時代から薩摩では当たり前だった豚肉食も他の地域の人からすれば異様だったようで。
現代人からすれば、何ともありませんね。

 

何かあるとやたらと切腹する

フィクションにおける薩摩武士は、『衛府の七人』の中馬大蔵のように、何かあれば切腹しているイメージもあります。
これについてはある程度史実準拠と思われます。

薩摩藩は名君揃いであった反面、政治的な処断が多くなるという一面もありました。

西郷隆盛の流刑(島流し)は妥当だった?そもそも薩摩藩には流刑が多い?

そうした御家騒動や政治的対立の結果、全国屈指の切腹者が多い藩となった一面があります。
別に、メンタリティが切腹大好きということではないのです。

 

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ひえもんとり

『衛府の七忍』で描かれる、死刑囚の内臓を取り合う風習。
完全な創作ではなく、鹿児島を代表する作家・里見弴は、この風習に取材して短編『ひえもんとり』を書いています。

ただ、江戸時代に処刑人であった山田浅右衛門は、人間の内臓で薬品を製造し、収入源としていました。
内臓を取るという時点で荒々しい風習ですが、時代ということも考えないといけません。

 

薩摩の示現流・自顕流が怖い!

史実です。

防ごうとしてもそのままヒットする、一ノ太刀の素早い即死攻撃。
これは怖いです。

薩摩示現流&薬丸自顕流の怖さ、知ってます? 新選組も警戒した、脳天かち割る一の太刀

誇張の多い『衛府の七忍』ですが、薩摩ぼっけもんのチェスト攻撃の威力はわりと史実に近いと思われます。
それだけでも十分怖い。

 

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性質がともかく激しい

「郷中教育」で厳しい教育を受けたからには、武士の中の武士とも呼べるほどストイック。
精神的にも、肉体的にもパワー溢れる人物が多かったのは確かです。

郷中教育が西郷や大久保ら薩摩藩士を育てた!「泣こかい 飛ぼかい 泣こよか ひっ飛べ!」

明治維新以降は、薩摩藩出身者が政治の中枢におり、他の地域よりもその性質が印象付けられやすかったこともあるでしょう。
反感を買われることもあるけれども、ともかく薩摩の人々は強い。
そんなイメージがついても不思議じゃありません。

結論から言いますと『衛府の七忍』のような作品ですら、突き詰めると、史実にある程度の元ネタがある、ということです。

これは薩摩がとりわけ強く、畏怖の対象であり、明治維新でその激しさが、全国的に知名度が高くなったかということかと思います。
根拠はあるのです。

薩摩はやっぱりパワーにあふれていました。
これからもパワー溢れる薩摩隼人たちは、フィクションで存分に暴れ回って、私たちを魅了してくれることでしょう。

チェストー!




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文:小檜山青

【参考文献】
増補改訂版 かごしま検定―鹿児島観光・文化検定 公式テキストブック―
名越左源太の見た 幕末奄美の食と菓子』今村規子

 




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