信長公記

信長は皇居の修理も喜んで〜戦国初心者にも超わかる『信長公記』第59話

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足利義昭を奉じて上洛を果たし、将軍家の後ろ盾を得た織田信長

喜びも束の間、その義昭が本圀寺で三好三人衆らに襲われるという事件が起きました(本圀寺の変)。

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このときは明智光秀細川藤孝らの奮闘でギリギリ事なきを得ましたが、あわや命を落としそうになった将軍の身を守るため、信長は京都二条に新しい御所を建てることとします。

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そして皇居の修理にも取り掛かるのでした。

 

奉行は将軍御所に引き続いて……

御所再建の奉行(責任者)は、将軍御所に引き続いて村井貞勝です。

村井は古くから織田家に仕えて信長の信頼も厚く、京都の治安維持や行政のための【京都所司代】に任命されており、御所や皇居の工事を請け負うのも自然な流れと言えました。

村井貞勝/wikipediaより引用

もう一人の責任者が朝山日乗あさやまにちじょうです。

役職は僧侶。
朝山氏は藤原不比等を先祖とする出雲の名家でしたが、毛利元就らの山陰地方進出によって、この頃は没落していました。
日乗は逃げ延びて弘治元年(1555年)に上洛し、出家したとされています。

ときの関白・近衛前久と親しかったことから朝廷へのパイプができ、この度の皇居修繕にも関わることになったようです。
信長の上洛前には、毛利・大友両氏に対する停戦調停を担当したこともありました。

日乗はこの内裏修繕の前後、キリスト教の宣教師と激しく口論し、刀を抜こうとしたことがあったといいます。

結構荒っぽいタイプなんですな。
このときは取り押さえられて事なきを得たようですが……そもそも「あんた、僧侶やろ」とツッコミたくなる場面ですね。

 

ボロボロだった土御門東洞院殿

では修理をすることとなった当時の皇居について、少し補足しておきましょう。

この頃の皇居は、平安時代のものとは異なります。
元々は、天災時などで本来の皇居が焼けてしまった際に使われていた「里内裏」の一つ、
土御門東洞院殿つちみかどひがしのとういんどの
というところでした。

平安時代の堀河天皇(在位:1087年〜1107年)が即位前に用いていた御所でしたので、長い歴史を持っています。
それが建武三年(1336年)に本来の内裏で火災が起きて以降、江戸時代まではここが正式な皇居として扱われました。

ただし、早くも三十年程度で、室町幕府三代将軍・足利義満
「内裏がその辺の民家と同じ状態なのはちょっと……」(意訳)
と引くような状態になっていたらしいです。

なのでこの時点で一度、内裏の威厳を保てるように工事が行われています。

それが、応仁の乱(1467年〜)などの影響によって、信長の時代には再び荒廃してしまっていたようです。

 

そもそも即位や譲位の費用すらない

朝廷に対しては、毛利元就など複数の戦国大名がちょいちょい献金しておりました。

が、とてもじゃないけど内裏の修理までには手が回りません。
そもそも「天皇の即位式や譲位の費用がない」という有様だったので、まずそちらにお金が使われたんですね。

こうした負のスパイラルを止めたのが信長でした。

実は信長の父・織田信秀の代から、内裏修繕の費用を献上していたのですが、今回のように人手まで出せるようになったのは信長の代から。

内裏修繕は、織田家のイメージアップや「天皇を味方につける」という現実的なメリットもあったでしょうけれども、信長にとっては父への供養みたいな意味もあったのかもしれませんね。

長月 七紀・記

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【参考】
国史大辞典
『現代語訳 信長公記 (新人物文庫)』(→amazon link
『信長研究の最前線 (歴史新書y 49)』(→amazon link
『織田信長合戦全録―桶狭間から本能寺まで (中公新書)』(→amazon link
『信長と消えた家臣たち』(→amazon link
『織田信長家臣人名辞典』(→amazon link
『戦国武将合戦事典』(→amazon link

 



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