宇喜多秀家/wikipediaより引用

宇喜多家

宇喜多秀家はイケメン・リア充のお坊ちゃま? 謀将・直家の息子は八丈島で大往生

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「蛙の子は蛙」という言葉がありますが、中には「お前ら本当に親子か?」と疑いたくなるようなケースもあります。

今回はどちらかというと「鳶が鷹を生む」に近いお話です。
いや、親も親である意味スゴいんですけど……。

明暦元年(1655年)の11月20日、八丈島(東京都)で宇喜多秀家が亡くなりました。

この人は絶望のティーパーティー主催者(謀殺王)として名高い宇喜多直家の息子です。
となると毒殺暗殺が得意だったのかと思いきや、まったく逆の人でした。

 

親とは似ても似つかぬ可愛らしい宇喜多秀家

秀家が家督を継いだのはなんと10歳のとき。

あまりにもお坊ちゃまらしいお坊ちゃまだったので、あの直家が病気になって心配して「私が死んだら、息子をよろしくお願いいたします」と秀吉に申し入れているくらい、親とは似ても似つかない子供だったそうです。

いや、これはむしろ直家に人情家の面もあったという深イイ話に……なりますかね?

家督をついだ秀家は、小学5年生で1万人の将兵を動員して、秀吉の毛利の高松城水攻めに参戦。
その功績で、備前・美作・備中の半分の計50万石のいきなり大大名に!

秀家は小さい頃から温厚で、同時に利発さも持っていました。
そのため秀吉には無事気に入られ、養女の豪姫をお嫁さんにもらっています。

豪姫は元々前田利家の娘だったので、前田家との縁もできました。
これがずっと後になって秀家を救うことになります。

秀の字も秀吉からもらったものです。

 

イケメンのため五大老就任

お坊ちゃまではあったものの、秀家はこの時代で身長170cmを超えていて、さらに美形でもあったそうでまさにイケメンの代表みたいな人でした。

頭も良かったようで、朝鮮の役では二回とも渡海し、武功と築城の両方で功績を挙げています。
この功績により、五大老の一人にも選ばれました。

そんな感じで秀吉から諸々の恩を受けていたので、秀家はもちろん関が原でも西軍につきます。

正面から福島正則隊と戦い、同じく秀吉一門のはずの小早川秀秋の東軍変更と、それに伴う四武将の裏切りにより、彼の奮戦は全くの無駄に終わってしまいます。
あまりの怒りに「あのアホ(秀秋)をなます斬りにしてくれる!!」と叫んでいたそうで。

彼が激情を露わにしたエピソードはこれだけですから、ホントにこのときはキレてたんでしょうね。
普段穏やかな人を怒らせたらアカンて。

ちなみに裏切りの四武将とは
・赤座直保
・小川祐忠
・朽木元綱
脇坂安治
であり、このうち脇坂だけが事前に東軍への連絡をしっかりしていたとして御家は存続します。他は改易や減封となりました。

 

八丈島への流刑で済んだ

家康による戦後処理では、宇喜多家も当然処罰を食らいました。

家は改易となり、秀家は関が原から脱出した後、薩摩へ落ち延びます。そこで島津家の庇護を受け、しばらくは隠れ住むことができました。

が、元々家康から目をつけられている薩摩です。
いつの間にやら噂が広まってしまい、秀家は出頭せざるをえなくなりました。

本来であれば打ち首になってもおかしくない状況でしたが、嫁の兄・前田利長が口添えしてくれたため、流刑で済むことになります。

流された先は八丈島。
現代の船でも10時間かかるのですから、当時はもっと時間がかかります。

無事にたどり着けるかどうかも怪しかったでしょう。
しかし、秀家は幸運にも無事八丈島に上陸することができました。

 

嫁さんからの仕送りあり、リア充すぎるぜ

それでもやはり流刑先ですから、生活は豊かとはいえません。

前田家や旧臣たちがこっそり仕送りしてくれたので、食うや食わずとまではいかなかったようですが、それまでのお坊ちゃま暮らしからするとキツかったでしょうね。

奥さんの豪姫はこのとき実家に帰され、その代わりといわんばかりに医者やお手伝いさんを行かせています。
仕送りも豪姫の指示だったそうですから、夫婦仲は良かったんでしょうね。

八丈島の水が合ったのか、秀家は流刑後50年近く長生きします。
享年83歳という当時にしてはかなりの長寿で、江戸では四代家綱の時代になっていました。

もしも秀家が罪を許されていたら、戦話の好きな家光に召し出されていたかもしれませんね。
立花宗茂とかも話し相手になってますし。

激動の前半生と穏やかな流刑先、どちらが良かったかはわかりませんが、少しでも心穏やかに過ごせていたらいいですね。

ちなみに父ちゃんの謀殺っぷりをご覧になりたい方は以下の記事へどうぞ。

宇喜多直家・戦国の謀殺王が裏切りを重ねた理由「お茶に呼ばれたらヤバいで」

戦 ...

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長月七紀・記

【参考】
国史大辞典
宇喜多秀家/wikipedia

 



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