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まんが戦国ブギウギ 豊臣家

往くも地獄、引くも地獄 そして「文禄の役」は始まった 【戦国boogie-woogie124】

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1592年、ときの天下人・豊臣秀吉は大きな決断を諸大名に下した。
朝鮮出兵(文禄の役)である。
本来、秀吉の目的はその先にある「明」であった。
が、途上にある朝鮮が明のもとで冊封体制(臣下の立ち位置)にあり、これを日本に従わせなければならないと考えた。そこで戦争へと発展したのは歴史の授業でもお馴染みであろう。
時折しも日本は戦乱に一旦の終止符を打ち、国が一つにまとまりかけていた頃。
戦国時代に培った巨大な軍事力を持て余し、外部へその目を向ける必要があったとの見方もある一方、秀吉の耄碌が「愚かな誇大妄想」へ駆り出させてしまったともたびたび指摘される……。
果たして、その真相や如何に――。

 

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そして始まる小西行長の苦悩

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◆堺の商人の出から、秀吉に才を見出され、大名に出世した小西行長さん。
元は宇喜多家のもとで頑張って、宣教師のルイス・フロイスには「水軍司令長官」とも称されておりました。実際商売と船は切っても切れない関係ですもんね。
それが縁で朝鮮出兵では第一線の最前線へ送り込まれることになりまして……。

 

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いいから現地調達してくれよ!

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◆朝鮮出兵に際し、豊臣政権が築いたのが肥前名護屋城です。
商売の玄関口として知られた博多ではなく、ここが選ばれたのは、直線距離で確実に兵や荷駄を送れるからこそという見方もあり、同城が補給元になっておりました。
しかし、進軍が速すぎて、肝心の補給が追いつかないという状況に……。

【関連記事】秀吉の朝鮮出兵で作られた肥前名護屋城!
大坂城の次に巨大な城が博多ではなくこの地に選ばれた理由は?

名護屋城-4

福岡ではなく、その西にある肥前がポイントに

 

虎退治の清正公 調理の仕方はミディアムで

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◆現在ではフィクションとされる加藤清正の虎退治。
それよりも問題は、後の遺恨にも拡大した行長との確執でしょうか。
商人出と秀吉子飼いの武闘派ですから、まぁ、現代人から見ても相性が良いとは思えない組み合わせですよね。
間に入るべき人間が三成というのも豊臣政権にとっては不幸だったのかもしれません。

 

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日本側も呆気にとられた? 朝鮮軍とその民たち

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◆文禄の役で清正や行長などが我先にと攻め込んだとき、思いのほか朝鮮の民衆が好意的で面食らったという話があります。
そもそも民衆の領地争いなどから合戦へと発展したのが日常茶飯事だった日本の戦国時代とは、風土が違ったんですかねぇ。
指揮官は可哀想になってきます。

 

(来週へ続く)

漫画・アニィたかはし
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