今回も戦以外のお話なれど、ある意味、戦より過酷なエピソード。
織田信長の性格や価値観がうかがえる一件として、近年有名になった出来事であり、『真田丸』でも取り上げられたことで一気に話題となりました。
勘の良い方なお察しでしょうか。
テーマは火起請(鉄火起請)です。
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泥棒に入った左介 刀の鞘を奪われる
現在の愛知県稲沢市に、それぞれ別の主人に仕える二人の男がいました。
一人は、織田信房の家来で庄屋でもある甚兵衛。
もう一人は、織田信長の乳兄弟・池田恒興の家来である左介です。
この二人は、日頃親しくしていたのですが、ある年の12月中旬から不穏な空気になりました。
甚兵衛が、清洲へ税を納めるため、家を留守にしていた日の夜、なんと左介が甚兵衛の家へ泥棒に入ったのです。
幸い、甚兵衛の妻が気付いて左介を取り押さえ、刀の鞘を奪ったため、実害はさほどなかったようですが……カーチャンつよい。

・甚兵衛→留守にしていた
・左介→泥棒に入った
甚兵衛は帰宅後、この鞘を証拠として、盗みに入られたことを清洲の役人に訴えました。
むろんのこと悪いのはどう見ても左介です。
が、コトは簡単に終わらず、意外な方向へと進んでいきます。
恒興の家来を笠に着てゴネゴネ
訴えられた左介は、信長の腹心・池田恒興の家来であることを笠に着て、同僚ともどもゴネにゴネまくりました。

池田恒興/wikipediaより引用
笠を着るほど日頃からいい思いをしているのなら、そもそも泥棒に入るなよって話です。
しかも、いかにも面が割れやすそうな友人の家に入るんだからどうしようもない。
信長公記は信長を称えるための書物なので、この件の背景については深掘りされていないのですが、さすがにツッコミたくなってきます。
左介側がゴネ続けて埒が明かないので、役人も困り「火起請(ひぎしょう)でケリをつけよう」ということになりました。
火起請とは、ちょっと……いや、かなり物騒な裁判の方法です。
神社などの神前で鉄を熱く焼き、原告(訴えた人)と被告(訴えられた人)がそれを握って神様の前へと運び、ひどい火傷をしたほうが罪人というものです(そもそも運べないケースも多々あったようです)。
かなり意味合いが違いますが、中世ヨーロッパの魔女裁判でも似たようなことをやっていますね。
焼けた鉄を社前の棚に置けたほうの勝ち
火起請は戦国~江戸時代初期に日本各地で行われていたため、やり方も統一されてはおらず、いくつかパターンがあったようです。
甚兵衛と左介のときは「焼けた鉄を持って、社前の棚に無事置けたほうが正しい」というやり方でした。
ちなみに、火起請の敗者は「神に偽りを言っていた」とみなされ、斬首や八つ裂きなどにされるため、「火起請をやる」と決まった時点で死人が出るのはほぼ確実です。
中世こわい。以下の記事にもっと詳しい説明がありますので、興味をお持ちの方はどうぞ。
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戦国時代にあった地獄の裁判「鉄火起請」は血で血を洗う時代には合理的だった?
続きを見る
とにかくもう、甚兵衛にとってはハラワタ煮えくり返る思いだったことでしょう。
ここまでゴネるくらいの相手ですから火起請すらマトモにいかない。
左介は、棚にたどり着く前に鉄を落としてしまったのですが、それでもなお罪を認めようとせず、武器を持ち出してくる始末でした。
言い争いはさらにエスカレートするばかり。
と、そこに鷹狩から清州城へ帰る途中の信長が通りかかりました。
俺が成功したら左介を成敗する
信長から見れば、領主である自分の帰り道に武器を持って言い争う集団がいたわけで。
「俺の城下で戦もどきとは、いい度胸してるじゃねえか」と思うのも当然のことです。
とはいえ、信長はきちんと為政者らしい視点を持っています。
まずは騒ぎの発端や経緯を事細かに聞きました。おそらく、左介が恒興の家臣であることも聞いたのでしょう。
左介は「俺が恒興様の家来であることを知れば、信長公も味方してくれるに違いない」と思っていたでしょうから、アピールしないわけがありません。
だが、信長は全く違う反応をしました。
「どのくらい鉄を焼いたのか見せてみよ」と命じ、係の者がその通りにすると、「今から俺がこの鉄で火起請をやるから、成功したら左介を成敗する」と宣言したのです。

既にこの時点で、信長は甚兵衛側についていたことになりますね。
まぁ、当たり前っちゃ当たり前ですが、左介が大事な腹心・恒興の家臣であることも事実です。
さて、どうなるか。
「確かに皆、見ていたな」
信長は、ためらうことなく焼けた鉄を掴んで社前まで歩いていき、見事に火起請を成功させました。
そして、念押しに「確かに皆、見ていたな」と言った後、前言通りに左介を成敗させます。うーん、カッコエエ。
前回の蛇替え(じゃがえ)の話もしかり、信長は「納得いかないときは、自分で率先してやってみせる」というポリシーを強く持っていたのでしょう。
火起請を行うと、二度と武器を持てなくなる可能性も高いため、信長が実際にやったとは思えません。
あまりにも理不尽な話で、非合理的な展開ですから、何らかの話に脚色がつけられたと考える方が自然ではないでしょうか。
しかし、ここで太田牛一が言いたかったのは、前述のような信長の本質なのでしょう。
少年時代の悪ふざけにしろ、朝晩の馬術や半年に渡る水練にしろ、戦時の陣頭指揮にしろ、全てに共通しています。
リーダー自らが先頭に立つ――ゆえに現代の我々も強く惹きつけられるのですね。
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参考文献
- 国史大辞典編集委員会編『国史大辞典』(全15巻17冊, 吉川弘文館, 1979年3月1日〜1997年4月1日, ISBN-13: 978-4642091244)
書誌・デジタル版案内: JapanKnowledge Lib(吉川弘文館『国史大辞典』コンテンツ案内) - 太田牛一(著)・中川太古(訳)『現代語訳 信長公記(新人物文庫 お-11-1)』(KADOKAWA, 2013年10月9日, ISBN-13: 978-4046000019)
出版社: KADOKAWA公式サイト(書誌情報) |
Amazon: 文庫版商品ページ - 日本史史料研究会編『信長研究の最前線――ここまでわかった「革新者」の実像(歴史新書y 049)』(洋泉社, 2014年10月, ISBN-13: 978-4800305084)
書誌: 版元ドットコム(洋泉社・書誌情報) |
Amazon: 新書版商品ページ - 谷口克広『織田信長合戦全録――桶狭間から本能寺まで(中公新書 1625)』(中央公論新社, 2002年1月25日, ISBN-13: 978-4121016256)
出版社: 中央公論新社公式サイト(中公新書・書誌情報) |
Amazon: 新書版商品ページ - 谷口克広『信長と消えた家臣たち――失脚・粛清・謀反(中公新書 1907)』(中央公論新社, 2007年7月25日, ISBN-13: 978-4121019073)
出版社: 中央公論新社・中公eブックス(作品紹介) |
Amazon: 新書版商品ページ - 谷口克広『織田信長家臣人名辞典(第2版)』(吉川弘文館, 2010年11月, ISBN-13: 978-4642014571)
書誌: 吉川弘文館(商品公式ページ) |
Amazon: 商品ページ - 峰岸純夫・片桐昭彦(編)『戦国武将合戦事典』(吉川弘文館, 2005年3月1日, ISBN-13: 978-4642013437)
書誌: 吉川弘文館(商品公式ページ) |
Amazon: 商品ページ



